SS第21話 大きな敵

21-1話 生きるということ


    ◆


 私、エリーダ・イーストンが私室の小部屋に入ろうとすると、通路の向こうに見知った人が現れた。

「やっほー、お疲れ様です、艦長」

 この宇宙戦艦ユリイカに配属されている、機動戦闘艇部隊のリーダー、ユリア・ドラグーン大尉だ。

 私たち自由軍の中でも随一の腕前で、私も艦橋で彼女が多勢に無勢の戦場を生き延びてきているのを何度も何度も見ている。

 彼女はいつも笑顔だが、今日もそうだ。そして手に紙袋を下げている。

「ちょっと一杯やりましょうよ、これから寝るようですし」

「これでも十時間、艦橋にいたのだけどね」

「飲めばすっきり眠れますって。ね?」

 結局、押し切られて、二人で部屋に入った。椅子を彼女に与え、私は寝台に腰掛ける。ユリアは勝手知ったる部屋とばかりにグラスを用意している。周到なことに、袋からロックアイスさえ出てくる。

「やっぱり帝国軍も甘くわいね。嫌になっちゃうわよ」

 乾杯してからの最初の一口を飲んでから、ユリアが顔をしかめる。

「落ちた船も多いけど、それ以上に拿捕してくるあたり、嫌らしいと思う」

 私が本音で答えると、彼女は苦笑して、また酒に口をつけた。

 前代未聞の「大演説」の後、帝国軍は私たち、自由軍を徹底的に解析する気になったようだ。

 そのためには兵士や士官、将官を確保し、精神スキャンでも自白剤でも、何でも使って口を割らせればいい。

 この方針を取られたことで、自由軍もまた悲惨な事態になりつつある。

「艦長は気が楽じゃないですね」

「捕まって死ぬか、捕まる前に死ぬか、その二択だからね」

 思わず勢いよく酒をあおっていて、ちょっとむせた。

「まぁ、それは最初から想像できたことだから、あまり気にもしていないのよ。戦って、あとは結果を受け入れるだけ」

「素晴らしい精神であります、大佐殿」

 さっと、ユリアが敬礼をした。

 その表情が改められる。

「例の捕獲装置のことは何かわかった?」

「まだ噂の段階だけど、戦略知能はおそらく実際に存在し、試験運用の段階の疑いがある、と判断しているわ」

 戦略知能という言葉は、最近、自由軍の内部で使われ始めた。

 大演説の前にあった「大騒動」の時、人工知能は大きな役割を果たした。それ以降、自由軍は人工知能に作戦の立案や帝国軍からの反撃に関する分析の一部を、任せている。

 これを行う人工知能が、戦略知能、と呼ばれているのだ。

 ユリアが言っているのは、帝国軍の新装備で、どうやら斥力場フィールドの発生装置に工夫を施したものらしい、と私も聞いている。

 本来の斥力場フィールドは、例えば飛んでくる銃弾を押しとどめるのに使われる。なので地上軍などではある程度、効果がある。

 だが、宇宙では粒子ビームやエネルギー魚雷が攻撃の主体になるので、防御フィールドが防御の中心になる。

 で、ユリアが言う「捕獲装置」は、斥力場フィールドで、こちらの艦船を強引に捕まえて、鹵獲する、という装置である。

 私はそんな使い方があるとは思わなかったし、意味があるとも思わなかった。

 だって、例えばこちらの宇宙戦艦を鹵獲しても、砲の一つでも生きていれば、至近距離から攻撃されてしまう。

 つまり、実際の捕獲装置は、鹵獲するだけではなく、何らかの手法でこちらの攻撃も無力化するか、そうでなければ大出力の防御装備がある。

「対抗策はあるのかな。艦長はどう思う?」

 グラスの中身を揺らしているユリアに、私は肩をすくめるしかない。

「やっぱり詳細を知らないわ。どうやら兵器開発部門で対抗兵器を開発中らしいけど、すぐには無理ね」

「私たちにとっては死活問題なんだけどなぁ」

 それもそうだろう。機動戦闘艇は捕獲されると、有効な反撃手段がないはずだ。出力的に、まさか相手の艦船を撃破できるわけもない。

 それからしばらく雑談をして、瓶の半分ほどまで飲んだところで、ユリアが席を立った。

「艦長を眠らせてあげないとね。瓶はここに置いていくよ」

「いいの? 貴重品じゃない」

「また来る口実になる。じゃあね」

 さっさとユリアは部屋を出て行ってしまった。私はグラスを洗ってから、どうするべきか迷い、保存方法として正しいかわからないけど、酒瓶を冷蔵庫に入れておいた。

 部屋に備え付けのシャワーを浴びて、それで少しだけ自分が酔っていることがわかった。

 ユリアとはもう三年ほどの付き合いになる。彼女の方が先に自由軍に参加していて、すでに次期エースとも呼ばれていた。

 私はといえば、帝国軍から自由軍に寝返った船の艦長の副官で、あまり自分については良くも悪くも評価していなかった。

 自由軍に入って、私は幾人かの艦長の副官を務め、唐突にこの艦を与えられた。

 私に辞令を渡した第六軍団司令官は穏やかに笑いながら、「君の経験に期待する」などと言っていたけど、あの時も、今も、買いかぶりだと思っている。

 乾燥機で体を乾かし、外へ。新しい寝巻きに着替えて寝台に横になった。

 帝国軍が征伐艦隊と名付けた、対自由軍艦隊を送り出して、すでに半年。例の大演説からは一年が過ぎた。

 戦況はおおよそ、予想通りだ。

 自由軍が帝国軍と正面切って戦えるわけもなく、じりじりと後退している。

 これは予想だけど、どうやら自由軍の上層部は、帝国の中に存在する自由を求める人々が立ち上がるのを待っているのではないか、と思える。

 そんなものは夢物語だし、天地がひっくり返ってもないだろう。

 ただ、現状では帝国軍がやっている戦闘行為は、数でも質でも劣る人々を虐殺している、と映るはずだ。

 そこにわずかな光明はある気はするけど、あまりに頼りない。

 それに、テロリストにそこまで同情が集まるだろうか?

 まぁ、全体の戦い方は、私とは無縁だ。私はこの艦とそれに乗り組んでいる多勢の同志を無事に生き延びさせることが全てになる。

 音声入力で部屋を暗くさせる。

 夢を見た気がしたけど、いい夢ではない。はっとして目覚めると、汗をかいていて、気持ち悪い。起き上がると自動で明かりがついた。眩しさを感じつつ時計を見る。それでも三時間は眠れたらしい。

 次に艦橋に立つまで、だいぶ時間がある。もう一度、眠れるだろうか。まずはシャワーだ、と汗を洗い流し、服も着替える。備品担当の兵士には申し訳がないが、許してほしい。

 椅子に腰掛けて、備え付けの端末で艦の状態を確認する。

 前の戦闘から百六十時間以上が過ぎている。宇宙ドッグに入っていないが、損傷はすでに補修されている。鉱物燃料の備蓄も十分、全部の燃焼門も順調に稼動している。

 機動戦闘艇の整備もおおよそ完了している。ただ、前回の戦闘で四機が失われ、それはまだ空白のまま。

 死んだ兵士四人は、ユリアの部下だ。

 彼女の方が私より負担が大きいかもしれない。いや、そんなことを考えても仕方ないか。

 これは戦争だし、遊びではない。

 戦場に立つ以上は、奪うことも、失うことも、受け入れるということなんだろう。

 不意に、私を自由軍に導いた艦長のことが頭に浮かんだ。

 寝返るという決断を下したその時に、真っ青な顔をして、でも笑みを見せながら、

「これが生きるということだ」

 と、私に言ったのだ。

 彼はすでに戦死したと聞いている。

 私には生きるということは、あまりピンときていない。

 強いものに刃向かうこと、というわけではないだろう。

 死に向かって突き進むことだろうか。

 端末をスリープにしてもう一度、寝台に横になった。明かりを消すと、眠りの気配がやってきた。良かった、眠れそうだ。

 私はじっと暗闇を見ているうちに、眠りに落ちた。



(続く)

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