1-32話 戦闘準備

     ◆


 結局、いきなりの実戦が慣熟飛行になってしまったが、感触は悪くない。いや、想像以上に良いと言っても良い。

 第四軍団の最終集結地点に到着した機動母艦フージーンは、即座に転進し、再び亜空間航法を始めた。どこに向かっているかわからないが、それでもと情報収集するべく、同じ艦に乗っている機動戦闘艇乗りに尋ねてみた。

 ほとんどが訝しげにケルシャーを見たが、一人、若い大尉が彼の名前を聞いて、目を丸くした。

「伝説の機動戦闘艇乗りと同じ名前だ。偶然?」

 彼の年齢はカルシャーより十は下に見える。嫌な予感がしたが、黙るしかできない。こちらから話しかけたのに、黙り込むのは不審だった。遅れてケルシャーは考えたが、遅い。

「帝国軍第一艦隊、第一機動戦闘艇大隊、えっと、ファントム小隊の小隊長」

 ケルシャーにとっては幸いなことに、その大尉が言っていることは正確だったが、マニアックすぎた。

 実際、ケルシャーはファントム・リーダーと呼ばれたことがあったが、遥か昔といっても差し支えない。

「俺のことをみんな知らないようだから、もう過去の話にしよう、な、大尉」

 納得いかない顔になったのも短い時間で、彼はさっとケルシャーの手を取った。

「リキゾー・バッダ、オルデラ・リーダーです。一緒に戦えて光栄です」

「今はただの傭兵さ、気楽にやろう」

 やっと本題だ、とケルシャーはリキゾーに疑問をぶつけると、あっさりと答えがあった。

「第四軍団司令部の決定で、これから帝国軍と一戦、交えるんですよ。聞いていないんですか?」

「一戦交える? 救出作戦か何かか?」

「まさか」強気な笑みをリキゾーが見せた。「奇襲作戦です」

 わけがわからない。ケルシャーはまじまじと目の前の青年を見たが、嘘を言っているようではない。彼の周りにいる彼の部下も、動揺しているようでもない。

 大真面目に、帝国軍を奇襲すると言っているのだ。

「敵の居場所をどうやって把握したか、聞いているか?」

「一時的に通信を傍受、解析したそうです。ただし、もう三時間は前の情報で、連中がいないということもあるそうですが。ケルシャーさん、何も聞いていないんですか?」

 さすがに機体のチェックに忙しくて、気がついたらまた移動になっていた、とは言えなかった。適当に誤魔化して、格納庫へ戻る。自分の機体に戻ると、二人の整備士がスラスターの微調整をしていた。

「実戦がすぐあるらしいが、知ってるか?」

 尋ねると、二人の整備士が失笑した。

「実戦も何も、こっちから仕掛けるんですから」

「万全ですよ、機体は。ちょっとした調整ですのでご心配なく」

 引きつった笑みを浮かべつつ、ケルシャーは操縦席に滑り込んだ。

 閉鎖状態にして、機動母艦と情報がリンクされているのを確認し、そこを経由して、マイに連絡取ってみる。別に特別な理由はないが、一時的に一緒に戦ったという印象が強かった。

『どうしたの? 傭兵さん』

「帝国軍の位置は分かっているらしいが、例の諜報員の仕事か?」

『諜報員? 私は聞いていないけど。公爵に問い合わせていい?』

「いや、大丈夫だ」

 人工知能の人工音声を相手に、変な話だが、ケルシャーは彼女の返事が真実だと察した。

 つまり例のミクス・トトキを名乗った男は、まだ決定的な仕事をしていない。しかし反乱軍は帝国軍の居場所を察知している。純粋に人工知能による解析合戦、欺瞞合戦に、一時的に反乱軍が勝っただけだろう。

「敵は本当にいるのか?」

『偵察隊が先行しているから、亜空間航法を離脱する前にははっきりするよ。やっぱり公爵に詳細を聞こうか? すぐにここに来て、説明してくれるよ』

「大丈夫だって言っただろう。気を使わなくて良い。俺はただのパイロットだ、戦うだけだよ」

 笑い声の後、「クールね、すごく」という言葉を残し、マイは通信を切った。

 つい寸前まで音声の波紋を表示していたパネルを睨んだまま、ケルシャーはジゼルとクリスのことを考えた。

 やっぱり失敗だったんじゃないか? 三人揃って、さっさと抜けるべきだったかもしれない。

 でももう三人ともが、戻れる場所にはいない。

 無事でいてくれ。

 願うように目をつむってから、ケルシャーはシートに身を投げ出した。


     ◆


 帝都の地下には何層にも街があり、照明が完璧なので、一日中、昼間のように明るい。

 地下街、地下住居、地下鉄、それらが地上とはまた違う色を持っているのは、地上は主にオフィス街であり、帝国中の企業という企業が事務所を構えている一方、地下は中層から低所得者の生活の場だからだ。

 地下なので、自由に空間を作ることはできない。しかし、一度作った空間は、簡単には埋められない。

 そんな理由から、地下には空間はあるが立ち入り禁止と設定されている場所が無数にある。そこが浮浪者の巣窟であり、闇商売の温床にもなっていた。

 ポーンが彼らと交流を持ったのはかなり前で、元々はポーンに付きっ切りで指導した、別の諜報員が、もしもの時に備えている、と実際を見せてくれた時点まで遡らなくてはいけない。

 当時のポーンは帝国軍の参謀本部に配属になったばかりで、右も左もわからず、才能の片鱗はあったが、まだ未熟だった。

 その指導官からすべてを吸収して今があるのだが、そのうちの一つの要素が、地下街の活用である。

 帝都を離れるまでの数年の間に、もしもの時のために、セーフハウスを地上に二箇所、地下に四箇所、用意しておいた。

 帝国に対する憎悪が降り積もる中で、離反を考え、セーフハウスもほとんど無意味なシロモノになるほど整理した。それに誰かが侵入したら爆破されたり、崩壊するように、細工もした。

 なのでこうして帝都に戻って、二箇所のセーフハウスを巡った結果、両方共が崩壊しているのを目の当たりにして、備えあれば憂いなしは嘘だな、とポーンはしみじみ実感していた。

 地上の二箇所は状態は不明だが、今、地上へ戻るのは危険だった。浮浪者に紛れていなくては、すぐに確保されるだろう。

 すでに警備員の制服は脱ぎ捨て、たまたま目についた浮浪者の服を買い取った。鼻が曲がりそうなひどい悪臭のする服を、早く脱ぎたい気持ちも、焦りに拍車をかけている気がした。

 三箇所目のセーフハウスの出入り口は、地下鉄の保線用の通路から入る。

 入ろうとした時、自然とそれに気づいた。侵入者を感知する装置が撤去されている。

 マズイかもな。

 そう思いつつ、ポーンは戦闘に備えて、奥に進んだ。

 狭い通路を抜け、ドアが見えた。どうやら崩壊していない。警戒しつつ、歩み寄ったドアをそっと開ける。ここでも警報装置がないのは観察した結果、わかっていた。

 薄暗い部屋の中に入ると、何かがゴソリと動いた。冷静に、目を細めて観察する。

 ブランケットをかぶった、人間だ。

「おい、おい」

 声をかけると、のろのろと相手が顔を上げた。

 知っている顔だ。帝都にいた時、参謀本部で見た。しかし今の姿は、浮浪者のそれだった。

「え? え?」

「あんた」ポーンの記憶がするすると手繰り寄せられる。「ダント・シシダ、じゃないか? 参謀本部の」

「そういうあんたは……」

 男が目やにだらけの目をこする。

「ミクス・トトキ、か? そうなのか?」

 どうやら知り合いらしい、とわかったがポーンは容赦しなかった。

 つかつかと歩み寄り、ダントを殴りつけ、床に転がった相手を組み伏せる。

「ここにどうやって入った?」

「た、たま、たまたま、だ」呻きながらの返事。「俺たちと、同じやり口の、警備だったから、入った」

 心中でポーンは罵り声をあげた。同じ組織だから、同じ仕組みを使い、だからこそ仕組みを理解しやすい。もっともそれはポーンが反乱軍として帝国軍相手にやっていることと同じだった。

「や、やめてくれ、俺は、もう、帝国軍とは、無関係だ」

 ほとんど哀願している相手をまだ組み伏せ、床に押さえつけつつ、ポーンは部屋の様子を確認した。

 だいぶ生活感があるが、設備自体は変わっていない。備え付けの大型端末はテーブルに偽装していたが、まさにテーブルとして使用され、ゴミが山積みになっている。

 その端末が生きているかが重要なのだが、片付ける必要がある。

 やっと組み伏せている男をどうするべきか、考えた。

 信用できるのか、できないのか。

 仕方ないな。

 相手を解放し、しかし即座に襟首を掴んて吊るし上げる。

「まずは掃除からだが、その前に服をくれ」

 ガクガクと頷く相手を放り出し、即座にポーンは服を脱ぎ始めた。




(続く)

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