4-18 ただいま、襲撃相談中

 声の主は、ブリュードだった。

 昨日、ピエロ&ドラゴンを襲撃してきたカラーギャングのリーダー。


 頭に包帯を巻いた状態で騒いでいる。

 かなりの大声を出しているため、耳を澄まさずとも、俺はその話の内容を聞き取ることができた。


 そして、木箱か何かの上に立ち、少し高い位置いるブリュードを囲むのは、黄緑色の衣類を身にまとった集団である。

 その人数は、なんと30人ほど。


 昨日、ピエロ&ドラゴンに来たメンバーで、カラーギャングの構成員、全員というわけではなかったのか。

 確かに、考えてみれば5人ではギャングとして寂しすぎる。

 ブリュードは、俺が思っていた以上の大所帯のチームのリーダーであったのだ。


「いいか!このままでは、終われねえ!俺たちに舐めた真似をしてくれた奴らを襲撃するんだ!!」

「でも、大丈夫なのかブリュード。俺たちは、手も足も出なかったんだぜ。相手にはまだ余裕がありそうだったぞ…」


 そう言って、ブリュードを諫めていたのは、”ウインド・ダイズ”を共に戦った鼠面ねずみづらの男・チューンだった。

 チューンは、腕を包帯でぐるぐる巻きにしていた。


「この人数で、一斉襲撃すれば、さすがに奴らもただじゃすまねえはずだ。100万Dドリーム奪われてるんだぞ!簡単には、引っ込みがつかねえさ。いいか、奇襲が重要だ。真正面から組み合う必要はねえ。あっという間に現れて、あいつらに襲いかかり、ぶっ飛ばす。目にもの見せてやるぞ!あの、”ピエロ&ドラゴン”の連中になっ!」


 やはり、ブリュードたちが襲おうとしていたのは、俺たちのカジノ・ピエロ&ドラゴンであった。

 彼らは、俺たちに対して、昨晩の復讐を企てていたのだ。


 その場に、俺たちはばったりと出くわしてしまった。

 いや、出くわしたわけではない。

 ラビューの耳が、カラーギャングの企みを探知したのだ。


「襲撃は今夜、店が閉店したタイミングで行う。店が閉まった時間なら、人通りはほどんどない。奴ら以外の人間がいなくなっている。これならば、通報されたり、加勢がくるリスクは少ないからな。奴らだって、まさか二日連続で、戦いが起きるとは思っていないだろう。一気に決着をつけて、100万Dドリームを、いや、店にある金全部を奪ってやるんだっ!!!」


 ブリュードは、勇ましい声でそう言った。


「オオオオォーーーッ!!!!」


 彼の部下たちもブリュードの声に反応して、掛け声をあげた。

 構成員たちも、やる気たっぷりといった様子を見せた。

 なかなか統率力のあるリーダーのようだった。


 襲撃は今夜、閉店後。


 俺たちは、のどかな買い物の帰り道に、とんでもない情報をキャッチしてしまったのであった。



********



 欲しい情報を全て手にした俺たちは、カラーギャングたちにその存在が気付かれないようにと、その場を急ぎ足で去っていく。

 決起集会の場からある程度、離れたところで、ラビューは俺に話しかけてきた。


「とんでもないことになったね」

「ああ、そうだな。厄介ごとが発生した。昨日のぶっ飛ばし方が足りなかったみたいだな。ああ見えてもブリュードは、思った以上に度胸と根性がある男だったんだ。だけど、今晩の襲撃を知ることができたのは、不幸中の幸いだ。襲撃に備えることができる。時間はまだある。あいつらを返り討ちにする方法を考えよう」


 そう、不幸中の幸い。

 ラビューのおかげで、最悪を防ぐことができたのだ。

 カジノへの奇襲が成功するという最悪を。


「それにしても、便利な魔法だな…」

「この耳のこと?」

「そう、その耳『千里耳』だよ。今も、ギャングがいる位置まで、曲がりながら歩いたけど、200mくらいは距離があっただろ。その会話を捉えられるなんて、かなり高性能ぜ。それに、呼吸音まで聞こえるとか…、探知に関しては無敵に近いんじゃないのか?冒険者たちとかが、重宝しそうだな。隠れたモンスターを即見つけることができるだろ」

「うん…、でも、この魔法は結構、習得が難しいんだよ。確かに高性能だけど、使えるようになるためには、それなりのハードルをいくつも超えなくちゃいけないんだ。私もこの魔法を得意としてるんだけど、言い方を変えると、実生活で有効活用できる便利な魔法はこれしか使えないんだ。『千里耳』を使えるようになるために、私の人生の中での魔法の修行のほとんどの時間を費やしちゃったからね」

「…それなりに、大変さはあるってことか」

「そう、それなりにね」

「でも、『千里耳』だけで十分だろ。俺もその魔法だけでもいいから使えるようになりたいぜ…」

「じゃあ、今度魔法の習得方法を教えてあげるよ!あっ…」


 ラビューは、自分でしゃべりながらも何かに気付いた様子だった。


「キンは魔法が使えないから、無理か…」


 ご名答。

 俺が魔法を一切使えないことが、ラビューにはバレていた。そりゃそうだよね。”ウインド・ダイス”であんな醜態を晒したんだもの。


「…なんかごめんね」


 ラビューは、申し訳なさそうな顔でそう言った。耳も垂れて状態で。


「気にする必要はないさ。…全部、魔法の適性がない俺が悪いんだから」


 この世界に来るにあたって、チート能力とか欲しかったよ…。

 俺は、いまだに自分が使える魔法の一つも発見していなかった。

 秘めた能力がいつか突然開花する瞬間を、俺はまだ信じている。………5%くらい。


 俺は、『千里耳』のスペックに関する質問に戻る。

 これからしばらくは一緒に過ごしていく上で、その能力の最大値や限界を把握しておいて損はないだろうとの判断からだ。


「『千里耳』ってさ、どうやって音を捉えているんだ。有効範囲がどれくらい…なのかはわからないけど。今の密会を探知できたってことは、結構な距離まで聞こえるんだろ?その範囲内の情報全部が耳に入ってくるんだとしたら、情報量の多さで頭がパンクしちゃうぜ」

「うん。『千里耳』は調子がいいときなら、直線距離で300mほどまでの音を拾うことができるんだ。キンの言う通りで、全部の音が聞こえているわけじゃないんだよ。魔法の力で耳には届いているんだけどね。この感覚を言葉で表現するのは難しいんだけど…。周辺視野の耳バージョンって感じかな。聞こえてるんだけど、聞こえていない。何か異常を見つけたときのみ、反応するって感じかな。『千里耳』も私は、今も使ってるんだけど、どこでどんな会話がなされているのかは、全て把握していない。ただし、私が興味を持ちそうな違和感ある音のみをとらえて、教えてくれるんだ」

「…自動でか」

「ほぼ自動で。でも、いったんターゲットを見つけたら、そこから発生する音声のみに集中しちゃうよ。カメレオン・ダイスの呼吸音を聞いたときや、さっきギャングたちの会話をとらえたときは、300m以内の距離を何一つとして拾ってないんだ。ターゲットが発生させる音は、ほぼ聞き漏らさないけどね」


 普段は広範囲探知レーダーだけど、一度敵を見つけると範囲が極端に絞られるのか。ただし、狭まった範囲内での音は全てを捉えられる。


「それに、私の耳が音を捕まえていても、私がおかしいと思わないことは、やっぱり『千里耳』は教えてくれないんだ。だから、何を異常と捉えるのかの私の意識が重要となってくる。便利な耳でも耳は耳。違和感を覚えない異常は完全にスルーしちゃうの」


 全ての異常が見つかるわけじゃない、と。

 例えば、ラビューが使ったことがない、何かの道具の誤作動音とかは、わからないってことか。正常な音を知らないから。

 密談も、内容次第では捉えることができない。表面上は、普通の会話だと偽り、繕っておけば。


「さっきも、買い物中に突如反応したんだけど、魔法はいつでも起きている限りは発動しているようなタイプの「常時発動型」だったりするの?」

「いや、全然。私が効果が切れるたびに発動し直してるんだよ。さっきも、ちょうどいいタイミングで発動しただけ。ランダムなタイミングで使うようにしてるんだ。後は、カラーギャングが押し寄せてくる、みたいなやばいイベントの発生時にはずっと。だから、起きている時間の中でも『千里耳』は発動してないときの方が多いんだよ。私がいつでも、あらゆる異常を見つけられる便利人間、人間センサーだとか思っちゃダメだからね」

「いやいや。それでも、十分すぎるほどに便利人間だよ」


 大変、頼もしい”味方”である。

 『千里耳』の効果範囲は限界について、なんとなくわかった。

 やはり、非常に便利な力ではある。しかし、過度に頼ってはいけなさそうである。


 『千里耳』があるからと、日常の警戒を怠ってはいけないのだ。


「なんか、尋問されてるような気分だったよ」


 ラビューは、そんなことを言ってきた。


「すまない。今後のためにと思ったんだ…」

「いいよ、べっつに〜。私たち”仲間”だからね。お互いのことを知っておかなきゃね」


 ピエロ&ドラゴンに迎え入れられつつある新たな”仲間”は、油断していると魅了されそうになるほどの満面の笑顔を見せてきて、そんなことを言ってきたのであった。

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