32-3話 奇妙な貴族


    ◆


 新顔の客から引き取った廃品は、なんと三世代も前の機動戦闘艇だった。

「こいつはすげえや!」

 機動艇を操作して、ダグが念入りに眺めているが、この機動戦闘艇は引き渡す相手が決まっているので、ダグの出番はない。

「そいつはもう売り先が決まっているんだ、あまり触るなよ」

「ストレイトさん?」

「あの旦那はこういうのがお好きだ」

 クルーガ・ストレイトという妙な貴族だが、貴族は貴族でも軍人貴族だった。

 例のテロリストの問題で、大量の新人貴族が生まれたが、あの旦那もそのうちの一人で、どこか辺境の惑星を一個、与えられた。

 それをどういうわけか、戦死者の鎮魂の場とした、極端に奇妙な貴族である。

 その追悼施設のすぐそばに、機動戦闘艇の博物館もあって、そこはそこで人気がある。

 で、俺もたまたまその筋の人間と接点があり、この貴族の旦那が機動戦闘艇を集めている、と聞いて、売り込んだ。

 今までに五機ほどの機動戦闘艇を買ってもらった。

 そのうちの一機はほとんどスクラップというか、原型がない状態だったが、あの旦那はぽいっと大金を払って買っていった。

 後になってその博物館の紹介を見たが、まさにその俺が売ったスクラップは、どこかで集めた同型機のスクラップと混ぜ合わされて、おおよそ形になった一気の機動戦闘艇に組み上げられていた。

 こういう客は大事にするに限る。

 というわけで、今回の機動戦闘艇もストレイト氏に連絡を取ることになる。

 亜空間通信を繋ぐと、彼の秘書につながり、すぐに彼自身がモニターに映った。

『やあ、メタリックさん、元気そうだね』

 実に気安い、好男子なのだ。

 俺に孫娘がいたら、嫁がせたい。いや、少し年齢に差があるかもしれない。

 いない孫娘を気にするほど無駄なこともないな。

「新しいスクラップが手に入ったんだが、買うかね?」

『機種とメーカーは?』

 俺は手元の携帯端末を見る。それを読み上げる前に、ダグが言った。

「ネオ・ヒューストン社、エストリカの三型だよ」

 ぎょっとしつつ、俺は手元を見たが、まさに同じ情報が表示されている。

 モニターの中でにこりと旦那が笑う。

『よく知っているな。マイナーな機種だ』

「ゲームで死ぬほど遊んだよ」

 まるで気後れせずにダグが応じる。まるで友人のように話しているが、いつの間にそんなに親しくなったんだ?

『どこのゲームだい? オウカドウ?』

「いや、スカル・クロス。アタック・オブ・エイリアン」

 ヒュー、っと画面の向こうでストレイト氏が口笛を吹く。

 オウカドウはゲームメーカーだが、俺の知識の中にスカル・クロスというメーカーはない。タイトルらしい奴も全くわからない。

『携帯端末でやる奴だな。いいゲームだ。やり込んでる?』

「相当ね。あんたは?」

 客にはもっと丁寧な言葉を使ってくれ。

『俺は専門じゃないが、たまに遊ぶよ。シンプルで面白い』

「対戦してくれる? 最近、ホネのある相手に飢えているんだ」

『良いね。メタリックさん、そこの少年に俺のアドレスを教えてやってくれ。ちょっと遊ぶ時間くらいあるだろ?』

 どういうわけか、ダグと旦那は趣味が合うらしい。

 ここらでこの新人貴族から、何かを学ぶのも良いだろう。

「良いですよ、旦那がそう言うのなら。ダグ、こっちへ来い」

 空中でバランスを取り、すぐにこちらへ向かってくる。

 奴の端末に旦那のアドレスを送信し、奴はプカプカ浮いたまま、端末に集中し始めた。

 もしかしたら大画面で見れるかと思ったが、ダグは見せるつもりはないらしい。

 クルーガ・ストレイトという男は、武勲で貴族になったわけで、噂では機動戦闘艇のスペシャリストらしい。

 そんな相手にダグが敵うわけもない。

 ちょっと手厳しい教訓になるかな。

 しばらく俺もその場に漂っていたが、ダグは無言で手を動かし続けている。モニターの中ではストレイト氏も、携帯端末を持って集中している。

 長い。

 二人とも黙っている。

 声をかけるべきか迷っていると、通信が入った。ダグには音が聞こえたはずだが、集中が深すぎるせいか、ピクリとも反応しなかった。

 俺がそっとそれを受ける。

『バニーズ・スクラップか?』

 小さなモニターに映ったのは、軍人だった。

 相手の船はすでに亜空間航法を抜け、すぐそばまで来ている。

 びっくりして声も出ない。抜き打ち検査だった。

 普段は得意先の企業や個人から情報が流れてくるが、今回は例外だったようだ。

 我が社は違法なことが多すぎる。まず第一に、法律で決められている廃船の保有量を超えている。それだけでも激痛なのに、いつもは隠している機動艇は外に出しっぱなしで、こいつも違法改造に違法改造を重ねている。

 そして、俺のすぐそばでゲームに集中しているのは、未成年で、かつ帝国資格の必要な作業を無免許で勝手にしている。

 まずは、このガキをどこかに隠さないとな。

『おい、未成年を乗せているのか?』

 大失態だ。

 カメラがオンになっている。帝国軍の兵士がものすごい形相でこちらを見た。

 今更、カメラからダグを追い出しても遅い。

「いえ、こいつは孫でして。たまたま居候しているだけです」

『良いだろう、詳しくは後で聞くが、見たところ、あまりに多くの艦船があるな。データをこちらへ送れ。到着前に確認する』

 通信が切れる。

 やれやれ。どうしたものか。

 俺は即座に偽の書類を作った。たまたま今は手元に多くの廃船があるだけで、すぐにどこかに発送するという、インチキづくめのものだ。

 送り先は俺と相棒で作ったペーパーカンパニー。

 本来ならもっと万全の体制で抜き打ち検査を待ち構えるが、今回はどうしようもない。

『メタリックさん、ちょっと良いかい』

 いきなりストレイト氏の声がしたので、かなりビビった。

 まだ繋がっていたのか。

「ちょっと忙しくなりまして」

『うん、こっちでも見ていた』

 くそ、俺はどうかしているんじゃないか?

「なら、お分かりだと思いますが、軍の検査を受けていまして、だいぶまずい」

『それを俺がうまく解消できる』

「か、解消?」

 うん、と画面の向こうでストレイト氏が頷く。

『そちらの在庫の一部を俺が買い取るよ。船として買い取るのは法律で禁止されたが、鋼材として買い取れば問題ないだろう』

「旦那が鋼材を買って、どうするんで?」

『え? それは後から考えるよ。あんたを助けたいんだ』

 助けるだって?

「それで何の得があるんです? 危ない橋を渡るだけですよ」

 それだけどね、とストレイト氏が微笑む。

『あんたの孫を引き受けたい』

「……引き受ける? どういうことです?」

『俺が始める機動戦闘艇の操縦士育成学校の、記念すべき一期生だよ。どうかな?』

 訳がわからなかった。

 まだ宙に浮いているダグを見ると、不機嫌そうな顔で、ポケットからビスケットの袋を取り出し、宙に広げている。

「まさか、旦那に勝ったのか?」

「まさか!」ダグが大声をあげ、両手足を広げて大の字になる。「この人は異常だよ!」

 モニターの中でストレイト氏が笑った。

『そういうお前も異常だよ。で、どうする? 来るか? 来ないか?』

 俺が見ている前で、ぐるぐると回っていたダグが答えた。

「行く」

 いきなり、運命は回りだしたようだった。



(続く)

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