1-33話 前哨戦
◆
『諸君』
機動戦闘艇の中で、ケルシャーはその通信を聞いた。
『偵察部隊からの報告によれば、目標座標には帝国軍の小艦隊が存在する』
機動戦闘艇がゆっくりと動き始める。カタパルトへ運ばれていく。ケルシャーは何度も何度も機体のコンディションをチェック。全て問題ないが、実際に飛ばしたら不具合が出るかもしれない。油断は禁物だ。
『今回の作戦は、今後の作戦の帰趨を決する、重要なものとなる。各員の健闘に期待する』
通信が終わる。ケルシャーは宇宙戦艦エグゼクタに通信を繋いだ。モニターにボビーが映った。
『何かお話がありますか? すみません、あまり時間が取れないのです』
「帝国軍に勝つつもりか?」
『それが私たちの考えです。これは決戦ではありません、前哨戦、いや、撒き餌ですね』
撒き餌、か。
「帝国軍を釣る、という意味で受け取っても問題ない?」
『ええ、構いません』
「どれくらいの確率で勝てる?」
ボビーが真面目な顔でケルシャーを見た。ケルシャーも彼に視線を返す。
『勝率は問題ではありません。勝たなくてはいけないのです』
「三次元チェスでもそう思っていたのか?」
わずかにボビーの顔に疲れが見えたのに、ケルシャーは気付いた。
『三次元チェスでは、誰も死にません。そして、これからやるのは三次元チェスではない』
「もっともだ」ケルシャーは罪悪感にかられて答えていた。「悪い、気が立ってるかもしれない」
『いえ、とんでもない。私も最善を尽くします』
しばらく視線を交わしてから、ケルシャーの方から通信を切った。
『管制より各機動戦闘艇へ、亜空間航法を離脱するまで五分だ。偵察隊の報告によれば、離脱と同時に戦闘になると予測させる。カタパルトは一秒間隔で射出する。衝突に気をつけろ』
もう一度、ケルシャーは機体の状態を確認した。
『へい、マイ・エイト、具合は?』
なんだかんだで、例の人工知能の小隊に組み込まれているままなのだ。
「また競争するか? 小隊長」
『しないわよ。真面目にやりなさいよ』
言葉とは裏腹に、からかっているのは明らかな口調だ。
「力を尽くします、小隊長」
『よろしい。さあ、始まるよ』
機動母艦とリンクされている情報で、亜空間航法を離脱するまで、三、二、一、離脱。
激しく艦が揺れる。
しかし機動戦闘艇に乗っている以上、カタパルトの起動を待たなくては。
ケルシャーは、じっと操縦桿を握って、この短くも長い時間を耐えた。
◆
自由評議会の議論は続き、徐々に二分される情勢になった。
連合艦隊結成を支持するか、しないか。ただし、支持派の方が優勢で、結局は二人の評議員が粘り腰を見せている、という事態だった。
しかもそれは、連合艦隊の指揮権をやり玉に挙げ、あわよくば自分たちに利益をもたらそうという意図が見え透いていた。
自由評議会の評議員には、それぞれの人格があるし、それぞれの立場もある。そしてそれぞれに背景もあるのだ。
それらを乗り越えて、一つになるのは極めて難しい。
カーツラフはそれを切実に感じながらも、逆にその尊さも実感していた。
時に自分を殺してでも、協調を目指す。
そんな考えが自由評議会の根本である。
「議論に水を差すようですが」
カーツラフはタイミングを見計らって、口にした。
「第四軍団は作戦を開始しました。反抗作戦です」
『なんだと?』その言葉は連合艦隊支持派の評議員だ。『戦力の浪費は避けるべき最重要点だ。どのような作戦だ』
「帝国軍の小艦隊を奇襲しています。予定では、これを撃破できます」
『帝国軍を怒らせるつもりか!』
『我々が敗退したらどうなると思っている!』
『常識がないのか!』
カーツラフは黙ってそれらを全部聞いてから、堂々と応じた。
「安全を求めている時ではありません。連合艦隊もそうです。我々は戦いを好む集団ではないのは、共通した意志だと思います。しかし帝国軍は違う、彼らは私たちをその思想という点で、絶対の敵であり絶対の悪とみなし、攻撃してくるのです。攻撃を受け止めるのに、犠牲が出ない可能性はありません。敵味方、双方に犠牲が出て、初めて次が見える」
評議員たちはカーツラフをじっと見据えた。
「私は私の部下に犠牲が出ることを、許容するしかない。しかしその犠牲を無駄にするつもりもありません。彼らの死を、次なる時代の礎とする、そのために働く所存です。そしてこの場の全員が、同じ方向を向くことを願います」
少しの間をおいて、カーツラフは結びを口にした。
「私は今、その戦場へ向かっています。私が戦死すれば、自由評議会は停滞してしまう。まるで脅迫するようですが、決める時は、今なのです。わかりますか?」
カーツラフはゴーグルの端を確認した。そこには亜空間航法を離脱するまでの時間が刻まれている。残りはちょうど三十秒を切った。
評議員たちは黙っていた。
三十秒はあっという間だ。カウントダウンがゼロになり、表示が消える。
しばらくは何もなかった。しかしぐらりと、床が傾くのをカーツラフは感じた。
戦場に来たのだ。
『採決するときだろう』
議長はそう言って、手元の何かを操作した。彼の艦はカーツラフと同時に亜空間航法を抜けたはずだが、予定では戦場から離れている。
投票のスイッチを押す段になって、カーツラフは自分の手が濡れていることに気づいた。冷や汗だった。
口元に力を入れて、彼は投票スイッチを押し込んだ。
◆
ダイダラは機動母艦フージーンの司令室で、その様子を見ていた。
全体の指揮権は遅れてやってきた宇宙戦艦エグゼクタでボビーが執っているが、公爵のサポートもあるし、ダイダラとも常に通信が維持されている。
それでもダイダラが見ているのは、三姉妹が操る機動戦闘艇だった。
集結地点に着いた時、追加の機動戦闘艇を三人に渡してあった。
なので今、三人で合わせて三十五機が運用されている。アイとミーが十二機ずつ、マイは十一機で、そこに傭兵が組み込まれている。アイとミーが集団での対艦戦をしている一方で、マイは機動戦闘艇を引き受けている。
マイが傭兵に興味を示したのは意外だった。
ダイダラには正確には理解できていないが、マイは個人戦闘に興味を持っているらしい。それもあってケルシャーを自分の管理下に置いた、ということを公爵が教えてくれた。管理下と言ってもモニタリングしているだけで、ケルシャーにはそれさえも伝えていないようだ。
実際、フージーンからは他に二個小隊が飛び出し、機動戦闘艇と空中戦を繰り広げている。オルデラ小隊、カナン小隊、どちらも反乱軍の中でも優秀な小隊だと聞いている。
しかしその二隊より、マイの戦果は多いし、ケルシャーも個人としては一番の撃墜数を上げている。
最新に近い機動戦闘艇ブラックナイトが、あそこまで性能を引き出されている場面は見たことがない。ダイダラは感心半分、恐れ半分で光景を俯瞰していた。
アイ、ミーの小隊がエネルギー魚雷の攻撃により、帝国軍の艦船を航行不能にし始めた時には、帝国軍の機動戦闘艇の数も減り、もはや完全なワンサイドゲームになりつつある。
反乱軍の後続の艦隊が出現したことも大きかった。性能では帝国軍の艦船の方が優っているはずだが、戦場には心理もまた影響を及ぼす。
この場はどうにか勝てるだろう、と、やっとダイダラは息を吐いた。
しかしこれはまだきっかけだ。本当の波はこれから来るし、それに乗れるかどうかが、重要なのだ。
「心臓に悪いぜ、こいつは」
『どうしました?』
画面の中のボビーが問いかけてくる。
心なしか、彼も青い顔をしているように見える。
「なんでもないさ。年寄り特有の独り言だ」
『あなたが年寄りなら、私も年寄りになりますね』
もしその様子を仔細に見ているものがいれば、二人が笑い合ったのは、お互いを鼓舞するような行動に見えただろう。
モニターの中で、戦闘は散発的になっていった。
(続く)
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