第63話 二人目の碧星級



「ん? 朝か……」


 朝の日差しが部屋に入ってくるのを感じて、俺は目が覚めた。


 もぞもぞとベッドから這い出ると今日やるべきことを思い出していた。



「エル!? 起きてる!?」

「あぁ……なんとかな」



 ドタドタと室内に入ってきたのはフィーだった。昨晩、マリーの試験に試験官として立ち会って欲しいと頼まれたのだ。本来ならばそんな面倒なことは引き受けないし、勝手にやってくれ……という立場だが今回は色々と勝手が違う。



 なぜならば、試験を受けるのがマリーだからだ。


 

 マリー・ブラン。知る人ぞ知る、錬金術の天才。俺の目から見てもその技量は俺と同等かそれ以上だ。そのため今回は俺も駆り出されたというわけだ。もしかしたら……二人目の碧星級ブルーステラが誕生するかもしれない。



「よし、じゃあ行くわよ」

「レイフも行くって言っていたんだが、起こさなくていいのか?」

「学院の地図だけ置いていけばいいでしょ。私たちはやること多いんだから! 早く行くよ!」

「うーい」


 俺はレイフに地図と書き置きを残して、フィーと二人で学院に向かうのだった。




「やぁ、エルくん。またとんでもない人を連れてきたものだね」

「会長、おはようございます。まぁ……これも縁ってやつですね」



 学院に着くと、すでに会長がその場にいた。今回の試験は、筆記試験と実技試験といういつも通りの構成だ。どの錬金術協会でも、同じ試験が採用されるが今回は特別に俺も問題作成に関わった。と言っても自分の研究資料を軽く転用しただけだが、それでも並みの錬金術師の知識では解くこともできない。



 本来ならば普通の錬金術師が受ける試験を課す予定だったが、相手がマリーということで特別な処置が施された。



 もしかすれば、二人目の碧星級ブルーステラが誕生するかもしれないのだ。協会も本気になって彼女の実力を図ろうとしているのである。



 そして、俺とフィーと会長の三人で話し合っていると、マリーが姿を見せた。



「はははぁ……都会ではこんなところで勉強するんじゃなぁ……羨ましいもんじゃ……」

「来たか、マリー。すぐに試験を開始するぞ」

「我に解けぬ問題はない……!! がははは!!」



 そして先ずは筆記試験から始まった。


 問題の構成は、今回は特別に全て記述問題にした。普通ならば選択肢問題もあるが、マリーには特別に全て記述問題を採用。そのため、その難易度は途端に跳ね上がる。俺とフィーと会長の三人の知識を使って構成された問題。それは錬金術の歴史に存在している古典的な問題から、最新の研究までも採用している。



 ちなみに俺が担当した問題は、『人工知能と錬金術の関係性について』の問題だ。昨今、人工知能を錬金術で再現しようという試みが数多く存在する。しかしその多くは失敗している。そのため、その失敗はなぜ生じて、どうすれば人工知能の再現が可能なのか。そもそも、この問題を解くためには知性とは、知能とは一体何なのかという定義をすることから始まる。俺はこの研究の最前線に立っており、すでに答えは得ているがまだそれは論文で発表していない。


 つまり、答えを知っているのは俺だけということだ。


 これに正確な答えを導くことができたのなら、その人間は知識だけで言えば碧星級ブルーステラに匹敵するだろう。もちろんこれだけは測りかねないが、それでも俺は期待していた。



 マリー・ブランという錬金術師がどこまでできるのか……。



「終わったぞおおおおおおおお!!」

「「「……はやっ!!」」」



 三人の声が重なる。それもそのはず、今回の問題は少なくとも二時間はかかると思っていたし、試験時間は三時間に設定してある。だというのにマリーの解答時間は50分だ。もしこれで正解が8割を超えていれば、碧星級ブルーステラの資格は十分にある……そう思っていたが、自体は俺の予想をはるかに超えていた。



「……満点よ」

「こちらも満点だね。エルくんの担当分野は……」

「……満点です。文句のつけようがありません」



 試験の残り時間を使って、俺たちは採点を行なった。そして俺は驚愕した。マリーの提示した答えは俺の求めている以上のものだった。むしろ、俺のテーマにはこのアプローチもいいのではないか? という提案すらあった。


 フィーと会長も同様で、答えがあっているだけでなく、別の観点からのアプローチでの記述も書いてあった。俺がこの問題を受けても、このレベルの解答を導き出すのは無理だろう。それも50分というわずかな時間で。


 確かに知識は勉強した量に比例するが、それでもこれは錬金術師の歴史の中でも異常だ。マリー・ブランという錬金術師は本当に化け物だと、俺は改めて実感するのだった。



「フハハハハハハ!! 満点だと? 当然! このマリー・ブランに不可能はない! フハハハハ!!」



 パッと見れば頭のおかしい幼女にしか見えないが、やはり天才なのは変わりない……俺たち三人は碧星級ブルーステラにすることを念頭に置きながら、実技試験に移るのだった。



 ◇



「なんか人が多くないか? マスコミもいるし」



 外に出ると、多くの人間が取り込むようにして校庭の周りにいた。どうやら野次馬のようだ。よく見ると、その中にレイフもいる。それに周囲には『Keep Out』のテープも貼ってあり、錬金術による結界も作られている。



「あぁ、私とおじさんでこうすることにしたのよ。それとまぁ、話が漏れちゃってこんなことに……ってわけだから、どうせなら見世物にしようと思ってね」

「なるほど……」



 そしてマリーに課された試験内容は、物質変換マテリアルシフトだ。


 まずは空気中の水分を集め、それを第一質料プリママテリアと組み合わせることで水を錬成、その後それを氷に変換し、最後には一気に蒸気に昇華させる。こちらの方は普通に作用されている試験だが、問題はその時間だ。30秒を切れば、白金級プラチナの錬金術師相当。ちなみに、俺は本気を出して3秒で全ての工程を終える。


 そのため、3秒ぎりを果たせばマリーを碧星級ブルーステラにすると決めている。



「では、初めッ!」



 会長がそう言った瞬間……とんでもない現象が起きた。そう、水が生み出され……それが一気に氷の柱を生み出して……そして蒸気へと還っていく。プロセスだけ見れば、試験内容に沿っている。だがその時間は、1.7秒。


 それがマリーの出した記録だった。



「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」」」



 それを見た周囲の野次馬たちは湧く。だがそれもそのはずだ。1.7秒でこれを終えるということは、ある一つの事実を示している。そして会長は錬金術で自身の声を拡張させ、こう告げた。



「試験終了。筆記試験満点。さらに実技試験では、エルウィード・ウィリスの記録している3秒を更新。我々はこの結果を鑑みて、一つの結果を出します。こちらにいるマリー・ブランを二人目の碧星級ブルーステラと致します。これは協会による公式な発表です」



 シンと周囲が静まったと同時に、再び野次馬たちが湧き上がる。それと同時にマスコミが敷地内に入ってきて、マリーにマイクを突きつけた。



「い、今のお気持ちは……!!!?」

「ふふふふ……」

「?」

「フハハハハハハ!!!!! 然り、然り、然り!!! このマリー・ブランこそ、錬金術師最高の天才!! 世界よ、我の名前を刻みつけるがいい!! マリー・ブランこそ、至高であると!!!!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」



 そしてそれと同時になぜかマリーコールが起きる。


「「「「マリー! マリー! マリー! マリー! マリー! マリー!マリー! マリー! マリー!マリー! マリー! マリー!」」」」

「フハハハハ!!!! もっとじゃああああああああああああああああああああああああああ!!」



 こうして錬金術の世界に新たな名前が刻まれた。


 マリー・ブラン。彼女こそが、史上二人目の碧星級ブルーステラの錬金術師になった瞬間だった。


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