21-2話 小賢しい作戦
◆
私の艦である宇宙戦艦ユリイカは、大激戦の末、戦闘宙域を離脱し、亜空間航法を起動した。
「損害評価を急いで。なんだか妙だわ」
「妙とは?」
副官の問いかけに、私は答えずに「とにかくレポートを早く出して」と催促した。副官が敬礼し、オペレータの方へ小走りに走っていく。
「宇宙戦艦スラッガーのリリット艦長から、イーストン艦長へ通信です!」
通信担当官の声に、私は思わず渋面を作った。しかし受けないわけにはいかない。
「個人的に受けます、こちらの端末へ」
了解、という声の後、少しの間を置いて、私の席の傍にある端末に、彼の顔が浮かび上がった。いつ見ても軽薄そうな顔をしているが、しかし実戦では勇猛な男で、なんか、ちぐはぐだ。
『怪我はないかい? エリーダ』
やれやれ、やっぱりこういう会話の始め方をする。
「この通り、無事ですよ、リリット艦長」
『それは何より。こちらも自分のことで手いっぱいでね』
実際、私の艦と彼の艦がしんがりをと務めたようなものだ。
『これで補給線の一つを断てたと思うけど、君の評価は?』
「あまりにもあっさりしすぎている、と感じるわね。手応えがない」
『こちらにもだいぶ損害が出たけど?』
「これでも私は元は帝国軍よ。あの陣形、そもそもの防衛艦隊の厚みが、不思議なのよ」
うーん、と映像の中でリリットが首を捻る。
『俺はあまり信用していないんだけど』彼がこちらを伺うような目を向けてくる。『戦略知能も君と同じようなことを言っている』
私は素早く手元の端末を操作し、戦況を見守っていた戦略知能の評価に目を走らせた。
なんらかの罠である可能性がそこに示されている。もちろん、戦略知能も万能ではないし、全てを知っているわけではない。ただ、私が何かおかしいと感じたように、戦略知能も、何か違和感を感じているのだ。
感じているというよりは、その可能性を提示しているだけだが。
「このまま次の作戦に雪崩れ込むのよ。考えている暇もない」
私の言葉に、リリットが慎重そうに頷く。
『俺たちに出来るのは帝国軍の補給線を次々と分断して、本隊を叩いて、逃げる。そういう嫌がらせみたいな作戦だけか。これじゃあ、反乱軍時代と変わらない気もするけどね』
「敵が本気になっている点で、違うわよ」
『まさしく』
降参とばかりに、リリットが手を挙げる。
しばらく話し合ったが、ここでの二人だけで全体の作戦を変えたりするわけにはいかない。それぞれに報告書をまず艦隊司令官にあげることになった。
通信が切れるとほとんど同時に、宇宙戦艦ユリイカの損害の程がわかった。
いくつかの火砲が破損して、使えないものもある。修繕には半日はかかりそうだ。時計を見ると、ギリギリである。
メインの推進器のうちの一つが不調を示しているが、どうにか誤魔化せるという技師の報告が添えられている。燃焼門は全て順調に稼動し、エネルギーも十分に蓄えられている。
問題は機動戦闘艇だ。たった今の戦闘で五機が失われ、最初に配備されていた十八機のうちの半分が失われたことになる。機動戦闘艇の整備班から報告では、残っている九機には万全の整備が出来ているとのことだった。
ユリアのことを無意識に確かめ、彼女の機体は無事に帰還していた。
私は全てのレポートに目を通し、指示を出してから、戦闘態勢を一段階下げて、交代で休息を取るように命じた。
私はそれから四時間ほどを艦橋で過ごした。
戦略知能と意見交換をして、そのコンピュータが何を考えている、知りたかった。
どうやら戦略知能は、私のように情報を前提として違和感を感じたわけではなく、私たちの損害の程度から帝国軍の手抜きを疑っているらしい。
不服だけれど、戦略知能は私たちがもっと苦戦する、と踏んでいたのだ。
その辺りをやんわりと尋ねると、返事はそっけない。
合理的な計算による。
そんな内容だった。くそ!
艦橋を出て、途中で食堂へ寄った。ここでは階級はほとんど無視されるが、真面目な連中は私に敬礼してくる。私も敬礼を返した。
食事をしている私の方へ移動してくる誰かがいるな、と思ったら、ユリアだった。
「お疲れ様、大変だったね」
こちらから声をかけると、ユリアは口をへの字にしている。
「いつも大変だけどね。この作戦はうちの連中にはいい訓練になるよ。実戦が何よりの訓練。そういうこと」
彼女の持ってきたトレーの中身はおおよそ片付いている。彼女が先に座っていた方を見ると、若い男女が三人で固まっていて、こちらを見ている。微笑むと、彼らもぎこちないながらも笑みを見せた。
「あれがあなたの部下ね?」
「そうよ、自慢の部下。あの中の金髪の男、見えるでしょ?」
私はもう一度、彼らを見たけど、三人は自分たちの話に夢中でこちらを見ていない。金髪の男、は、年齢は二十歳くらいだろう。
「あれがあなたの好み?」
私が冗談でそういうと、ユリアは微妙な表情に変わった。
「あとあいつが五歳若ければね」
「五歳?」
「若作りなのよ、あれで三十二歳」
私よりだいぶ若いじゃないかと思いつつ、そうか、ユリアは二十代半ばだ。
「で、彼がどうしたの?」
「あいつが私の次に敵機を落としたの。私は五機、あいつは四機よ。これはどうも、どこかで小隊長に任命されるんじゃないか、ってさっきから話していたところ。でもあいつはここがいいみたい」
「あなたがいい上官だからでしょ?」
「艦長が美人だという理由もありそうね」
さすがにその冗談には笑ってしまった。
「で、あと何回?」
唐突なユリアの言葉に、私は冷静さを取り戻した。
「計画ではあと二回。あと二回、帝国軍の補給線を切って、任務は終わりよ。休暇のこと、考えている?」
「なーんにも。まずは生き残らなくちゃ」
何も言えずに、私はどうにか「そうね」とだけ答えた。
食事が終わり、ユリアは仲間との雑談に戻ると言って、離れていった。離れ際に「例のお酒をまた飲みに行くよ」と言い置いていった。
私は自分の部屋に戻り、シャワーを浴び、短い睡眠をとった。
アラームに起こされ、身支度を整え、艦橋に向かう。
副官が少し疲れた顔で私を迎え、敬礼する。返礼。
「亜空間航法から離脱するまで一時間を切りました」
副官の報告に頷いて、もう一度、艦の状態をチェックした。
あと二回の戦闘には耐えられるだろう。
いくつかの部門から報告が届き、それに答えているうちに一時間はあっという間に過ぎる。
戦闘態勢を臨戦態勢に変更し、全乗組員が配置についた。宇宙戦艦ユリイカと行動を共にする小艦隊の他の艦船も問題なさそうだ。亜空間通信でそれがわかる。
「離脱まで十秒」
私はメインモニターの隅の数字が減っていくのを見ていた。
「三、二、一、今!」
青空の合成映像が消え、宇宙空間が広がった。
星々の明かりに紛れるように、その小艦隊が眼の前を通り過ぎようとする。
正確には、私たちの出現に慌てたようだ。
「砲撃戦、準備。全機動戦闘艇、発進準備」
戦闘はこうして始まった。
帝国軍は散り散りになり、私たちは大きな損害もなく、戦闘を終え、再び亜空間航法で離脱した。
(続く)
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