SS第24話 自由への道筋

24-1話 読めない展開


     ◆


 大演説を聞いてから、私はしばらく静かな日々を過ごすことができた。

 機動母艦ウェザーの例のオフィスで、三次元チェスの人工知能をいじる日々。そして最後の弟子と毎日一局だけを指す日々だ。

 それが唐突に変わることは、さすがに私も読み切れていなかった。

「ボビー・ハニュウ大尉、艦長からですよ。出てください」

 そう言われるまで、私は部屋の内線電話が呼び出し音を上げていることに気づいていなかった。耳が遠くなった自覚はないが、子どもの時から集中するとよくあることではある。

「すまないね、ありがとう」

 部下の女性が頭を引っ込め、私は内線電話に出た。

「お待たせしました」

 えっと、相手は誰だったか。

『大尉、直ちに艦長室に来たまえ』

 この声は、艦長のイシダーの声だ。でも艦長室だって?

「私に何の御用ですか? 艦長」

『重大な話だ。すぐ来たまえ。あまり先方を待たせてはいけない』

「先方? どなたです?」

『可及的速やかにここに来ること、いいね?』

 通話は一方的に切られてしまった。

 実は今、三次元チェス担当課は大きな問題を抱えている。

 今まで、人工知能として対局を担当していた公爵が、正式に娯楽課から分離された。それはつまり、また一から三次元チェスをこなす人工知能を作ることを意味する。

 公爵のコピーを置けばいいようなものだが、どうも自由軍の上層部は公爵と同じものがもう一つあり、もしもそれを帝国軍に奪取されたらどうなるか、ということに神経を尖らせているらしい。

 その上で、私たちには公爵に劣らぬ実力でありながら、公爵のように自由ではない人工知能を作れ、とまで言っている。

 というわけで、私もチェス担当の課員も、必死になって人工知能に三次元チェスの何たるかを叩き込んでいる。

 うまくいくとも思えないが。私の主観では、となるけれど。

 私は背広の乱れを少し正して部屋を出た。

「ちょっと艦長室へ行ってくる」

 部下の中でも一番親しい、と私は見ているミライ准尉に声をかける。

「行ってらっしゃい」

 彼女もモニターから視線を外さない。例の人工知能とやりとりしているのだ。

 私は一人でオフィスを出て、通路を歩いた。

 機動母艦ウェザーは第三軍団所属で、第三軍団は現在、おおよその戦力が自由領域の守備任務に就いている。なので、今まで、一度も戦闘態勢に移行したことすらなかった。

 私にも戦闘時の持ち場はあるが、あってないようなものだった。自由軍となってから、もしもに備えて艦砲の操作法など予習したわけだが、ちょっとがっかりした。

 まぁ、いきなり砲撃手をやれと言われても困る。

 艦長室にノックして中に入ると、イシダーがイライラした様子で待ち構えていた。彼の階級は大佐だが、私とは親しい間柄だ。それに甘えているつもりはないが、いくらか年下のこの男の稚気もあって、敬礼はおざなりになる。

 彼の副官の少尉の返礼の方が様になっている。

「何の用ですか? 艦長」

「まさか私が昼間から三次元チェスの相手を求めていると思うかね?」

「ありえないことではないですね、退屈でしょうし」

 イシダーが身振りで副官に退室を促したので、びっくりした。少尉も素早く部屋を出て行ってしまう。

 これはいよいよ、普通じゃないな。

「先方を待たせる、とか聞きましたが、どなたです?」

「今からお繋ぎする」

 敬語ジョークでなければ、上位の誰かなのだろう。

 誰だ?

 わずかに部屋が暗くなり、立体映像がそこに現れた。

 初老の男で制服は将官のそれ。しかし立体映像があまりに小さすぎる。視線でイシダーを促すと、自然と立体映像が人間大になった。

 身長はそれほど高くなく、痩せぎす。

 そして顔を見れば、知っている顔だ。

「中将閣下でしたか」

『久しぶりだな、ハニュウ大尉。きみの活躍は耳に入っているよ』

 いやはや、などと言いつつ、私の想像は乱れていた。

 目の前にいる男は、シュバルツという中将で、第三軍団司令官だ。

 私との最も強い関係といえば、私が公爵を世界に解き放つ時、この中将の協力、理解が最も大きな意味を持った、ということになる。

 言い方が微妙だが、恩人といえば恩人である。

「活躍というほどではありません。お手伝い程度でした」

 クスクスと中将が笑い、そして姿勢を正した。

『君にやって欲しいことがある』

「あまり買い被られても困りますが、なんでしょうか?」

『自由軍の外で働いてみないか?』

 自由軍の外?

 これはどうも、イシダーの副官を下がらせた理由も、その辺りにありそうだ。

 しかし、全くわからない。

「自由軍の外というと? 自由軍の外は帝国になりますよね」

『確かにその通りだが、帝国に与するわけではない。ただ、自由軍でもない』

「謎かけをしている余裕はあるのですね。単刀直入に教えてください」

 うん、とシュバルツが頷き、わずかに目を細めた。

『第三勢力、といえば良いのかな』

 第三勢力? ますますわからない。どういう意味だろう?

『情報戦を主力とする部隊を構想している。人工知能を主力にする、とも言えるな』

 戦略知能、とは違う、と直感的に理解できた。

 冗談でこの場を誤魔化して、それでどうにかなるだろうか。

「なるほど。それで私ですか。人工知能のスペシャリストなどと言われているようですが、ただの三次元チェスプレイヤーだということを、改めて主張したいですね」

『それでも君には実績もあるし、君は重要人物だ。そして最適任者である』

 ……そうか、そういうことか。私もやっと気づいた。

「彼女が主力ですか?」

『気付くのが遅れたな』シュバルツが笑みを見せた。『そうだ、公爵を我々から分離させる。実はもう一人、人工知能を分離するが、君も会ったことがある』

 公爵と対等の人工知能は、少ない。

 例の大騒動でちらっと触れた人工知能で、浮かぶの一人だけだ。

「レイ、ですね。でも、いいのですか? 公爵とレイが欠けてしまえば、自由軍は弱体化しそうなものですが」

『計算の内さ。我々は我々で事後の策を考えている。戦略知能の学習もだいぶ進んだこともあるのだ。無用な心配だ』

 それにしても不自然だな、と感じたがそれは公爵に尋ねればわかるだろう。もう何ヶ月も会っていないが、何をしているのやら。

『そちらの艦に彼女を向かわせている。それと、君を補助する人員を確保してある』

「補助する人員、ですか? どなたです?」

『新人で、強制労働から引っ張ってきた』

 それはまた、強引なことだな。自由軍の理念に共感するかは疑問だが、まぁ、今の話では、帝国軍でもなければ自由軍でもない存在の一角だから、理念なんてあってないようなものかもしれない。

「では、二人の到着を待つとしましょう」

『詳細は公爵に話を通してある。彼女と打ち合わせをして、次の展開を決めてくれ。この決定は第三軍団司令官としての個人的意見ではなく、自由評議会が決定した内容であることを、伝えておこう』

 さすがにギョッとしてしまった。自由評議会議長の顔が頭に浮かんだ。大演説を行ったあの男だ。おそらく全宇宙で最も有名な、自由軍の顔である。

『ではな、大尉。失礼』

 通信が切れ、自動で明かりが元に戻った。

 イシダーが渋い顔でこちらを見ている。

「君ともお別れになりそうだな、大尉」

「ええ、非常に残念ですが、今のままでは、ここにはいられないようですな」

 私は、私の静かな生活があっさり終わることにちょっと落胆しつつ、とりあえずは公爵と会うことを考えよう、と気持ちを切り替えた。



(続く)

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