4-24 勝利の風船【1】
「先鋒は俺が行く。賭けるのは「500FP」だ」
1ターン目の開始前、作戦会議の場で、俺はジェスターとラビューにそう伝えた。
「キンが、先鋒でいいの?」
ラビューが、聞いてくる。俺はもっと後のターンに出た方がいいのでは、という趣旨の問いだろう。
「ああ、少し考えていることがあるんだ」
俺はそう言って、相手チームに盗聴されないようにと注意を払いながら、1ターン目の作戦をジェスターたちに伝えた。
相手にバレたら、この作戦は使い物にならなくなってしまうから。
俺はそこで、ふと思った。
ラビューの魔法のことを。
作戦会議をしている敵チームを見ながら、
「なあ、ラビュー。『千里耳』を使って、相手チームが何を話しているのか盗聴できないか?先鋒戦で何FPを賭けるのかとか、知ることができたらゲーム全体を相当有利に進めることができるぜ」
と聞いてみた。
ラビューの返答は、
「うん。それなんだけど…。実はすでに一回トライしてるんだ。でも、うまくいかないの。…ほら、彼女らは、私の元依頼主だったじゃん。『千里耳』については、どんな魔法なのかを全部知られちゃってるんだ。だから何かの魔法を使って対策してるみたい…。どんな方法なのかはわからないけど。彼女ら周辺から、すっぽりと音が消えちゃってる」
だった。
ラビューの魔法を知っていれば、対策をしてくるというのは当然か。
確かに、『千里耳』は敵対相手に使われてるとすると、かなり恐ろしい魔法である。
情報ダダ漏れ、スパイし放題。
その存在を確認したならば、最初に対策をせねばいけないのだ。
「そうか…。まあ、一応今後もトライしてみてくれ。ゲーム中は常時『千里耳』をオンの状態にしておいてくれ。もしかしたら相手に隙が生まれて、何か情報を盗れるかもしれない。頼んだぞ」
「うん。わかったよ」
ラビューは、強く頷いてくれた。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
3人で小さな円陣を組んだような格好で、ジェスターはそう言って拳を前に突き出した。
俺とラビューは、ジェスターの拳に対して、自分の拳を合わせる。
「ピエロ&ドラゴンの勝利を目指して」
「「ピエロ&ドラゴンの勝利を目指して」」
そうやって心をひとつに気合いを注入して、1ターン目に望んでいく。
********
情報を記入したプレートは、台座のようなものの上に、裏面を上にした状態で置いてきた。
敵チームも同様にしてプレートを置く。
ひっくり返してしまえば、誰にでも情報を確認することはできる。
ただし、そのターンが終わるまで、カンニング行為は禁止。
そんなことをされないように、ゲームをプレイしない残りの2人で監視し合っている。
俺は、梯子を使って穴の底まで降りる。
敵は離れた場所にある、もう1つある梯子を使い降りてくるのかと思いきや、地上からジャンプして、穴の底に着地した。
敵の先鋒は、狐左。
白い狐の獣人である。
「まずは、3つの風船を好きな場所に配置せよっ!」
紅葉は地上から、そう指示をしてきた。
3つの風船には、紐が付いていて、風船に触らずとも、場所を動かすことができた。
俺の頭よりも、少し高い位置で、浮いている。
上から見た際のおおよその目測は間違っていなかった。
3つの風船は、どれも全く同じ見た目をしている。
どれが、『ボールでしか割れない風船』『ボール以外で割れる風船』『何でも割れる風船』なのかと思いきや、紐にタグが付いていて、どれがどの種類に属するのかを確認することができるようになっていた。
タグは、外すことが可能。
配置を決めた後で、このタグを取ってしまえば、自分以外の誰にも風船の正体がわからない。
俺は念の為と思い、3つの風船をシャッフルしていく。
そして、長方形のフィールドの短い方の50mほどある辺の、両隅に1個ずつ、中央に1個と均等な距離に風船を配置した。
3つの風船全てを、適度に離したのだ。
セットが終了。
後は、すぐにでもゲームを開始できる。
狐左の様子を見てみると、狐左も俺とおおよそ同じような風船の置き方をしている。
長方形のフィールドを中央で区切って、シンメトリーとなっている。
狐左を改めて見てみると、忍者のような格好、武器は持たずに手ぶらに見える。
…もちろん素手なんてことはないだろう。
戦いが始まった瞬間に、何かしらの道具が登場するはずだ。
俺とは違って、魔法も使えるんだろうから。
何が出てきても驚かない覚悟が必要だ。
俺はここで、自分にしか聞こえない音量でブツブツと言葉をしゃべった。
口がモゴモゴと動いている様子が、相対する狐左にも確認できたんだろう。不思議な顔をして聞いてくる。
「なんでござるか?何か言いたいことでもあるならはっきりと言え」
「なんでもない。ただのおまじないみたいなもんさ。気にすんな」
俺は、少々おどけた様子でそう答えた。
俺はチームメイトのジェスターとラビューの方を見る。彼女らは、祈るように俺の方をじっと見つめていた。
……………………。
「両者準備はいいな?」
紅葉は確認をする。先鋒の2人とも、無言の返事をする。
問題はない、と。
「それでは、先鋒戦……………、開始じゃ!!」
紅葉がそう叫んだ瞬間、先鋒の両者は、フィールドの中央に向かって走り出した。
中央に向かってはいるが、真の目的地はそこではない。
相手の風船。
中間地点として、フィールド中央を通過するだけだ。
両者の距離がぐんぐんと縮まる。
俺は、風船割りの戦いのルールを聞き、とるべき戦略は大きく分けて2つあると思った。
「1、敵を動けなくしてから、風船をゆっくり割る」
「2、敵を無視して、即、風船を割る」
力勝負か、速度勝負。
狐左までの距離は、後わずか。
果たして相手が取ってくる戦略は……、
狐左は、俺との距離が後3メートルほどになったところで、大きくジャンプをして、上に俺を避けた。
俺との接触を避ける行動。
2!
狐左は、速度勝負を選んだんだ!
そうなると、俺もチンタラしてはいられない。
俺は、狐左の存在を無視して、敵の中央の風船へと向かった。
そして懐に隠していた武器、ジェスターに借りたナイフを取り出して、中央の風船に向かって投げつけた!
ほぼ、同タイミングで、狐左は懐から取り出した”くない”を俺の中央の風船に向けて投げつけたという。
後から聞いたのだが、俺はゲーム中ではそれどころではなく、狐左が”くない”を投げるシーンを目撃することはできなかった。
とにかく、”ナイフ”と”くない”は同時に、宙を舞っていた。
風船の直径は、1mほどある。
近くから、冷静にコントロールすれば、魔法を使えずとも外すようなサイズではない。
しかし、それぞれの武器が風船に命中したとしても、風船が割れるとは限らない。
『ボールでしか割れない風船』があるのだから。
俺は、風船が割れるかどうかの結果を見ずに、次のアクションに移った。
地面に転がっていたボールの1つをつかみ、今、ナイフを投擲した風船と同じものに向かって投げつける。
こうすれば、中央の風船が3種類のうちのどれだとしても、少なくとも後発のボールが当たった時点では、必ず割れる。
狐左は、くないを投げた後で何もしなかった。
パンッ!
俺の真正面から、風船が弾けた音が響いた。
ナイフが正解。
投げたボールは無駄になってしまったのだが、それでいい。
むしろ、こちらの方が有利に、事が進む。
俺の後ろから、音は…、鳴らない。鳴るはずがない。
だって、俺が中央に配置したのは、『ボールでしか割れない風船』なのだから。
風船は、狐左の”くない”を弾き、地面へと落とした。
「むむっ」
狐左が、そう言った声が聞こえた気がする。
速度勝負。
敵のことなんか気にしている場合ではない。
俺は、今度は両サイドの2つの風船に向けてボールを放り投げる。
距離は25〜30mほど。的は、直径1m。
絶対とは言えないが、当てられないほどの難易度ではない。
少なくとも、数個のボールを投げつければ。
俺は、動きつつも、地面に落ちているボールを拾い、バンバンと投げていく。
残された風船の組み合わせは、『ボールでしか割れない風船』『何でも割れる風船』or『ボールでしか割れない風船』『ボール以外で割れる風船』のどちらか。
運が良ければ、両サイドの風船共に、ボールで割ることが可能である。
パンッ!
音が鳴ったのは、後方から。
狐左が、中央の風船を割ったようである。
俺よりも数秒遅い。
このタイムラグを生かすことができれば、先に風船を割り切ることができる。
しかし、ボールをいくら投げようとも、なかなか風船は割れない。
外しまくっている。
地面に散らばるボールは、少し遠くにまで行かないと手に入りそうにない。
仕方なく俺は、10mほど右サイドに近づき、ボールを確保。
風船に向かって投げた。
パンッ!
命中。風船が割れる。
これで残されたのは、左サイドにある風船のみ。
風船の種類は、3種類、どれの可能性もある。
パンッ!
右後方から、風船を割った音が聞こえた。
もたついている間に、せっかく手にしたリードをかなり縮められてしまったようだ。
俺が右に配置したのは、『ボール以外で割れる風船』。
残された俺の風船は、『何でも割れる風船』だけである。
狐左は、何でもいいから、俺の風船に何かをぶつければフィニッシュできる状況だ。
一方で、俺には、種類のわからない風船が残されてしまった。
借りたナイフは一本のみ。
左サイドに近づいていく過程で、ナイフを回収せねばならない。
俺は右サイドから、中央に落ちているナイフめがけて走り、ナイフを拾う。そのついでに、ボールも1つ手に取った。
両手には、ナイフとボールがつかまれている。
そのまま、走って風船に近づいていく。
的を外してしまったら、話にならないのだから。
俺は、距離をつめた状態で、最初はボールを振りかぶった。
そして、投げたのだが…………、ボールは大きく的を外れた!
その間に、狐左も一気に、俺の左サイドの風船に近づく。
俺は、今度はその様子を自分の目でしっかりと確認した。
”くない”を投げようとした。
狐左視点で考えると、中央の風船は、『ボールでしか割れない風船』。
後の2つは、100%”くない”で割ることが可能だ。
しかし、その手からは、”くない”がこぼれ落ちた。
カランカラン
狐左は、せっかくのチャンスを無駄にしてしまったのだ。
俺は、ナイフを投げようと、振りかぶった腕を…………、止めた。
「どうした?投げないのでござるか?」
狐左は、随分と遠くから声をかけてきた。
「…………」
俺は、特に返事をしない。
両者ともに、1秒でも早く風船を割り切らねばいけない状況なのにも関わらず、1つずつ風船を残した状況で、動作を止めてしまっていた。
ゴール寸前で、静止したのだ。
俺は、投擲のモーションをとっていた姿から手を下ろし、ナイフを投げるのを完全にやめてしまった。
「やはりか…」
狐左は、俺の目をじっと見ながら言う。
「お主、自分が負ける方にFPを賭けたでござるな?」
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