1-37話 大戦果と新時代
◆
『提督、よろしいですか?』
帝国軍の宇宙戦艦ウェンディの艦橋で、戦場を確認していたエルシオン大将は、目の前のモニターに視線を向けた。通信担当の士官だった。
「何かあったか?」
『テロリストの統制が思ったほど乱れません』
「これから総崩れだろう」
通信攻撃を命じて五分ほどが過ぎていた。思ったよりも持ちこたえているようだが、通信攻撃はつい最近、帝国の軍事研究所が情報局と共同で構築した攻撃手段で、テロリストには対処法はない。
「それと、奇妙な通信が帝星から届いております」
『奇妙とは? 報告は正式に行え』
恐縮した士官が、真面目な声で応じる。
『艦隊司令官の勝利祝賀会の概要、となっています』
なんだって?
エルシオンは目を見張り、笑った。気の早い奴がいることだ。彼は同格の将軍の顔をいくつか思い浮かべつつ、命じた。
「こちらに転送しろ」
『はい、直ちに』
モニターから士官が消え、すぐにそのデータファイルが送られてくる。
彼は戦況を表すモニターから視線を外し、そのファイルを開封した。
何か、艦橋が暗くなったな、そう思った。思ったが、手元のモニターに気を取られていた。
何も書かれていない。白紙? データの欠損か?
それでも無意識に下へスクロールさせていくと、その文字が見えた。
大間抜け。
そう書かれている。
「て、提督!」
悲痛な叫びに、エルシオンは顔を上げた。
目を見張ったのは、純粋な反射だった。
「なんだ、これは……」
艦橋のモニター、その星海図が映っていたはずの窓がブラックアウトし、そこには「通信不能」の文字が、なんの感情もなく流れていた。
周囲を映すモニターの中で、帝国軍の艦船の動きは、ぎこちないものに変わっていた。
◆
「素晴らしい仕事だな、さすがはシャドー」
カーツラフのつぶやきを聞きながら、ボビーは夢を見ているような気分がしていた。
ほんの一分前、反乱軍は通信障害を排除し、完全な通信状態を回復した。
それでも戦況は不利なままのはずだった。だが、事態がまさに逆転した。
公爵は帝国軍の通信状態を完全にモニタリングし始めた上に、彼女の報告では、帝国軍の方に重大な通信障害が発生しているという。
「提督」ボビーはのろのろとカーツラフを見た。「何をご存知なんです?」
「私も何も手を打たないわけではないのだよ、公爵」
珍しく茶目っ気を見せるカーツラフを前に、ボビーは何も言えなかった。
戦況は拮抗へと移っている。帝国軍が連携を失ったからだ。これがいつまで続くのか、ボビーは想像した。いつまでか、全くわからない。
今が最大の好機なのだ。
だが、第四軍団は最初から全戦力を投入している。
現状を一気に打破する力がない。
駒が一つ、足りないのだ。ボビーは再び、大型パネルを見下ろした。
ここで相手にもう一撃できれば……。
「来たようだな」
そのカーツラフの一言に、ボビーが顔を上げると、カーツラフは指をモニターに向けた。
その先を追って、ボビーは本当の驚きに打たれた。
「そんな……」
亜空間航法から多数の艦が離脱してくる。十隻、いや、二十隻、もっと増えていく。
「連合艦隊の到着だ」
「連合艦隊司令官から通信です」
やや震えるオペレーターの声に、繋いでくれ、とカーツラフが口にすると、モニターに初老の男性が映った。
『第四軍団司令官をちゃんと勤めているようで、何よりだよ、カーツラフ』
どうやらカーツラフと知り合いらしい、などとボビーが思っているうちにも、連合艦隊はそのままほとんど突撃するように帝国軍艦隊の陣に飛び込み、砲火を交え始める。
「重圧に負けるところだったよ、仕上げを任せた」
『おいしいところを貰って、悪いな。後で会おう』
通信が切れる。カーツラフがゆっくりと息を吐き、ボビーを見た。
「これで局面は決まったかな」
何も答えられずに、ボビーはカーツラフを見返した。
この人は、どこまでが見えているのだろうか。それが恐ろしくもあり、しかし味方としては心強く感じた。
◆
地上に這い出たポーンを、通行人が不審げに見ている。
場所は帝都の外れで、裏道だがそれでも片側二車線である。車の通りが少ないのは、自動運転車が避ける道であるためで、それも考えてここを脱出地点にしていた。
しかし腹から血を流し、片腕がない状態で地上へ出るつもりはなかった。
そこへ救急車が走ってくる。
「ヘイ、タクシー」
救急車が停車し、後部ドアが開くと、二人の看護師が現れる。そして通行人が見ている前で、堂々とポーンを乗車させると、急加速で救急車は走り去った。
「似合っているよ、その服」
無表情な女、ジゼルの入った人型端末の治療を受けながら、ポーンはもう一人の看護師、クリスを見た。
「ナース服は男の憧れだな」
「どこかの爺さんみたいなこと言わないでよ。まぁ、女の憧れでもあるけど」
二人が笑っても、ジゼルはクスリともしない。
助手席からポーンの部下の一人が声をかけてくる。
「怪我はどうです? ここから先、ちょっとした冒険ですよ」
「可愛い子に治療してもらっているんだ、すぐ良くなるさ」
セクハラだぞ、とクリスがポーンの頭を叩いたが、笑うポーンを治療するジゼルは、やはりニコリともしなかった。
◆
勝敗はもはや決していた。
帝国軍は連携が回復できないまま、突如現れた反乱軍の連合艦隊に分断され、さらに第四軍団の艦船により小集団に巧妙に分断されたことで、次々と破壊されていった。
機動母艦フージーンは損傷を受けながらも健在で、ケルシャーは補給のためにその格納庫へ滑り込んだ。エネルギーが充填され始め、交換可能なブロックが新品に交換される。
整備士の一人が操縦席を解放したケルシャーに飲み物を放ってきた。
「連合艦隊が編成されたのか」
どうやらいよいよ反乱軍も本気になったな。そんなことを思いつつ、ケルシャーは栄養ドリンクの入ったパックの中身をストローで吸った。
と、操縦席のパネルに映像が映った。見ると反乱軍の制服の男が映っている。ケルシャーもよく知っている。エディンスンという元帥だ。
『ここに全宇宙に住む人々に、お伝えすることがある』
こうして歴史に残る「大演説」が始まった。
反乱軍の最高意志決定機関である自由評議会の議長によるその演説は、新しい勢力がはっきりと宇宙に存在することを示す、決定的な宣言をする内容だった。
帝国歴一〇九年七月二十日。
ここに、百年以上に渡って公式には存在しなかった、銀河帝国に対抗する組織が生まれた。
彼らは自身を「自由軍」と名乗った。
◆
「とんでもないことになったわね」
帝都の宇宙港は、その全通信波帯で全宇宙に発信されている演説をよそに、普段通りだった。
救急車ごとコンテナに飛び込み、まずはコンテナの手前半分で救急車を乗り捨てる。コンテナを仕切る剛性のありそうな隔壁のドアからコンテナの奥半分に進み、そこに怪我人も運び込んだ。直後、コンテナは素早く小型輸送船に接続された。
クリスはよく知らないが、変な根回しがあったようで、その輸送船は即座に離陸、すでに大気圏を脱しようとしていた。
自由軍を名乗る集団のリーダーらしい男の演説は、生配信は終わっていたが、ほぼ全てのメディアがその演説の録画映像を再放送し、またコメントをつけ加えて、検証していた。
『前方に帝国軍です。亜空間航法で離脱します、揺れますよ』
生活環境が維持されるように改造されたコンテナにそんな放送が流れ、確かに揺れたのをクリスは感じた。ポーンは今は薬のために眠っていて、ジゼルがそばに控えている。でももう命の危険はないと、ジゼルは診断していた。ケルシャーが医療知識をインストールしていたのだ。
しばらくすると輸送船から操縦していた二人の男がやってくる。反乱軍の工作員である。いや、今は自由軍か?
「こっちに来ちゃって、操縦はどうするの?」
「この船は追跡されます。乗り捨てるしかありません」
とんでもないことを言われて、クリスは一瞬、固まった。
「乗り捨てる? このコンテナは?」
「宇宙を少し漂います」
「少し? 少しって、どれくらい」
工作員が答えようとすると、クリスの背後から声があった。
「このお嬢さんは俺たちが野獣になると思っているのかな」
起き上がったポーンをジゼルが支えている。
「戦いはどうなった?」
「味方の勝利のようです。ほどなく、帝国軍は撤退するかと」
「そりゃ良かった。で、迎えはいつ来る?」
工作員がチラッとクリスを見た。
「亜空間航法から離脱するタイミングを通達してあります、すぐに来るかと思います」
「じゃ、安心だ。もう少し寝るよ」
勢いよくベッド代わりのシートに倒れこんだポーンはすぐにいびきをかき始めた。毒気を抜かれた他の面々は、顔を見合わせたが、笑いもせず、神妙な顔で改めてポーンをもう一度、見た。
(続く)
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