第77話 ドール、ドール、ドール



「ひ、ひぃいいいいいいいい! な、何ですかアレ!?」

「……人形だな」

「でもでも、なんか形が歪というか……気持ち悪いんですけど!」



 第五迷宮三十層を突破してから魔物は存在しなかった。今俺たちの目の前にいるのは人形だ。おそらくモデルは女性。だが特筆すべきは動いているのだ。自立しているのだ。といっても直立歩行しているわけではない。ありえな方向に曲がった腕を地面につけて、四つん這いになっている。カサカサと動くそれは流石の俺も不気味さを覚える。



「あれって……攻撃してくるんですかね?」

「近づいてみるか?」



 3体ほど目の前を徘徊しているので、近寄ってみる。すると首を180度回転させると逆向きのままこちらに向かってくる。カサカサと這う人形はまるでゴキブリのようだった。



「ちょ!? あれやばいですよ!?」

「何がだ?」

「口! 口みてください!」

「おお……すげぇな。どういう仕組みなんだ?」

「感心してないでどうにかしてください!」



 アリアがそういうので、俺はまず人形をじっと捉える。その口からはチェーンソーのようなものが飛び出しており、間違いなく敵対行動をとっている。破壊するしかないな……と考えて俺は錬金術を発動。




対物質アンチマテリアルコード:逆転リバース


物質マテリアル対物質アンチマテリアルコード》


物質マテリアル逆転リバース第一質料プリママテリア




「さぁ、消えろ……」



 いつものように右手を横に薙ぐ。



「なぁ……!?」



 だが、俺の対物質アンチマテリアルコードは正常に発動しなかった。



「え、エルさん!!」

「分かっているッ!!」



 対物質アンチマテリアルコードではなく、俺は物理的に破壊することを決める。



「……これどうだッ!」



 俺は周囲にある氷を利用して、そこから無数の氷柱を突き刺すように錬成。そしてそれはこちらに向かってきていた人形を全て突き刺した。



「ぎ……ギィイイイイイ……イイイィ……ィイ……」



 機能が停止したようで、俺はホッとする。だがどうして対物質アンチマテリアルコードが発動しなかったんだ? 俺の元素眼ディコーディングサイトでは間違いなく構成要素を理解していた。俺はこの世界に存在するあらゆる物質を第一質料プリママテリアに還せると思っていた。理論上は可能なのだ。対物質アンチマテリアルコードを働きかけ、内部から崩壊するように導くことが今まではできていた。



 でも、この人形は違う。通じなかった。座標を外された? 固有領域パーソナルフィールドが分厚い場合は、座標が正確に指定できない場合がある。だがそんな予兆はなかった。



 普通にできると思ったことができなかった。それは際限のない疑問となって湧いてくる。



「そのぉ……これって、どうします?」

分解バラそう」

「えぇぇ……気が進みませんね……」

「やるぞ」

「はーい」



 そして俺たちは壊れてしまった人形を分解することにした。



「便宜的にドールと呼ぶが、これは本当に何なんだろうな……」

「うーん。とにかく気持ち悪いですね!」

「でも手際がいいな。俺よりも内部の構造に詳しい動きだな、アリア」

「そうですか? でも確かに言われてみれば……なんか分かるんですよね……」

「……」

「ちょ!? 疑っているんですか!?」

「まぁな」

「私にも分かりませんよ! でも、何となく。何となくこの人形には懐かしさを覚えます」

「……そうか」



 嘘は……ついていないように思える。これで嘘をついて俺を騙し続けているのなら、こいつは大した女優だ。だがしかし、俺は手放しでアリアを信用するほど能天気ではない。今回の件を経て、さらに警戒心を高める。



 アリアという女性はやはり……ただの人間ではない。それだけは間違いないだろう。



「ただの機械仕掛けの人形……でしたね。特に目新しいものはありません」

「そうだな。全て知っている部品から構成されているものだ。でも……」

「はい」

「どうやって動いていたのか、それがわからない」

「何かをエネルギーにしているようですが、それであの機動性はちょっと……」

「もしかして……人工知能の類なのか?」

「知能があるんですか?」

「可能性としてな。ただその根幹が見えない。俺の元素眼ディコーディングサイトでも読み取れない部分が存在している。そもそも人工知能とはクオリアの複写によって作られる。俺は少なくともそうやって、完全独立型人工知能を生み出した」

「エルさんって……人工知能に詳しいんですか?」

「というか専門領域だな。一応、人工知能を応用してホムンクルスの開発にも成功している」

「ちょ!? え!? ガチの専門家じゃないですか!」

「あぁ。でも解さないな……俺と同じ方法ならクオリアの痕跡があるはずなんだが……」

「クオリアって何ですか?」

「……説明が難しいな。意識の質感、感覚質とも言うんだが人の知能は第一質料プリママテリアの集合体でるクオリアでできている……という感じか」

「なら、第一質料プリママテリアを感じ取れないとおかしい……ってことですか?」

「あぁ。でもこのドールにその痕跡はない。完全に独立しているにも関わらず、第一質料プリママテリアがないなんて……だから対物質アンチマテリアルコードが効かなかったんだな」



 戦闘中は周囲の第一質料プリママテリアを取り込んでいいたようだが、人間やそのほかの生物と異なり、このドールには第一質料プリママテリアを貯蔵する部分が存在しない。


 基本的に生物には脳に貯蔵しているのだが、これドールにはそれが見られない。ということは……。



「まさか、ホムンクスルスの類か?」

「ホムンクルスってあれですか? なんか神が人を作ったから、人もまた人を人工的に作れるという……」

「概要はそうだな。だがホムンクスルの問題は、人工知能を半永久的に機能させることにある……それがクリアできているのか? 迷宮ではこんなことも可能なのか? それとも……すでに過去にホムンクルスは実用段階に入っていた?」

「……迷宮って確かロストテクノロジーですよね?」

「よく知っているな。そうだ、迷宮は現代では再現できな技術が幾つも存在する。このドールもその一つなのかもしれない。さてと……行くか」

「いいんですか? もっと見なくても?」

「十分だ」

「分かりました……」



 俺たちはさらに深部に進む。そして予想通りと言うか何というか、ここから先はドールしかいなかった。だが錬金術をレジストしたり、錬金術を使ったりする個体も出てきた。



「ひ、ヒィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! あれ! 天井に張り付いていますよ!!!!!」

「重力操作の類……いや、あれは相対位置を固定しているだけか。そんな高等の錬金術を使える個体もでてきたのか……これはかなり興味深いな」

「は、早くやっちゃってくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! き、気持ち悪いですうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!」



 第六迷宮でのフィーのようだな……と、そんなことを思いながら俺たちはドールを破壊しながら進んでいった。きっとフィーなら大丈夫だ。フィーは伊達に白金級プラチナの錬金術師ではない。あいつならきっと……先に進んでいるはずだ。



 そうして俺たちはとうとう……第四十層の扉の前までやってきた。



 ここまで長いようで短かった。ここを突破すれば、最下層まであと十層。もう少しだ……もう少しで……。



「アリア、いいか?」

「今度は何がいるんでしょう?」

「でかいドールとか?」

「……あれって不気味だから怖いんですよぉ……さらに大きいとか、絶対に気絶します」

「まぁ俺が守るから、後ろに控えていてくれ」

「……分かりました」



 俺は扉に手をかけた。するとそこに広がっていたのは……予想とは全く別の光景だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る