1-28話 新しい翼
◆
亜空間航法を飛び出すと、反乱軍第四軍団艦隊のおおよそ半数が集結している、まさに威容が目の前に広がった。
帝国軍時代に閲兵式を経験しているケルシャーだから、その威容に脅威を感じるわけではないが、しかし、すごいものだと、感心した。
型式もバラバラ、製造年もバラバラ、いくつかの艦を組み合わせたキメラ母艦やキメラ戦艦も数え切れないほどある。
「こんなに連中が集まっているのは初めて見るよ」
そんなことを言いながら、ペンスは操縦桿に手を置いて高速でその隙間を走り抜ける。
「あれだ」
指さされた方を見ると、中規模の機動母艦がある。
ケルシャーも素人ではないので、スバルが格納庫へ入れないことを知っている。
この船は六発の推進器を持つ、全く見たことのない形式で、つまり巨大なのだ。物理的に目の前の規模の機動母艦の格納庫には入らない。
すぐ横まで進んで減速すると、エアロックにチューブが接続された。接舷して乗り込むとは、手間だな、と他人事のように思った。
「じゃ、ここまでだな、傭兵さん。旅ができて良かったよ」
「あんたは降りないのか? 窮屈だろ、船の中にいたら」
「もう補給が始まっているんでね、さっさと次の仕事に取りかかりたい」
ケルシャーは思わず笑いつつ、ペンスに拳を見せる。ペンスが自分の拳をそれにぶつけた。
「死ぬなよ、運び屋」
「そっちこそ、だ」
こうして別れを済ませ、ケルシャーはエアロックからチューブを抜けて、機動母艦に入った。待ち構えていたのは軍曹の階級章の作業着の男だ。まだ若い。
「あんたがケルシャー・キックス?」
「ああ、機体は用意できたかな」
「整備中さ、格納庫へ行こう」
通路にある窓から、少しだけスバルを見ることができた。じっと見る機会もこれで最後だろう。美しく、かつ、力強い雄姿だった。
格納庫に辿り着き、その機体を見つけた時、ケルシャーは思わず駆け出していた。
真っ黒く塗装され、白いラインがその上を走る機体を、ぐるっと一周する。
「どうだい? 気に入った?」さっきの整備士が声をかけてくる。「ブラックナイト八型だ。新品同様に仕上げたが、実際には三機の部品を融通して、一つにした」
「どうだっていいさ、飛べるようだからな」
もう一度、ケルシャーは機体を確認し、今度は整備士に駆け寄った。
「細部の仕様を変更したい」
「おいおい、あんた、正気か? こいつに乗ったことがあるのか?」
「ないね。だがおおよそはわかる」
整備士の顔には訝かしげなものが浮かんでいる。
「飛ばしたこともないのに、機体をいじるのか? 聞いた話では素人じゃないらしいが、それでも一度、実際に飛ばして、それで改良するべきだろ」
「時間がないんだ。これでも俺は傭兵だぞ、言うとおりにしろ」
「そっちが傭兵なら、こっちは反乱軍だ。機体をくれてやるんだ、無駄に落とされたくはない」
「機体は俺が買ったんだ。その機体であんたを守る。それで良いだろ」
さっさと話をまとめたいが、整備士がごねる気配を見せた。
だが思わぬところから助け船があった。
「言う通りにしてやってくれ、時間がないのは事実だしな」
ケルシャー、整備士が振り向いた先に、私服姿の初老の男がいた。整備士が敬礼し、「申し訳ありません、実行します」と恐縮したように言った。
ホッとしつつ、ケルシャーは前に乗っていた機体のデータを整備士に示し、目の前の新型機にフィーアと同じ特徴が出るように改造することを指示した。
整備士が「もしもの時に確認したいので、そばにいてもらえますか?」と提案してきたので、ケルシャーは格納庫に併設の休憩室で過ごすことにした。
当然、私服の男も付いてくる。
「助かったよ。軍人には見えないが、どういう立場だい?」
休憩室の席に座って、ガラス越しに格納庫を見つつ尋ねるケルシャーに、男が愉快そうに笑う。
「俺はダイダラ・モス、宇宙海賊だ」
「宇宙海賊? 反乱軍に合流したのか?」
「俺はただのアドバイザー。娘が実戦に参加している」
娘、という言葉を受けて、彼の表情を確認するが、年齢はいくつだろう、年齢不詳である。若く見える五十代、疲れて見える三十代、などと勝手にケルシャーはしばし、思考した。
「娘さんは、機動戦闘艇のパイロットか?」
「あんたとやりあったこともあるよ」
それが言いたかったのか、とケルシャーはそれとなく身構えた。娘の仇を討つべく、ここに連れ込んだのかもしれない。
が、そんなケルシャーをよそに、ダイダラは笑っている。
「うちの娘を落としたと思ったんだろうが、結果は引き分けだよ。二回だけだがね」
落とせなかった相手?
「三姉妹の機動戦闘艇だよ。知っているだろう」
聞いた途端、ケルシャーの思考は一瞬停止し、それからのろのろと動いた。
「三姉妹? じゃあ、例の海賊が、あんたか?」
「そうだよ。あんたのことも調べていたから、一方的に知っている、フィーアの操縦士、ケルシャー・キックス」
やれやれ。三姉妹が機動戦闘艇を駆使して仕事をする宇宙海賊とは、確かに戦場で二回、顔を合わせている。一回はケルシャーが機体の不具合で逃げ出し、二回目はこちらの援軍が到着して、三姉妹が撤退した。
非常に高度な連携をするし、人間離れした機動を取る。
危うく落とされるかという場面も何度かあった。生きているのはケルシャーの底力、もしくは強運だった。
「アドバイザーと聞いたが、詳しく教えてくれ」
「第四軍団司令官付きの、外部アドバイザーだよ」
「海賊がなんでアドバイザーになる?」
「俺が人工知能とのコミュニケーションでは、経験値が高いからだろう」
いくつかのことがその一言で、わかった。
三姉妹は人工知能だ。それなら納得がいく。人間が乗っていたら負傷しかねない機動が出来る訳だ。
もう一つは第四軍団は人工知能を活用する方針なのだろう。
「お前さんと会いたがっている奴がいるが、時間はあるかい?」
「え、ああ」ケルシャーはダイダラを見た。「誰だ?」
『あなたがケルシャー? 思っていたより若いのね!』
唐突に休憩室に備え付けのスピーカーが鳴り響いた。少女のような声だ。
『あなたの戦法は何度も計算したけど、あれは理屈じゃないわ! どういう発想で機体を飛ばすの? もしかして第六感があるの?』
『どうやって操縦の勉強をした? 帝国軍の準軍学校の出身なのよね? そこから第一艦隊ってすごい出世じゃない? どんな訓練をした?』
まくし立てられて、ケルシャーは思わず呆然とした。
これが、三姉妹か。
「自己紹介しなさい、三人とも。お互いのことを知っていても、初対面だしな」
はーいと三つの声が唱和する。
『アイよ。よろしくね、傭兵さん』
『マイでーす。しっかり飛び方、見せてもらうから』
『ミーです。よろしくお願いします』
こういう時、どう答えればいいんだ? 困惑するケルシャーに、ダイダラが微笑む。
と、今度はスピーカーからサイレンが鳴り始める。
「敵襲だな」
ダイダラは少しも慌てていない。ケルシャーは立ち上がり、身につけたままだったパイロットスーツを確認する、いくつかある休憩室からパイロット達が飛び出していくし、整備士達も機体の周囲を駆け回る。
「落ち着いているな、ダイダラ」
「実は事前に聞いていた。帝国軍がここへ来るってな。それに俺は操縦士じゃない。娘の無事を祈るしかできん」
肩をすくめるケルシャーは壁の通信機に向かった。自分の機体の状態を知りたかったからだ。すぐ飛べるのか。
それより前に、またもスピーカーから声が流れた。穏やかな女性の声だ。
『ケルシャー・キックスさん。あなたのための機体は、飛行は可能ですが、先ほどのリクエストは五割ほどしか形になっていません』
「どなたか知らないが、それでもいいさ。ありがとう」
『ご無事を。機体のローンに関しては、帰ってきたらお話しします』
どうやらローンを組んではくれるらしい。いかほどになるかは知らないが、こうなってはペンスにも力を貸してもらおう。そう決めて、ケルシャーはダイダラと頷きあってから、休憩スペースを飛び出した。
(続く)
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