2-3 SOS
店に侵入してきた鷹の男は、ジェスターの手によって、店からつまみ出されてしまった。
酔っ払った客の扱いは、手慣れたものである。
次は、ちゃんと酔っていない状態で、営業時間内に店に来て欲しいものである。
久しぶり、元気だった、と、キャッキャッしている二人から俺は疎外感を感じてしまう。
自分からは会話に入っていくことができずに、ただじっと2人の様子を見つめていて、俺ができたことはと言えば、彼女が何者なのかを会話の端々から推測をするだけであった。
挨拶が終わったのか、それとも俺の視線に気が付いたのか、ランランと名乗る獣人の少女が俺の方に目を向ける。
俺とランランはお互いが、この人は誰、と言った表情でジェスターを見つめることになった。
ジェスターは、その空気を読んで紹介してくれた。
「この人はランラン。私の友人で冒険者をやっている人よ」
「イエス!私はランラン!!ジャガーの獣人であり、ジェスターの心の友だ!冒険者として日々研鑽を積んでいる」
ランランは、元気いっぱいで自己紹介をしてくれた。
テンションが高めの少女であった。
「そして、この人がキン。私の第一の奴隷ね」
「誰が奴隷だ、バカヤロウ。ピエロ&ドラゴンの住み込み従業員だよ」
俺がそう自己紹介すると、ランランは中々のびっくり顔を見せてくれた。
俺は何かおかしなことでも言ったかね。
ジェスターと俺の顔を交互に見比べている。
「私はジェスターとは学園で一緒だったんだよ。同級生ってやつだ」
「ふーん、ジェスターに友達がね。意外だな」
「何がよ。バカキン」
「いや、ジェスターは学校でも一人で本を読んでいて、誰も寄せ付けないようなタイプだと思っていた」
「本当にバカね。私をキンと一緒にしないでよ。仕事を始めるまでは、友達だらけの楽しい青春時代を送っていたわ」
ランランは、そんなジェスターの過去の話を即座に否定する。
「いや、ジェスターは私たち以外に多分友達はいなかったぞ。私たちと話すとき以外には、ずっと本を読んでいるようなタイプだった。結構な人数の同級生にも敬語で話しかけていた」
俺の予想は当たってんじゃねぇか。
そして、今この状況は、同じ学園に通っていて仕事を始めた仲の良かった友達同士が久々の再会を果たしたというわけか。
ランランは楽しそうに話を続けてくれる。
「キンに特別に教えてあげよう。こんなエピソードがある。
ある日、ジェスターが身につけていたはずのリボンが紛失をした。
確かに、そこにあったはずなのに。
ジェスターは誰かこの学園内の”男”が盗んでいったに違いないと推理をした。
ここから、ジェスターの犯人探しの旅が始まる。
ジェスターは同級生の男を一人、また一人と捕まえて、ナイフを突き付けて脅すんだ。
”ねぇ、私のリボン知らない”、って。
普段、喋らない子がそんなことしてくるなんて恐怖でしかないよ。
男は震えながら”知らない”、と答える。だって、本当に心当たりがないんだから。
すると、ジェスターは男が来ていた服の左胸の部分をナイフで切り裂くんだ。
”本当に知らないの?”って。
学園中の男の服に穴が開いたところで、ジェスターは気が付いた。
そうか犯人が男であるとは限らない。女かもしれないって。
明日は一人ずつ女を捕まえていこう、と決意したんだ。
この推理は正しかった。確かに犯人は女だったんだよ。
犯人はジェスター自身だった。
家に帰ってジェスターは、自分の家にリボンが置いてあったのを発見する。ジェスターのリボンは盗まれたわけではなく、ただつけ忘れただけであったんだ。
ジェスターは次の日、誰にも何も弁明をせずに、普通にリボンをつけて登校をする。
男たちは、震えたさ。
犯人は誰だか知らないが、きっと死ぬような目にあったんだろうと」
話の中に、色々とツッコミどころは多いのだが、とにかくジェスターはとんでもなく迷惑な生徒であったことが伝わってきた。
ジェスターは、男の俺が、自分の指一本でも触れることを許さないような貞操観念の持ち主である。
その貞操観念が強さは、学生時代から変わらなかったようだ。
リボンが盗まれた疑惑ぐらいで、そこまでの大騒ぎとは末恐ろしいものだ。
俺は自分の身を守るためにも、ジェスターに近づくときは細心の注意を払おうと、もう一度強く誓った。
「ええ。そんなこともあったわね。まぁ、それ以来、残りの学園生活で、一切合切、男たちが私に話しかけようとしなくなったことは良かったわよ。平穏な、凪のような日々を送れるようになったわ。災い転じて福となすね」
ジェスター以外の誰にも「福」が来ていない。
「そうさ。だから、ジェスターは美人なのに全くもってモテなかったんだ。ジェスターにとって、全ての男は敵であり、全ての男にとって、ジェスターは敵だったからね」
ランランが教えてくれたのは、ジェスターらしさ全開で、俺が知っているジェスターから想像できる通りのエピソードであった。
「だから、キン。君はどうしてジェスターと一緒に住むことができているんだい?
男とジェスターと同棲しようなんて考えたら、その人に命はないはずだぞ。
あっという間に魂が別の世界にいってしまうことになる。
君はどんな手段を使ってジェスターの懐に潜り込んだんだい?どうやってこの怪獣を懐柔したんだ?私はそれに興味が尽きないね」
「...別に何もしてないよ。運命の悪戯によってそうなっただけさ」
「なるほどね。まぁそういうことにしておこう。ジェスターの春だ。いつか、楽しい話が聞けることを信じて、友人として2人の間柄を見守るだけさ」
ランランは、うんうんと頷いていた。
なんだかとんでもない思い違いをしていそうな様子であった。
「ランラン。私がキンと一緒にいられているのは、この人がこの店にとって必要な人材であるからだけよ。
そして、キンは”男”ではなく、”男”以下の存在なのよ。
虫が一匹くらい家に潜り込んでいても気にならないでしょう」
「まぁ、それもまたそういうことにしておこう」
ランランは、何か勘違いをしたままの状態で、自分の中で納得をしたような様子であった。
俺とジェスターは、本当にそういうような関係ではないのである。
「キン。ちなみに教えておいてあげよう。ジェスターは、男と一切話しをしなかったと言ったのだが、それには唯一の例外があった。
お父さんとか先生とかってオチじゃないよ。ちゃんと同世代の”男”さ。
その男の正体はね―――」
「そんなことより、ランラン、そう言えばウチの店に何の用だったの?随分と焦って店に駆け込んできた様子だったけど」
ジェスターがランランによる思い出話を強制的に打ち切った。
ジェスターが唯一話をしていた男とは...?
この話題の先はかなり気になるのだが、俺がその先を聞く前に場の空気はそんな話をしている場合ではなくなってしまっていた。
楽しそうに話を続けていたランランの雰囲気は一転をして、急に地団太を踏み出して、焦っているような様子へと変化をした。
「忘れてた!忘れてた!!忘れてたーーーっ!!!」
ランランは頭を抱えてしまい、大慌てをし始めた。
「リンリンがいないんだーーっ!ジェスター代わりに来てくれないかい!?ロンロンが大変なんだ!!」
「リンリン?ロンロン?......人手が必要なの?」
ジェスターは慌てているランランとは対極の冷静さで、落ち着いて話を聞き出していく。
なぜ、慌てているのかを知らないんだ。
落ち着いていられるのは、当たり前と言えば当たり前ではあるんだけど。
「そうなんだよ!至急、人が一人必要なんだ。ジェスター、一生のお願いだから来て!!」
「無理よ。私、今から仕事だもの―――」
ジェスターは久しぶりに再会した友人からの一生のお願いをあっさりと断ってしまう。仕事とは、これから酒屋に行って打ち合わせをすることだろう。
ちょっと、冷たい。
SOSした、ランランも悲しそうな表情になってしまった。
しかし、ジェスターはただ断ったわけではない。
ジェスターの言葉には続きがあったのだ。
「―――でも、人が一人必要だって言うんなら紹介できる”男”がいるわよ」
「紹介できる”男”?」
ランランは首を傾げて可愛く尋ねていた。
これがあったから、ジェスターは、友人からの一生のお願いをあっさりと断ったのである。
ジェスターは俺の方向を見て、にこやかな表情でこう言ったのであった。
「キン。いってらっしゃい。私の大切な友達の力になってあげてね」
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