第三章 The 5th Labyrinth

第55話 イガル共和国へ


『至急、応援求む』


 その簡潔な文章と、現在滞在している宿。レイフからの手紙はそれだけだった。だがそれだけで十分だった。きっとレイフはかなり苦戦しているのだろう。それに第六迷宮の情報も伝えたかった。ちょうどいい機会だ。


「フィー、行こう北に」

「行くって……学院はどうするの? 私はどうにでもなるけど、エルは……」

「出勤は週一にするよ。それに今の俺なら、転移を使うのも容易だ。週に一回くらい王国に戻るのはわけないさ」

「そう……エルがそう言うなら、行きましょうか」


 フィーとモニカには俺が自分のコードを改造したことを伝えてある。おそらくこれは禁忌に該当するのだが、あの時は仕方なかったし、俺たち以外にこの情報を伝える気は無い。墓場まで持って行くつもりだ。


 そしてコードを改造したおかげで、俺は以前よりも錬金術に対する適性、さらには魔力の総量も上がっている。今の俺ならば長距離の転移も訳ではない。


「それじゃあ、夜にまた話しましょ。今日は諸々の準備をするわ」

「あぁ」


 フィーがそのまま去って行くと、俺の後ろにはアリスが立っていた。


「先生、また行っちゃうんですか?」

「アリス。俺には……やるべきことができた」

「それって、学院でのお仕事……それに先生の夢よりも大切なことですか?」

「……優先順位はつけたくないが、今は迷宮攻略が優先だ。世界には異変が起きているんだ。わかってくれ。それに週に一回は帰ってくるさ」

「約束ですよ?」

「あぁ」


 二人で指切りをすると、俺もフィーと同様に北へ行く準備をするのだった。



「で、北といえばイガル共和国だな。フィー、行ったことは?」

「一度だけあるわ、仕事で。でもあそこは本当に寒いのよ。それに迷宮があるのはもっと北。きっとしっかりと防寒対策をしないと、凍え死ぬわね」

「なるほど。常時体温を保つようにしておくか」

「そうね。それでレイフの状況はどうなのかしら」

「不明だな。簡潔な内容しか送ってこなかった。急いでいるのか、それとも別の何かがあったのか」

「でもこの宿に来いってことよね? それなら危ないことにはまだなっていないと思うけど」

「……そうだな」


 俺とフィーは二人で集まって今後の方針について話し合っていた。ちなみに今回は俺とフィーだけで行く。モニカには第六迷宮は流れで付き合ってもらっていたが、彼女ももう学院の生徒だ。しっかりと勉学に励む必要があるだろう。


「とりあえず、明日には出発しよう。それに防寒の類は現地調達もできるだろう」

「わかったわ」


 そして俺とフィーは早めに睡眠をとって、早朝になった。今回は一番早い北への馬車に乗った。目指すのはイガル共和国。帝国よりもさらに北にある、厳しい寒さの国だ。平均気温はかなり低く、氷点下を下回ることも多い。それゆえに、氷の国と呼ばれている。氷の迷宮の名前もそれにちなんでいる。


 距離としては、王国から馬車で数日。だが今回はそんな悠長にしていられない。途中からは一気に転移を使う予定だ。


「ここから使うか……」

「本当に行けるの?」

「任せておけ」


 現在は馬車を降りて、帝国から少し北に進んだ山の前にいた。ここならば邪魔は入らない。存分に錬金術が使える。


 転移に必要なのは、第一質料プリママテリアの接続だ。跳ぶ場所と、跳びたい場所の第一質料プリママテリアの魔力でつなぎ合わせ擬似的な穴を作る。そこに飛び込めば第一質料プリママテリアを介して、移動ができる。これは世界にある空間を錬金術を使って騙し、錯覚させる技術である。本来は繋がっていると言う認識を世界に一瞬だけ定着させる。


 そしてこれは今までならば、始点と終点に行ったことがある必要がある。そうしなければ、第一質料プリママテリアの接続はできないからだ。だが今の俺ならば数キロ離れた場所の第一質料プリママテリアも感じ取れる。


「……繋がった。フィー、跳ぶぞ」

「う、うんっ!」


 俺とフィーは転移を使って一瞬で数キロを進んでいき、今は5回ほど転移を使った場所に到着。ものの数時間で、共和国の目の前にやってきていた。


「寒くなってきたな……」

「そうね……」

 

 すでに息は白い。体もしっかりと寒さを感じ取っていた。


 そして俺たちは検問にやってきていた。だが、検問はすんなりと通ることができた。俺とフィーの名前があまりにも有名で検問をしていた者も、知っていたようなのであっさりと終わった。


 イガル共和国。氷の国の名の通り、そこは氷と雪に包まれていた。だが活気がないわけではなく、人は普通に溢れている。王国や帝国ほどではないが、それなりに大きな国だ。これも当然なのだろう。


「フィー、レイフのいる宿は?」

「えーっと……こっちね」


 フィーと俺は早速、レイフのいる宿へと向かった。周りの景色を見ると、雪かきをしている人や氷柱を落としている人もいる。きっとここでは当たり前の作業なのだろう。


「ここね」

「入るか……」


 中に入ると、そこには人が溢れていた。だがレイフの姿は見えない。俺は受付の人にレイフの所在を聞いてみた。


「すいません、レイフ・アランの部屋は分かりますか? エルとフィーが来たといえば、分かると思うので」

「お二人が来たら通せと言われています。三階の一番奥の部屋、324号室ですよ」

「分かりました」


 三階に上がっていき、324号室のドアをノックする。すると中からレイフが顔を出したのだったが、どうにも驚いている様子だ。


「エルにフィーか……早すぎないか? もっとかかると思っていた」

「転移で跳んで来た」

「は、さすが碧星級ブルーステラだな。別に皮肉じゃないぜ?」

「とりあえず中に入れてくれ。話したいことがたくさんある」

「あぁ……」


 中に入って、それぞれがテーブルについてから話を始める。


「それで、レイフ……第五迷宮はやばいのか?」

「やばいが、厳密に言うと違う」

「一体何が違うの?」

「第五迷宮に入ることができない」

「「は?」」


 俺とフィーの声がハモる。それもそうだ。入れないとはどう言うことだ。この世界では第七迷宮以外は詳細というか、迷宮ごとの特徴は把握されているし、中に入ることもできる。もっとも、中に入っても最深部までたどり着けるものはほとんどいないのだが……。


 さらに第五迷宮が入れないという噂は聞いたことがない。中には氷系の魔物がいるという情報も出回っている。それなのに、入れないとはどういうことなのだろうか。


「第五迷宮は完全に氷に閉ざされていた。試しに一層だけでも調査してから、仲間を集めようと思っていたんだがな……。まさか入ることも叶わないとはな……」

「レーヴァイテインでもダメなのか?」

「むしろ魔剣にめっぽう強いのか、氷がすぐに再生しやがる」

「魔剣をモノともしない氷か……迷宮にそんな変化があるとは……」


 そう考えていると、フィーのやつがレイフにあることを聞く。


「で、これからどうするのレイフ。三人で行くの?」

「いや実はお前たちに急遽来てもらったのは、それもあるが本題は別だ」

「別?」

「俺は第五迷宮を四人で攻略したいと思っている」


 四人? 俺たちは今三人だ。ということは、残り一人がいるはずだ。それは一体……?


「俺は、マリーのやつにまた応援を頼みたいと思うが……マリーのいる森は認識阻害がやばくてな。正直、俺一人だと会えるかどうかわからん」

「前はどうしていたんだ?」

「前は別の仲間もいたが……全員第三迷宮で死んだからな。だから、高位の錬金術師であるエルとフィーに頼みたいというわけだ」

「なるほどな。ということは、これから東の森に行くのか?」

「あぁ。でも、移動はこいつを使う」


 レイフはそういうとポケットから小さな石を取り出した。翠色をしていて透き通っている。


「これは?」

「転移が使える石だ。マリーの研究成果らしく、あいつの住んでいる森の近くに跳べる」

「え!? マリー・ブランってそんなものまで錬金術で作れるの!? エルと同じぐらい天才じゃない!!」


 フィーが驚いているようだが、俺もこれを錬金術で生み出せるかと言われれば微妙だ。確かに、マリー・ブランという女性はかなりの錬金術師らしい。


 そして俺たちはもう一人の仲間、マリー・ブランに会うために東の森に向かうのだった。

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