人が変われば日常も変わる

3-2 新しい日々が来た

「おっはよ〜っ!キンとジェスター!今日も、いい1日になりそうだね!!」


 勢いよく、カジノの扉を開け放ち、店に飛び込んできたのは、ラリルレ3兄妹末っ子のリンリンである。


 楽しいことがあったのか、毎日が楽しいのか、笑顔炸裂、元気一杯の出勤であった。


 尻尾がヒョコヒョコと踊っている。


「おはようの時間はもう過ぎてるでしょ。いい歳なんだから落ち着きなよ。まぁ、おはようの方が楽しい1日の始まりを感じる気持ちはわかるけどね」


 そんなことを言いながら、店の敷居を跨いできたのは、3兄妹の真ん中、ランランである。


 お姉さんぶってはいるが、俺はランランと初めて会ったときの衝撃をいまだに忘れてはいない。


 本日のリンリン以上に凄まじい勢いで、カジノに飛び込んできたのだ。


 ただ、年下の兄妹の前で、かっこつけたくなる気持ちはわからなくもなかった。


「今日もいい天気だ。我も最高にご機嫌だぞ。そして、妹がかわいい」


 わけのわからない挨拶をしながら、最後に店に入ってきたのが長男のロンロンであった。


 3人は同じ家に住んでいて同じ職場で働いているので、3人仲良くの出勤だった。


「おはよう」


 どの挨拶しようか少し迷ったのだが、ランランに倣って、1日の始まりの挨拶を選ぶことにした。


 ジェスターもまた、同じ挨拶をした。


「「「おはよう!!!」」」


 3人揃って、挨拶を返してきた。本日も仲がよろしいことで。



 ランラン、リンリン、そしてロンロンがカジノ”ピエロ&ドラゴン”で働くことになってから、いくばくかの時間が過ぎた。


 元々ジェスターの友達であり、死線を共にくぐり抜けた仲でもあるので、打ち解けて、馴染みすぎなほどに馴染みきるまでには、全くと言っていいほどに時間がかからなかった。


 働き出してからすぐに店の常連さんたちにも受け入れられ、もうすっかりと”ピエロ&ドラゴン”の一員となっている。



 3人は基本的には、店内に住んでいる俺とジェスターが、朝食と昼食なのかわからない時間に食べる食事が終わってから少し経った頃にやってくる。


 厳密な出勤時間は決まっていない。


 最悪でも夕方の営業時間に間に合えばいいくらいのスタンスであり、忙しくて営業前にやることが多いときには早めに、それほどでもないときには遅めに来てくれている。


 そこは店主のジェスターが皆の指揮をとり、阿吽の呼吸で調整をしていた。



 仕事なんてものは探せばいくらでも見つかるものだ。


 5人で仕事をするようになってからは、今までは俺とジェスターの2人で全ての業務をこなしていた事が奇跡のようにすら感じている。


 開店前でも、掃除をしたり、ギャンブルの準備、練習をしたり、料理の下ごしらえをしたりと大忙しである。


 ピエロ&ドラゴンでは、2人で働いているときには、建物内の使ってない場所や道具が多過ぎた。


 それらの眠っていた資源が有効活用されるようになりつつあった。


 営業時間はまだ変更をしてはいないが、現在は18時開店のところを16時に変更することを検討している。


 人手が足りて手が回るのであれば、朝から夜まで店の営業をしたいのだ。


 カジノにはネオンサインがよく似合いのだが、ネオンサインが無ければカジノを開けないわけではない。


 実際に、元の世界では24時間営業しているカジノは珍しくもなかった。



 店の営業が始まってしまえば大忙しであり、それどころではないのだが、営業前の時間は、のほほんと、皆が話をしながら働いていることが多い。


 ずっと集中をし続けて働くことなんてできない。


 緩急は大事だよね。


 今日も、そんな雑談に花が咲いた日だった。



 全員で一斉に掃除をしている時間のことである。


 俺は床をモップ掛けしていて、近くにいたリンリンは”ナイフダーツ”に使うナイフを並べて磨いている。


 2人とも手は動いていたのだが、意識は雑談の方に持っていかれていた。


「―――ポニポニポニップのクレープを食べたときは衝撃だったよ。同じクレープなはずなのに、口に入れた瞬間のガツンとくるインパクトが他の店のものとは全くもって異質なんだ。一口が重いんだよ。二口目を食べて、考えてわかったね。クリームの中に、マスケルポーネチーズをたっぷりと練りこんでいるんだ。それによって独特のコクが―――」


「あぁ...、あぁ...」


 俺の意識が雑談に持っていかれていたってのは嘘かもしれない。


 本当は、意識を天に持っていかれていた。


 何の興味もない女の子のスイーツに関する話題に対して、生きた屍のようにただ返事をしているだけの存在と成り果てていた。


 そんな、俺たちの様子を見かねたのか、それとも自分も会話の輪に加わりたかっただけなのか、ランランが話に混じってきた。


「リンリンはまた1人で新しい店に行ったのかい?相変わらず、スイーツが好きだね」


「そうだよ、それが私の生き甲斐だからね。ランランが全然付き合ってくれないから1人で行くんじゃん」


 俺は、2人に尋ねる。


「リンリンは甘いものが好きなのはわかるんだけど。ランランは甘いもの、苦手なのか?」


「別に苦手なわけはないよ。むしろ好きな部類に入るかな。でも、リンリンみたいに、下手したら1日3食をスイーツで置き換えられるほどには好きになれないかな。私はたまにで十分だよ」


 1日3食は極端である。話を聞くだけでも胃もたれしてしまいそうだ。


「じゃあ、逆にランランは何が好きなんだよ」


「肉だね。肉だよ。女は黙って肉を食らっていればいいのさ」


 ランランは眼をぎらつかせながらそう答える。


 そういえば、一緒に食事をしたときも、肉で大喜びをしていた。


 肉食系の女子である。


「肉なんてもんは、男に与えておけばいいんだよ。私は人生でありとあらゆるスイーツに囲まれて、生きていきたいね」


「リンリンは何もわかってないなぁ。私は肉を口に頬張った状態で死にたいくらいだよ」


 双子にも関わらず、舌の好みに随分と違いがあるようであった。


 姉のランランは「肉」を、妹のリンリンは「甘味」を好んでいた。


 今まで食してきたものは、そんなに変わらないはずなのに。


 双子なんて、そんなものなのかな。


 見た目が似てようとも、中身は全くの別物である。


 味覚の好みに差があろうとも、お互いの人生が幸せならばそれに越したことはないのだろうけど。


「リンリンは女の子らしくて可愛いなぁ。ランランは野生児みたいで可愛くない」


 俺はそんな軽口を叩いてみた。


 褒められて嬉しかったのか、リンリンも表情がほへっと蕩けたのがわかる。


 まぁ、ランランの好みの方が健康には良さそうだな。


 俺は、そこで双子が共に喜べる料理はないものかと、脳内検索を開始する。


 該当する料理名は直ぐには見つからなかったので、料理名は抜きにして、頭の中で考えていたことをそのまま言葉にしてみた。


「じゃあ、間をとって”甘い肉”なんてものはどうだ」


 そんな料理もあったはずだ。


「「それは、外道」」


 2人は、事前の打ち合わせもなしに、完璧に同じタイミングで、同じ返答をしてきた。


 やはり、双子とは中身の奥深く、本質の部分はそっくりなのかもしれない。



「ちなみに、ロンロンは何が好きなんだ?」


 俺は、少し離れたところで窓を拭いているロンロンに話しかける。


 果たして、双子ではないけれど兄であり、似た環境で育ってきたロンロンはなんと答えるのだろうか。


 しょっぱいものか、酸っぱいものか、酒か、それとも辛いものとかか。


「我か、我は妹が2人とも好きだぞ」


 ......そんな話は一切していない。


 妹を食う気かよ。


 間違った返答をしたロンロンは、上手いことを言ったつもりなのか、なぜか、ドヤ顔を浮かべていた。


 妹2人はというと、そんな兄に対して喜ぶわけでもなく、嫌がるわけでもなく、完全にスルーをしていた。


 そんな2人をみて、俺は思春期の娘に避けられている父親を見るような、不憫な気持ちになってしまう。


 ロンロンは、鈍感力をフルに発揮して、幸せに生きて欲しいものだ。


「ジェスターはどうだ。好みの食べ物とかはあるのか?」


 俺は、調理場で掃除をしているジェスターに向けて声をかけてみる。


 一緒に暮らし始めてそこそこの時間が経つのだが、考えて見ればジェスターの食の好みは検討もつかなかった。


 何かを好んで食べていたり、嫌がっている姿を見たことがない。


 何でも美味しく食べる雑食のイメージだ。


「私は、キン以外のこの世の全てのものが好きね」


 ......どうやらジェスターは、ロンロン同様にして、”人間”を食材として見るタイプのようであった。


 これくらいの言葉では、俺はもう傷つかない。


 そんなジェスターに対する双子のリアクションはというと、やれやれといった表情を浮かべていた。


「ジェスターは素直じゃないねぇ」


「そうだね、全くもって、素直じゃないよ」


 同じ感想を抱いているようであった。


 俺は、ジェスターは本音をそのまま言っている素直な人だと思うけどね。



 こんな取り留めの無い会話をしつつ、新しいメンバーを加えた”ピエロ&ドラゴン”の新しい日々の時間は流れていった。


 ジェスターと2人っきりのときも悪くはなかったのだが、人数が増えた方が楽しさが増していた。


 しかし、こんな愉快な日常が、始まったばかりの楽しい日々が、もう終わりを迎えつつあることに対して、俺はこの時点では全く気付いていなかった。


 歯車はすでに狂い始めていた。


 鈍感力を本当に発揮していたのは、ロンロンではなくて、俺だったのだ。

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