4-17 +1な日常

 朝起きると、ベッドの上はすごいことになっていた。

 ラビューは寝相が悪く、とんでもない姿で寝ていたから。

 体は、川の字だとか、交互だとか言ってられない方向に向いていた。


 三人起きたのは、ほぼ同タイミング。

 ジェスターは、ちゃんと眠れなかったんだろうか。めちゃくちゃ不機嫌なことが伝わってきた。

 手錠は、装着したままである。

 …一晩、この姿で過ごしたのか。

 そりゃ、不機嫌にもなるね。


 ジェスターは、俺に対して、無言で手錠を外せとの催促をしてくる。

 ラビューから鍵を受け取り、即、外した。


 ジェスターは、コキコキと手首の体操をすると、何も言わずに、そのまま部屋から出ていってしまった。着替えて食事の準備をするのだろう。

 俺は、これ以上ジェスターの怒りが行動に出ないといいな、と願うことしかできなかった。



********



 ジェスターは、何もかもをあきらめていたのか、特に怒ってはおらず、普通に三人分のご飯を用意してくれた。

 俺とラビューは、黙って座っているだけだった。

 ただただ、ありがたかった。

 感謝を忘れてはいけない。


 料理を作っているジェスターの周りをラビューは、チョロチョロと歩き回って話しかけたりとする。

 ジェスターは普通に対応。

 俺が話しかけても、普通に答えてくれた。

 やはり、怒っていない。

 それとも、内心は噴火しかけているマグマのような状態なのか…。

 中身を探ることだけは、よしておこう。


 本日のメニューは、長方形の形をした餃子に似た見た目の焼き物がメインのおかず。半透明の皮の中身は、緑や黄色、茶色など彩り豊かである。

 食べてみると、チーズのような食感、伸び方をした食べ物。しょっぱいものから、塩辛いもの、肉汁あふれるものまで、様々で食べていて美味しいし楽しい。

 ご飯は、少し茶色がかっていて、ほんのりと味が付いている。何度かお見かけしたことがあるものだ。こtrは、何度食べても飽きないちょうどいい具合の味だし、病みつきになっていた。

 緑が中心のサラダには、人差し指サイズの小さなアンコウのような見た目の魚の乾き物が、丸ごと乗っかっていた。食べてみると、バリバリと小気味良い音が鳴る。

 最後に汁物。今日の汁物は、定番の水色に輝くスープではなかった。オレンジ色に輝くスープ。パンプキンスープよりは、薄い透明なオレンジなのだが、味はまさにパンプキンスープそのもの。中には、肉片がいくつも入っていた。こちらも美味である。


 俺と、ジェスターと、ラビューは大満足の食事を終える。

 そこで、ふと思った。

 もしも、俺がジェスターのことを本気で怒らせたのだとしたら、このご飯を食べられなくなるのかもしれない。

 兵糧攻め。

 その攻撃は、とんでもない破壊力を発揮する。

 それだけはイヤだ。避けなくては。


 俺は、次にジェスターとラビューが揉めることがあったら、ジェスターの味方をしようと心に誓ったのであった。

 これこそが、実はジェスターの作戦なのかもしれない。


 うまい飯を食わせて、操り人形にしてしまう。

 …………、さすがに、考えすぎかな、とは思った。

 うん。



********



「きょ〜うは♪みんなで♪―――」

「「「お買い物!!」」」


「あ〜したは♪みんなで♪―――」

「「「討ち入りだ!!」」」


 お日様の下で歩きながら、そんな物騒な歌をハモっているのは、ランラン、リンリンの双子、そしてラビューであった。


 なにその歌?この世界では定番なの?

 異世界版の童謡みたいな感じ。


 俺を含めて、4人が一緒に外に出ている理由は、買い出しである。

 今日の買い出し当番は、俺たち4人となった。

 買う物のリストは、ジェスターから受け取っている。

 新人のラビューを除いたとしても、珍しい組み合わせではあるのだが、ないこともないセットである。

 ジェスターとロンロンは、昼の時間を使って、新メニューを作る実験がしてみたいとか。


 俺は、ジェスター抜きでも買い物できるほどには、ピエロ&ドラゴンが所在するカンテカンテラ商店街に詳しくなっていた。

 顔も、馴染みの店の人たちには、ある程度は知られている。


 歌うときは歌う。

 働くときは働く。


 といった具合で、リストに書かれた品々を次々と入手していく。


 仕事の出来は上々。

 人数が多いおかげもあり、適正時間で終わりそうである。


「さあ、リンリンは誰でしょうか?」


 戯れにそんなクイズを出された。


「ん」


 俺は、リンリンを指差す。

 間違いようがない。双子で顔が同じでも耳が違うんだもの。

 ネコ科の違う動物の獣人だから。


 何故かラビューは、クイズの正解は私かもよ、といった表情で待ち構えていた。

 お前は、顔も違うだろ。


「キンは、耳が違っても私たちの見分けがつくの?」


 ランランは自分の耳を押さえつけながら、そう聞いてきた。


「もちろんわかるさ。秒殺だ。瞬きする時間すら必要がない」


 俺は、そう答えた。


「ねえ、知ってる?なんでも世の中には、獣人の耳を付け替えることができる手術があるらしいよ」


 ラビューが、そんな話を振ってきた。


「その手術をすれば、私の兎耳をランランに、ランランの猫耳Aをリンリンに、リンリンの猫耳Bを私に、なんてこともできるかもね」


 俺は、脳内の妄想で、3人の耳が変わった姿を想像してみる。

 ………馴染みのない姿のせいで、違和感が爆発していた。

 耳とは、人間の顔を構成する部位の中で、存外大切なパーツなのかもしれない。


 適材適耳、なんて新たな四字熟語を考えついてしまう。


「その手術をすれば、人間のキンにも獣人の耳をつけられるとかなんとか。私の兎の耳いる?」


 俺が獣人の耳をか…。

 どんな手術なんだよ。人体の構造を破壊しまくってる気がする。魔法の力か?

 便利なもんだ。


「あはははは!!似合わなそ〜!」

「うん、キンと兎耳は最悪の組み合わせだ!」


 双子は嬉しそうに笑っていた。

 放っておけ。

 俺だって、兎耳はいらないさ。


「ちなみに、結構な確率で失敗するらしいよ。なんでも数日とか数週間、数ヶ月後に腐り落ちちゃうんだって…」

「ダメじゃねえかよ」


 魔法の力は、そこまで便利なものではなかった。


「耳が腐りかけのゾンビになりたいならおすすめだよ!」

「なりたくない。そもそも、俺は人間の耳だけで十分さ」


 そんな話をして笑っているうちに、次に買い物をすべき店へと到着をした。

 この店が最後。

 ここでの用を終わらせれば、店に戻ることができる。



********



 買い出し終了。


 俺たちはピエロ&ドラゴンに戻ることになった。

 そして、一歩二歩と歩いたときであった。

 事件発生。


 その異常を俺は目で捉えた。

 ラビューの長い兎耳が、大きく動いたのだ。ピンと立って耳を澄ますような仕草を見せる。

 どの頂上は、俺の身長をも凌駕する。

 ラビューは、何かしらの異常を耳で捉えたのだ。


「ラビ―――」

「しーっ」


 ラビューは、俺の声がけを遮った。

 そこまで気が回らなかった。失敗。

 おそらくは、『千里耳』を使って極限まで、聴覚を研ぎ澄ましているラビューに対して、俺の声はノイズ以外の何ものでもない。

 邪魔なのだ。


 俺には、何も聞こえていない。

 いつもの商店街の喧騒に包まれているだけだ。


 ラビューは、しばらく何かを聞いた後で、どこか店がある場所ではない方向へと歩いて行こうとした。

 買い出しの荷物を持ったままで。


「すまん。ランラン、リンリン。荷物を持って、先に店に戻っていてくれ」


 俺は、俺の分の荷物だけではないく、ラビューの荷物も奪って、それを押し付ける。

 ランランとリンリンは、2人がかりでなんとか、全荷物を持つことができていた。

 かなり、ギリギリだったけど。


 俺は、どこかへと向かうラビューに付き添うことにした。

 ラビューはやや早歩きで、あっちへこっちへと道を曲がり、路地裏の方へと向かっていった。

 ラビューが歩いている間、何が起きているのか全く理解できていない。

 ただし、ラビューの真剣な面持ちにより、何か良からぬ事態が進行中であることだけは伝わってきた。


 およそ200mほどの距離を歩いて、ようやくラビューが静止した。

 壁によって、先が見えない曲がり角。


 ラビューは、ちらっと俺の方を見て合図を送ってきた。

 この先に賊がいる、とのことだろう。


 ここまで来れば、俺にも話し声が聞こえてきた。

 聞いたことがある声。ごく最近。


 俺とラビューは、相手に気付かれないようにと、静かに、曲がり角の先を覗いていく。

 そこには、俺が声から想像した通りの人物たちがいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る