第56話 マリー・ブラン、推参
「第六迷宮にいたのが、蜘蛛と人間のキメラだと?」
「あぁ。心は人間で理性もあったし、会話もできた。でも……死にたがっていた。ずっと、何百年も迷宮に蜘蛛の姿で閉じ込められていて……そして俺は殺した」
「……そうか。人を斬るのは、俺も慣れない。いつまで経ってもこの手がべっとりと血に染まっている気がする。しかし、その若さで人を斬るとは……お前も覚悟してやったんだな」
「あぁ……そうだな。だが、レイフも経験があるのか?」
「俺はお前以上に魔物も斬っているし、人も斬っている。騎士団や傭兵団にいた頃は正義感に酔いしれて、悪人たちを斬りまくったもんだ」
「そうか……」
あれから転移の石で東に跳んだ俺たちは、森の中を歩いていた。それにしても東の大陸まで飛べる代物とは本当にすごい。東の大陸に行くには海を船で渡る必要がある。それも何時間もかかるし、イガル共和国からこの森まで普通に行こうと思えば何日もかかる。それが一瞬で済むとは、本当にマリーという錬金術師は規格外なのだと痛感する。
そして、俺たちは道中で第六迷宮のことを話していた。ちなみにフィーは森の中にいる虫にビビって俺の手をぎゅっと掴んでいる。
「……怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない。怖くない」
「ははは、フィーのやつは役得だな」
「うるさいレイフッ! ちょっと黙って! 本当に怖いんだから!」
「第六迷宮を踏破したやつが、虫程度に何を言っているんだか」
「遺伝子レベルで拒否してるんだから、無理なものは無理なの!!」
二人は何やらガヤガヤと喧嘩をし始めるが、まぁそれもいいだろう。あまり陰鬱な空気でいても仕方ないしな。俺はあの事を背負って前に進むと決めたのだ。ならば、いつまでも引きずっているわけにもいかない。きっとこの先にも同じことが待っているのかもしれないのだから……。
「それにしても今俺たちはどこにいるんだ?」
レイフがそういうので、俺はレイフが持ってきた地図を広げる。そして俺とフィーで話し合って、現在位置を特定する。
「……さっきがここだから」
「そうね。それであってると思うけど……」
「縮尺が狂っているのか、それともすでに認識阻害の中なのか……」
「えぇ。おかしいわね」
俺とフィーはこの場所がおかしいと結論づけた。レイフの情報通りだ。この森はどうにもおかしい。まっすぐ進んでいるはずが、気がついたら同じ場所に戻っている。右に行ったと思ったら左に、逆も同様。方向感覚が狂っているのか、それとも幻覚を見せられているのか、今はわからないが……マリー・ブランがこの森に何かしているのは間違いなかった。
「……認識阻害は何度もレジストしてるけど、こんなに迷うとは……」
「
俺は
だが俺の
そしてじっと目を閉じて集中。この現象の原因となっている箇所を洗い出す。すると……ここよりに北に数キロ。そこが起点になって、
「見つけた……ここから北に3キロ。そこに小さな家がある」
「……外観はどうなんだ、エル?」
「……煙突がついていて、
「ドンピシャだ。そこがマリーの家だ」
レイフがそういうと同時に、森の中から大きね声が聞こえた。
「ふははははははははは!!! 我の認識阻害を突破するとは流石、
声は上からだった。そしてそれは徐々に近づいてきて……見えた。
そう、小さな少女がターザンの真似事をしながら蔦にぶら下がってこちらに飛んできているのだ。
うん。何あれ……?
「マリー・ブラン! 推参ッ!!」
かっこよく着地。登場の仕方はどうでもいいとして、この小さな少女がマリー・ブラン? 赤みがかったセミロングの髪に、体を隠すように来ている黒の大きなローブ。見た目からするにリーゼと同い年か、それ以下。でも……本当にこれがマリー・ブランなのか? こんな小さな女の子が天才錬金術師とでもいうのか? 俺がいうのも難だが、若い。若すぎる。この若さで転移の石を錬成したり、第三迷宮踏破の貢献者とは考え難い。
「マリー、相変わらずイかれているな」
「おぉ……レイフの小僧ではないか。それで、何をしに来た? 客まで連れて来て」
「紹介する。エルウィード・ウィリスにアルスフィーラ・メディスだ」
「どうも、エルウィード・ウィリスです。エルと呼んでください」
「アルスフィーラ・メディスです。私はフィーと呼んでください」
なんとなく敬語を使ってしまうが、レイフとマリーの会話を聞く限り……まさか……?
「ふむ。我は世紀の天才錬金術師、マリー・ブランである! 気安く、マリーちゃんかマリーと呼ぶがいい!! それで……フィーのことは知らんが、エル……お前のことは知っているぞ」
「そ、そうなんですか? それと話は変わりますが、すごく若いですね」
「ん? 私は今年で45歳だが?」
「「は?」」
俺とフィーはポカンとする。この小さな少女が45歳? ありえない。一体どうすれば、この容姿をずっとキープできるんだ?
「あぁ……レイフのやつは話しておらんようじゃな。我は幼少期の実験の失敗で身体に老化が生じない体になってしまった。それだけじゃ」
「……実験の失敗とは、詳しく聞いても?」
「我はあの時すごくお腹が空いていたんじゃ。それで、何か食べ物を錬成しようとしたら……」
「したら……?」
「こうなった」
「「は?」」
俺とフィーは再びハモる。食べ物の錬成の失敗で、不老になるのか? 俄かには信じがたいが、嘘をついているようにも思えない。
「イかれてるだろ? 俺も初めて聞いたときはからかわれているもんだと思っていた……だがこいつはマジだ。マジでイかれているから、本当のことだと俺は飲み込めた。こいつなら……あり得るとな」
「レイフのやつは相変わらず失礼なやつじゃな」
「お前のイかれ具合も、その変な口調もいつも通りだろ?」
「まぁの。我は生涯変わりようがないのじゃ! がははははは!!」
高位の錬金術師は変人が多い。俺は自分でも認めたくないが、俺を含めてその言葉は正しいのかもしれない。
「ふむ……お主、中身弄ったな?」
「……分かるんですか?」
「分かるとも。我を誰と思っておる? 天才錬金術師のマリー・ブランじゃ! それにお前と同じ能力を持っておる。
「コードのことも知っているのか……」
「もちろん。しかし……我と同等かそれ以上の錬金術師がいると噂で聞いていたが……予想以上じゃの。自分のコードを書き換えるなど正気の沙汰ではない。我でさえ、躊躇する。それは人間を世界の理の外へ導く禁忌。錬金術師が到達してはならん領域、いや到達できない領域というのが正しいかの。エルウィード・ウィリス、お主は本当にすごいやつじゃな」
「そこまで分かっているとは……マリーこそ、凄いな……本当に驚いている」
「然り! 然り! 然り! 我こそは世界の真理を暴く者、マリー・ブラン! さて、我の家で茶でも飲みながら話すとするかの。どうせ、レイフがいるのだし迷宮の話じゃろ? ついて参れ」
そう行って迷いなく進んでいくマリー。
間違いなく天才中の天才。規格外の錬金術師なのは、間違いないようだ。
そして俺たちはマリーの後についていくのだった。
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