34-3話 解放
◆
部屋にコウキがやってきた。左腕を首から吊っているが、肩をやられたようだ。少し痩せているようにも見える。
「大将、カッコつけすぎだよ。俺を逃がすために、自分が犠牲になるなんて」
「それが合理的だと思うんだ」
「二人とも助かる道を探そうぜ。例えば、この船を乗っ取るとか」
「片腕が動かない男と、寝たきりの男でかね?」
ムッとした顔で、椅子に腰掛けるコウキ。
「公爵がいるだろう? まさか死ぬわけもない」
「おそらく、公爵は消滅した」
「あの人工知能が? 確かに不利だったが、逃げる余地があった」
私は考えていたことを話した。
「最後まで、船を操作したんだ。私も君も、亜空間航法を起動しなかったが、船は亜空間航法で跳躍した。計算は公爵がしたんだ。同時に、生命維持装置も設定した。最後の最後まで、船から、私の端末から離れられなかった」
「それは……」
さすがのコウキも言葉が出ないようだった。
人工知能もコンピュータのソフトやデータ同様、自分をいくつにも複製することができるはずが、それは技術の発展と同時に、逆に不可能になった。
人工知能という個性を確立する情報は複雑で、複製が不可能なのだ。
情報だけは複製できる。しかし情報が機能し始めると、不具合が生じる。
思考は情報で定義されるのではなく、それをいかに結びつけ、関連付け、引用するか、切り捨てるか、になる。
どこかに公爵と全く同じ情報を持つ個体がいる可能性もあるが、それは公爵ではない。
私たちに味方するかも不明なのだ。
「でも、公爵の複製なら、俺たちを放っておかないだろ」
「事実、放っておかれている。それが答えだ」
コウキもついに黙り込んだ。二人で黙ったまま、じっとしていた。
と、ドアがノックされ、ターキーが入ってくる。
「じゃ、そのじいさんは放り出すぜ。いいな?」
「俺が身代わりになるよ」
素早くコウキが志願したが、私が止める前に、ターキーが失笑した。
「お前にそれほど価値はないよ。悪いな」
唐突にコウキの体が跳ねた。
片腕で掴みかかるコウキの行動は、はっきり言って常軌を逸している。
無我夢中なようだった。だが相手が悪い。
鮮やかな動きでターキーはコウキを床に投げつけ、そのままコウキは意識を失ってしまった。やっぱり無謀だ。
「じゃ、じいさん、少し無理させるが、背中に乗ってくれ」
身体中に力を込めて起き上がろうとする。それだけでもものすごい負担だ。
しかし私が生きているから、コウキが助かる。
それで良しとしようじゃないか。
「待ちな」
やっと肩が布団から離れたところで、シャリーンがやってきた。なんだ?
「その老人は今から客だ、いいね、ターキー。あの坊やもだ、って、何をした?」
「掴みかかってきたから投げたんだ。そしたら、のびた」
「まったく、部屋に運んでやれ。私は老人と話がある」
うんざりした様子で、ターキーがコウキを抱え上げると、そのまま部屋を出て行った。
私はベッドに再び横になり、さっきまでコウキが座っていた椅子に、シャリーンが座った。
「解せない話だが、あんたたちを買い取ると言っている奴がいる」
「ダイダラか?」
「まさか。あの老人はやっぱり病気だ。惑星マクシミリアの星立病院に入院している。もう仕事からは手を引いたようだな」
では、誰だろう。
「名前は今は明かさないでくれとのことだ。まったく、あんたは不思議なほど人脈が豊富だな。でだ、その依頼主の計らいで、あんたを今から惑星マクシミリアへ連れて行くことになった。というか、もう向かっている。亜空間航法で十六時間だ。明日には着く。そこで十分な治療が施される」
わけのわからない事態だった。
人脈ははっきり言って、まったくないのだ。
どこのお人好しが私を助ける?
「まあ、明日までゆっくり休んでな。体に不調はないかい?」
「不調だらけですよ」
「死にかかっていたんだ、生きていることに感謝しな」
シャリーンは「毎度あり」という言葉を残して、部屋を出て行った。
私は不安と不信の中、疲れたのか、眠り込んで、わずかな振動に目を覚ました。
ターキーが入ってくる。浮遊椅子もある。そっと彼が私を抱え上げ、椅子に乗せた。ゆっくりと押されていく。
やっと船の中を見ることができたが、小型の宇宙母艦らしい。
通路を進み、エアロックを抜け、ホースを抜けた先は、どう見ても宇宙空港だ。わずかに首を捻って、自分が出てきた方を確認する。窓の向こうに、やはり小型の宇宙母艦がある。
空港で手続きをするとき、私の身分をどうするかと思ったら、彼らは身分証を偽造していたらしい。私は掌紋、網膜を確認されたが、通過できた。
広い空間は、宇宙航行会社のカウンターが並び、また人の行き来も激しい。その中に先に進んでいたらしいシャリーンとコウキがいた。
「じゃ、行こうか。シャトルもチャーターされている。こんなに豪勢な移動は、私も想像してなかったね」
シャリーンの先導で、個人向けのシャトル格納庫に行き、乗り込む。すぐに浮き上がったのがわかった。
惑星マクシミリアの地上まではあっという間だ。地上の空港からの移動は、やはり雇われていた飛行車両で、四人では余裕がありすぎる。
一直線に星立病院に向かい、裏口のようなところで飛行車両が着陸する。
医者と看護師が私を出迎え、ここで私はシャリーンとターキー、コウキと別れた。
治療室へ連れて行かれる間にも医者の質問が次々と投げかけられ、看護師たちは私の体のいろいろな数値を測定していく。
やはり不安しかない。
私はそのまま手術室に直行するようだったが、幸いにも麻酔を使われて、その瞬間を見ずに済んだ。手術室をリアルに見るのも、それはそれで面白い経験かもしれないが、それは無関係な場合だ。
気づくと病室にいて、ここはやはり地上だな、などと思った。
モニターしていたのだろう、看護師がすぐにやってきて状態を訊ねてくる。
はっきり言って、激変していた。シャリーンの船にいる間より、だいぶ楽だ。
「強い薬を使いましたから、副作用が出るかもしれません。動悸や寒気があったら、コールボタンを押してください。こちらからも見ていますが、やはり患者さんの感覚ですので」
私が頷くと、看護師はニコリと笑って下がっていった。
静かだな。
病室が一人部屋なのも、私を助けてくれた誰かの財力を意識させる。
どこの大富豪が私を拾い上げたのやら。そんな知り合いは残念ながら、一人もいない。
何かの罠ではないのかと思ってしまうあたりが、私の経歴からくる、無駄な後ろめたさだ。
私は窓の外を見た。実際にはモニターだが、本当の外の景色を写している。
地上に降りることが珍しくなってしまった自分が、どこか寂しく、同時にこうなってみると、何か、帰ってきたな、という気もする。
何に帰ってきたかは、よくわからないけれど。
(続く)
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