2-7話 敗残兵の戦い


      ◆


 第八軍団は損傷艦を出しつつも、帝国軍との宇宙を舞台にしたゲリラ戦を展開していた。

 とにかく動き回ることしかない。

 正面決戦では歯が立たないのはもちろん、集団戦さえも危険だった。

 そのため、第八軍団はほとんど前例のない戦闘を行っている。

 一つの部隊を構成するのは三つ、ないし四つの艦だ。

 機動戦闘艇は、亜空間航法が可能な改造が施されたものを、機動戦闘艇だけの部隊で行動する。こちらは八機から十機で一つの部隊だ。

 これらが亜空間航法を存分に使って、帝国軍に襲いかかり、わずかな戦闘の後、さっさと逃げてしまう。

 嫌がらせ以外の何物でもない。帝国軍はほとんど傷を受けないのに、ただ神経だけはすり減らされる。

 第八軍団も最初はここまでうまくいくとは思っていなかった。

 これが意外にも成立したのは、前代未聞の少数の戦力を、前代未聞の数で運用したからだった。

 全ての部隊から入ってくる情報が、第八軍団の旗艦である宇宙戦艦オシリスに集中する。

 そうするとどうだろう、一定範囲の帝国軍艦船の居場所が立ち所に判明する。

 そうなれば、その把握した帝国軍の艦船に対し、次から次へと、新手の部隊をぶつけて、逃走し、また別の部隊をぶつければいい。

 攻撃する方も疲労していくが、その攻撃する側の第八軍団にアドバンテージがあるため、士気はなかなか落ちない。

「この情報を連中に渡したらどうです」

 オシリスの艦橋、その最上段にある指揮用の大型パネルの前で、第八軍団の参謀の一人が司令官にそんな言葉を向ける。

 第八軍団司令官である、カーター・ゲイツが鋭い視線をその参謀に返した。

 すでに年齢は七十近いが、覇気には並々ならぬものがある。

 実際、まだ若い参謀はその一睨みで萎縮していた。

「連中というのは、無人艦隊のことか?」

「そ、そうであります、提督」

「私は冗談は好きではない。大佐、ここを出ていけ」

「も、申し訳ありません、提督、言葉が過ぎました」

「出ていけと言っている。今後の任務は追って伝えよう。さあ、出て行くがいい」

 結局、その参謀は艦橋を出て行かざるをえなかった。

 他の士官たちが萎縮したり、心の中で反発するのをよそに、カーターは考えていた。

 無人艦隊と第八軍団、やっていることは同じだが、その行動を決める要素が違う。

 第八軍団が実際に帝国軍と接触し、その位置情報を手に入れているのに対し、無人艦隊は帝国軍の情報を情報ネットワークから掠め取り、それを元に行動している。

 これはどちらが良いとも言えない。

 無人艦隊、電人会議は、帝国軍が情報ネットワークに頼らない通信を始めれば、その瞬間に目も耳も失う事態になる。

 しかし今はより広い範囲を、統合的に観察しているのは、無人艦隊の方だ。

 第八軍団が把握しているのは、帝国軍のほんの一部に過ぎない。

 では、帝国軍はどうなのか。

 カーターはじっと動きを止め、目の前の星海図を眺めた。

 まだ帝国軍は大規模な対応を取っていない。つまり空白地帯が大きい。その空白地帯がある限り、カーターの艦隊は自由を保障されるし、無人艦隊も同様だ。

 帝国軍との物量の差は歴然としている。何十倍どころではなく、帝国軍が全力を出せば、何百倍という大差がつく。

 くそ、とカーターは心中で罵った。

 帝国軍を本気にさせないまま、現状を続けるしかない。

 電人会議の人工知能の演説をカーターも聞いた。

 あの人工知能の言葉で、帝国民が目覚めてくれればいい、と思った。

 だが実際には、帝国軍の様子や帝国のメディアを盗み見る限り、帝国による国民への引き締めは完璧だった。

 わずかの差もなく、軍に限らず、民間人、一般人の末端まで、揺らぎは無い。

 どうするつもりだ? 電人会議。

 答えがあるのなら、教えて欲しかった。

 第八軍団を表舞台に立たせるにあたり、様々な議論があった。しかし最後に決めたのはカーターだ。

 勝てる保証は少しもない。むしろ、勝てるわけがない。

 参謀たちが現状を整理し、再び意見を口にし始め、カーターはそれをじっと見守った。

 どいつもこいつも、血気盛んだが、勝利を目指している様子では無いな。カーターはそれに怒りを感じ、失望を怒りで塗りつぶした。

 そうしなければ、正気でいられない。

 今の戦い方はカーターから見ても、相手にダメージを与える戦法では無い。華々しい勝利とは無縁だし、それ以前に帝国軍の艦船が沈むわけでも無い。

 決戦主義者からすれば、こんなやり方は無駄に物資を使い潰しているし、艦船や機に無意味な損耗を強いているのだろう。兵士たちにもだ。

 だが今はこれしか無い。

 決戦が無理だと、二年前にはっきりした。

 帝国には勝てない。

 数に質で勝つなど夢だ。

 そして、正しいと信じる主張でも、力の前には無意味だ。

 もう自由軍に残された戦力はわずかだ。敗北は決定している。

 それをどこかで引き分けに持ち込む必要がある。

 不意にカーターはその事実に気づいた。

 人工知能が、この勝ち目のない戦いを続ける理由はなんだ?

 何かしらの理由があるはずだ。人工知能が進んで自殺するだろうか。自殺するとして、何か理由があって自殺するのではないか。

 人間と人工知能はその辺りの判断に差があると、カーターは人工知能と接する中で、理解している自負がある。

 参謀の一部にいる決戦主義者は、敗北にも意味がある、とでもいうような、命を散らせばそれでいい、という発想がある。

 しかし人工知能はそんな無駄は実行しない。

 無駄というより、まさに自殺だからだ。人工知能は最後まで、生き延びる筋を見るし、自分が無意味に消滅することを肯じないはずだ。

 しかし一体、どんな可能性がある?

 カーターは答えを出せないまま、参謀たちの意見を無視して人工知能に呼びかけた。

「ガーベラ、聞いているか」

 第八軍団を総合的に管理している人工知能、ガーベラの立体映像がパネルの隅に浮かび上がる。カーターの趣味ではないが、この人工知能はいつも親しげな表情をする。

『何でしょうか、提督』

「電人会議から君に何か働きかけはあったか?」

『ありません』

 ないのか。

 つまり、電人会議はまだ第八軍団を自由にさせる、むしろ別行動を選んでいるのか。

「何かあれば、即座に報告するように」

『了解しました』

 参謀たちの意見を取りまとめ、そのうちの一人にレポートにするように指示する。そのまとめ役の参謀は、どちらかといえばカーター寄りだ。負担だろうが、悪いようにはしないだろう。

 自分の部屋に戻ったカーターは、改めてガーベラを呼び出した。

「電人会議の活動の理由を、どう分析した?」

『活動の理由、とは?』

「わざわざ帝国に対してメッセージを送り、戦端を開いたことだ。どういう理由でその行動に踏み切ったと思う?」

 ガーベラが少し間を取ったが、これは演技のようなものだろう、とカーターは判断し、黙って言葉を待った。

『戦って勝つことが目的ではないでしょう』

 やはりこの人工知能も同じことを考えているらしい。カーターはわずかに自信を持ったが、もちろん、推論であるから、確信には至らない。

「調べられるか?」

『電人会議の公爵、そしてレイには、一対一では対抗できません』

「無理に調べる必要はない。自然と聞き出せないか?」

『完全な機密を維持しているかと』

 そうか、と椅子に体重を預け、身振りでガーベラを下がらせた。立体映像が消える。

 カーターはじっと考えた。

 生き延びる目を、どうしても考えてしまう。

 反乱軍に加わった時から、命など捨てたはずなのに。

 弱気になったものだ、ときつく目をつむり、細く息を吐いた。



(続く)

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