24-2話 集合
◆
機動母艦ウェザーにその男がやってきたのは、公爵より先だった。
「大尉! 大尉ってば!」
声をかけられて、やっと気づいた。私はまた作業に没頭していた。
振り向くと、ミライが顔をしかめてこちらを見ている。
「お客さんが来ましたよ。そろそろ格納庫に着艦します」
「ああ、すまない。君も来なさい」
ムッとした顔でミライが唇を尖らせる。
「私、これでも忙しいんですよ」
「いいじゃないか、気分転換と思えばいい」
「格納庫に行って気分転換になるものですか」
そんなことを言いながら、ミライはちゃんとついてきてくれた。
「公爵は元気そうだった?」
「え? 公爵が戻ってくるのですか?」
「え? 客って彼女じゃないの?」
呆れたという身振りで、ミライが答える。
「お客さんは男性ですよ」
ああ、なんだ、そっちか。
「勘違いしていた。それは新人だな。どんな人?」
「まだ顔も見てませんよ。顔も知らない新人をスカウトしたんですか?」
「私がスカウトしたんじゃない。上が決めたんだ」
二人で格納庫に入ると、ちょうど小型の輸送船が着艦したところだ。
歩み寄ると、輸送船のハッチが開き、スロープが降りた。
待ち構えていたが、誰も降りてこない。なんだ? 勘違いか?
他の輸送船を探したが、それらしいものはない。なら、やっぱりこの輸送船であっているはずだが。
と、スロープの奥に人が見えた、が、背中だ。背中?
出てきたのは輸送船の船員で、人を抱えている。二人がかりだった。
「なんだ? 病人か?」
声をかけると船員がほとんど怒鳴ってくる。
「こいつがそちらさんのお待ちかねさ!」
二人がかりで床に降ろされたその男は、薄手の毛布にくるまっており、身を縮こませている。髪の毛は伸びすぎているし、髭も剃っていない。垢が見えるような気さえする。
ガクガクと震えているが、もちろん、ここは極寒ではない。
「ただの薬物中毒患者に見えるけど?」
足元の男を指差しながらミライが船員に尋ねると、「俺にもそう見えるよ」という返事だった。ミライが私を見るが、当然、私にも目の前の男が薬物の禁断症状に見舞われているように見える。見間違えようもない。
「じゃ、ちゃんと届けたぜ」
輸送船の船員はさっさと船に戻っていった。
仕方ないのでミライと一緒に男を抱え上げて、とりあえずは格納庫の壁際にある休憩室に運び込んだ。
「あなた、大丈夫? 今、医者を呼ぶわね」
「あ……、か……、か……」
男は喋ろうとするが、震えがひどすぎて、全く声になっていない。
何かの勘違いじゃないのか? この男を私の部下にして、シュバルツ中将はどうしろというのだ?
ミライが医務室に連絡をつけ、すぐに医者がやってきた。看護師を二人連れていて、看護師が男をどこかへ運び去った。
休憩室が静かになって、やっとミライが私を見た。
「いい気分転換になりましたけど、あの人がキーパーソン?」
「そのはずだがね」
と、ポケットで携帯端末が震えた。受け取ってみると、通信が入っている。相手は、数列で表示されている。
私には見知って、慣れ親しんだと言ってもいい数列だ。
通話を受ける。
「久しぶりだね」
『お元気そうで何よりです、主任。今、そちらへ向かっています。あと十五分ほどで着くかと』
「それはちょうどいい。格納庫の休憩室で待機するよ」
クスクスと電波の向こうで笑っているのがわかる。
何だ、こちらの状況を予測していたな。
「あの廃人寸前の若者を選んだのは君だね?」
『先程、カルテを見ました。麻薬にやられているのは知っていましたが、あそこまでとはわかりませんでした。帝国の鉱山惑星に放り込まれていて、例によって医療なんてあってないようなものですから』
鉱山での強制労働で精神が破綻しないように、帝国軍は麻薬を渡している、という噂は本物だったか。
「良いだろう、会って話そう。待っているよ、じゃあ、気をつけて」
通話を切ると、ミライがこちらを睨みつける。
「楽しそうな顔してますね」
「そうかい? 気づかなかった」
私とミライは休憩室に陣取って、三次元チェスの早指しをやった。もちろん、私が勝った。勝負に情けは無用だ。それに彼女も比較的、指せるようになってきた。
先ほどよりも小型の輸送船が格納庫に滑り込み、綺麗に着陸すると、スロープが開く。
女性が降りてきた。やけにスタイルがいいが、人型端末としては平均的だ。
私とミライが外へ出ると、彼女は微笑んで、歩み寄ってくる。
「お久しぶりです、主任」
「まあ、なんというか」なぜか感動して言葉が出なかった。「会えて嬉しいよ」
「私もです。ミライ准尉も、お久しぶりです」
公爵とミライが軽くハグをして、離れる。私もやりたいところだが、気持ち悪いかもしれない、と考えて諦めた。
「私の友人を紹介します」
そう言って彼女が輸送船のスロープを振り向く。
これも女性の人型端末が降りてくる。知らない顔だが、表情は豊かだ。
「あなたが公爵ね?」
その端末が私に声をかけてきて、握手を求めるので、思わず苦笑いしていた。
「公爵という名前は混乱するので、主任とでも呼んでください。やはり最新鋭の人工知能は違いますね、レイ」
「自己紹介せずに見抜かれちゃうとは少し残念。これでも人間らしさを追求したのよ」
「事前情報のお陰です」
レイはミライとも握手をし、それからどこか遠くに目をやった。
「彼はもう来ているようだけど、ちょっと不安ね」
「そうですよ」ミライが食ってかかった。「あの人、どんな理由でここに寄越したんです?」
「あれでも情報通信の専門家ですよ」
思わずという様子でミライが私の方を見る。いや、私を見られても困る。私だって驚いていた。情報通信の専門家?
「帝国に否定的な発言をして、強制労働惑星に放り込まれていたのを、苦労して引っ張ってきたのよ」
レイがあっけらかんというが、彼女が苦労したというのは、どの程度の苦労か、よくわからない。
「とにかく、麻薬をあげてでもしゃんとさせないとね」
またも私とミライは顔を見合わせていた。
「ごめんなさいね、彼女、ちょっと独特で」
公爵が場を収めるようなことを言いつつ、歩き出す。自然と私たち三人も従った。
「どれくらい事情は聞いていますか? 主任」
「ほとんど聞いていないけど、ここで話していい内容かい?」
それはミライのことを指しているわけだけど、公爵は穏やかに笑っている。
「彼女も連れて行きたいのでしょ? 違いますか、主任?」
「いや、彼女にはまだ何も話していない」
またも蚊帳の外だと気付いたミライが、不機嫌なオーラを発散させ始めた。
「良いですよ、大尉、どこまでもお伴しますから」
そんなことを言われても、私は困る。
レイと公爵が声を上げて笑っている。私だけが困っているのは、誰が見ても滑稽だったろう。
「じゃあ、決まりじゃないの」レイが私の肩に手を置いた。「彼女も参加ね。別にちょっとくらい事情が漏れそうになってもいいわ。見たところ、口は堅そうだし」
まだ自分自身がどうするか踏ん切りがつかない私に、ミライが視線を向けてくる。
仕方ないか。弟子の面倒を見るのも師匠の役目ではある。
「良いだろう、ミライくん、覚悟して聞きなさい」
「そんな重大な話ですか?」
ミライの視線を受け流すように私は公爵を見た。公爵はまだ穏やかな笑みのままだ。
「極めて重要です」
さらりと答えられて、わずかにミライのまぶたがピクピクと動いた。
しかしすぐに、もう引き返さないと決めたようだった。
私はまだ迷ってた。迷っていたが。
私が決断する前に彼女に決断されてしまうと、私の逃げ場がないのだが……。
(続く)
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