2-6話 人間の価値観
◆
こいつはまずい、というのがボビーの所感だった。
とにかく戦いたがる連中が多すぎる!
自由軍第八艦隊は決戦から二年以上を潜伏して過ごしていた。結果、帝国軍への憎悪だけが高まり、暴発寸前になっている。逆にまったく戦意のない連中もいる。
公爵、時にはレイも対処に当たっているが、彼らには人工知能への理解が薄すぎた。
「いっその事、誰彼構わず、特攻させたらどうです?」
いつもの巡航船コロンブルのリビングで、コウキがソファにだらしなく座って、投げやりな調子で言っても、ボビーは一言も発さなかった。
とにかく、戦況としては、帝国軍に各所でわずかな打撃は与えている。
しかしそれで全てがひっくり返るわけではない。わずかもひっくり返ってはいない。当然、第八軍団が勢ぞろいしたところで、何も変わらない。変わるわけがない。
公爵の演説にあった通り、帝国民が立ち上がらなければ、何も変わらないし、むしろ帝国民を変えることが、戦争を再開するにあたって電人会議の掲げた理念だった。
しかし第八軍団はそうは思っていない。
一人でも多く帝国軍人を道連れにしたい。そう思っているとしか、考えられない。
どうしたものか。
『どこまで言っても答えは出ませんよ、先生』
レイの立体映像が慰めてくれるが、あまり和む気になれなかった。
それに別の問題もある。
無人艦隊はただ鉱物燃料さえあれば、ある程度は稼働した。
だが、第八軍団は人間が大勢、乗り込んでいる。食料や水、衣類、日用品を渡さなくてはいけない。
どこの誰が設計したのかは不明だが、第八軍団には補給線が確保されていて、しかし彼らはボビー達には打ち明けようとしない。奪われる、と思っているのか、あるいは情報漏洩を心配しているのか。調べようと思えば、公爵に不可能はないのだが。
何にせよ、この物資というものが逆にボビーには不安の種になっていた。
その補給線が何を代償にしているのかわからないし、下手に第八軍団と情報を共有し、どこかで彼らがヘマをすれば、電人会議も巻き添えを食ってしまう。
巻き添え以前に、第八軍団の都合で、電人会議、無人艦隊が一方的に切って捨てられる可能性さえもあった。
人間の価値観がそう簡単に変わらないということが、如実に表れている点が、そこにもある。
無人艦隊は誰も人間が乗っていない。だから帝国軍に特攻させても犠牲はほとんどない。そういう発想を、ボビーは否定したかったが、有力な反論が浮かばなかった。
そう、第八軍団の艦船は、一隻が沈めば百人、何百人という大きさで人命が失われる。
しかし無人艦隊の一隻は、人工知能一体ですらないことがある。
どちらが重要かははっきりしている。
はっきりしているが……、何かが違う。
「私はあまりに親しみすぎたのかな……」
思わず本音をこぼしたボビーに、コウキが声を上げて笑った。
「人工知能と仲良くなりすぎた、ってことですか? そんなことは関係ないですよ。むしろ、人工知能は道具の域を超えている。言語を解して、独自に思考する。それは俺からすれば人間と大差ない。猫好きの人間が、猫と人間、どちらかが死ななければいけない問題に直面し、両者を天秤にかければ、十中八九、人間を生かす選択をするでしょう。それが人間というものです。しかし全てが終わってから、猫の死に涙するのも、また人間だ」
いつの間にか、コウキはボビーを見ており、彼もそれを睨むように見返していた。
「大将、彼女たちに決めさせればいいのです」
緩慢な動作で、ボビーはレイを見た。すぐ横に、いつの間にか公爵も現れていた。
口を開け、閉じ、また開くが、ボビーは何も言えなかった。
「大将が優しい人だというのは確かだな」
ソファから跳ね起きたコウキが部屋を出て行く。部屋にはボビーと二つの人工知能だけが残された。
「私たちを、恨むかい?」
『何を言うのですか、主任』
穏やかに公爵が答えた。慈しみを感じさせる口調。計算ではないだろう、とボビーにはわかっている。
『そもそもの目的をはっきりさせましょう。すべてはブラフなのでしょう? 主任』
「ああ、そうだ……」
息が詰まった。それでもどうにか、言葉に変える。
「惑星インディゴから移民船を送り出すための芝居だ。ただし、君たちをそれに巻き込んだのは、私だ。多くの人工知能が巻き込まれつつある」
『指揮する人間が一人の兵士の生死に気を病むべきじゃないね』
レイがやはり穏やかな声音で指摘した。
『先生、良いですか? いずれ別れは来るんですよ。順番の問題としか言えない、そういう要素です。全ての駒が、どこかで切られる可能性がある』
残酷なまでの死生観だった。
ボビーはソファに背中を預け、天井を見上げる。
「よろしいですか?」
控えめな声とともにミライがやってくる。
「この船への補給で、必要なものはありますか?」
「そうだね……」
ボビーは口元を撫でつつ、少し笑った。
「タバコと酒を手に入れよう」
「え? 誰のためにですか? コウキさんですか」
「いや、私だ」
クスクスと人工知能たちが笑い出し、ミライだけが頭にハテナを浮かべている。
「どうやら順番の問題らしい。私はもうだいぶ遅れたから、少し早めても良いだろう」
「何の話ですか? 教えてくださいよぅ」
「良いだろう、いつか話すとしよう。これからについての展望をはっきりさせたいが、君も同席する?」
はい、と不満げに頷いて、それでも素直にミライがソファに腰掛けた。
「第八軍団と電人会議は協調路線を取るが、作戦は共同では行わない。彼らには情報だけを流す。人工知能同士のやりとりも最小限にしよう。無理にこちらになびかせる必要はない」
『戦力の分散は、非効率です』公爵が指摘する。『各個撃破されるのでは?』
「拙速は巧遅に勝る、ともいう。極めて危険だが、とにかく今は、かき回すことだ。一撃離脱を繰り返して、揺さぶろう。しかしやりすぎると、前の二の舞になる。帝国の情報網への攻撃はどうなっている?」
レイが答えた。
『だいぶ工作は進んでいますよ、先生。帝国民に訴える作戦も継続中です。私が作った動画の再生回数は全部で一兆二千億を超えています』
「い、一兆、二千億?」
ミライが唖然としている横で、ボビーは逆に落ち着いている。
「帝国批判、非戦運動、そんなところかな。しかし、やはり帝国のメディアは頑丈だ」
『主任も情報をチェックされているのですね。まさに、帝国のメディアは頻繁に世論調査の結果を発表しますが、帝国に批判的な層、戦争行動に否定的な層は、ほぼ変動しません。つまり一割を大きく割りこんでいます。情報操作でしょう』
「しかしそれが間違っていると証明することは、難しい」
その件で、とレイが口を開く。
『帝国軍から各メディアへの協力依頼の文書を入手してあります。情報操作の決定的証拠です』
「ふむ」ボビーは斜め上を見上げた。「いつか使えるかな」
「いつか、ですか?」
急にミライが体を起こす。
「今すぐに公表すればいいじゃないですか」
「デマだと思われて、それで終わりさ。どこかへ流されて、二度と浮上してくることはない」
「そんな……、誰か信用できる立場の人を抱き込めば……」
「帝国民が信じているのは、メディアなんだよ。そしてメディアと軍が結びついている。君もいろいろなメディアに接しただろう? よくわからない学校の、白衣を着た、初老の、なんとか教授が説明する健康法を、真似たり、言いなりになって実行したことはないかい? そういうことなんだ。権威のありそうな組織に属し、権威のありそうな服装、権威のありそうな風貌、権威のありそうな肩書きがあれば、それでもう、事実か捏造かなんてどうでもよくなって、人々は信じて、動いてしまう」
ミライが黙り込んでしまったので、ちょっとやり過ぎたかな、と反省しつつ、ボビーは次の展開を二人の人工知能に伝えた。
「とにかく、帝国の情報中枢に入り込む作業を続けよう。第八軍団からも目を離さずに。第二次自由領域はどうなっている?」
公爵が報告した。
『大型宇宙母艦を一隻、用意して、非戦闘員を生活させていますが、物資の流れ、人員の流れは、ほとんどありません。まるで非戦闘員を分離しただけのようなもので』
その言葉に、ボビーは返す言葉がなかった。
実際、その通りだった。無駄な犠牲者を出すわけにはいかないが、しかし一つの巨大な艦の中に閉じ込められているのでは、あまり胸が踊る状況でもないだろう。
他にやり方が思いつかない。耐えてもらうしかない、か。
「良いだろう、まだ計画は大きな破綻はきたしていない。続けることだ」
その場の全員が頷いた。
ミライが立ち上がった時、ボビーは声をかけた。
「酒はやっぱりいらないけど、タバコは欲しい」
ギロッとボビーを睨みつけて、ミライはリビングを出て行った。
やれやれ。本当に怒っているらしい。
ボビーは集中しなおすために目を閉じて、軽く首を回し、俯いた。
(続く)
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