1-24話 翼を取り戻せ
◆
何が起こったのか、ケルシャーはじっくりと観察していた。
「あれは人工知能だな?」
唸るように言ったのは、感心したというより、理解が及ばない、という感覚が近い。
「そうなのか? ワン」
操縦席で、珍しく真剣に操縦桿に触れ、パネルを目まぐるしく操作するペンスが尋ねると、スピーカーから答えがある。
『詳細は不明ですが、人工知能による高度な連携攻撃で間違いないかと』
「一体であれだけはコントロールできないな。見たところ、六機、もしくは七機だろう。個性が表れている。ただ全部での連携も取れるのは、不思議だ」
「俺にはあんたがこんな遠くから戦場を見回して、六機だの七機だの、きっちり観察している方が驚きだよ」
ボヤいたペンスがどこかと通信を始める。
ここにきたのは緊急の要請のためで、その連絡によれば反乱軍第四軍団の再集結地点の一つが攻撃を受けている、というものだった。
実際、ケルシャーはかなり緊張していた。
どうしても宇宙戦闘があると聞くと、心の奥が緊張するのだ。今はただ船に乗るだけで、操縦するわけでも、砲撃をするわけでもないのだが、もう癖になっている。
そうして実際に現場に着いてみたら、反乱軍の一部らしい機動戦闘艇部隊が丁々発止の大活躍、となったのだ。
「この現場はもう良いな。連絡くらいしか仕事はない。ワン、亜空間航法の計算は?」
『修正作業中です。あと三分です』
「よし、じゃ、逃げる準備をしよう」
ペンスとワンのやり取りを聞きながらも、ケルシャーはまだ戦場を見ていた。
自分が飛ぶことを考えた。
どういう軌道を描くか、どう攻撃するか、どう攻撃を受けたらどう逆襲するか。
様々な想像が頭の中を駆け巡る
「船が欲しいかい?」
反射的にペンスを振り返ると、ニヤニヤと面白そうに笑っている。
「そういう顔をしているよ。自覚がないのか? なぁ、ワン。お前もそう思うだろ?」
『ええ、ええ、そう思いますよ』
思わずケルシャーは顔を撫でた。そんなに顔に出ていたのか。
「反乱軍は一人でもパイロットを欲しがっているのは知っているな?」
「俺も反乱軍に加われ、ってか?」
「それ以外の意味に聞こえていたら知能がぶっ壊れているな」
ケルシャーはもう一度、散発的に続く戦闘を見た。すでに機動戦闘艇もほとんどが亜空間航法で離脱している。
「俺は反乱軍にはならないよ」
ペンスが片方の眉を器用に持ち上げた。
「なんでだ? そんなに主義主張が大事か?」
「大事だね」いつになく強気な笑みをケルシャーは見せた。「俺は自由に飛びたいんだ」
「俺も同じようなことを考えていたが、あんたと俺は別人だものな」
『お話中、失礼しますが、亜空間航法の計算は完了しました』
ワンの一言に、よし、とペンスが姿勢を整え、レバーに手を置く。
だが、押し込まない。押し込まずに、ケルシャーを見ている。
「行くぜ?」
「なんで俺に断る?」
「分かっているくせに」
ぐいっとペンスがレバーを押し込むと、モニターが真っ暗になり、例の青空へ切り替わる。
操縦桿を手放し、シートに倒れこむペンスの横で、ケルシャーは自問していた。
俺はもう一度、飛びたいと思っている。
だが、反乱軍の一員にはなりたくない。それは帝国軍で過ごしたことで、骨身にしみた、骨の髄まで染み込んだ、組織への嫌悪感だった。
自由、個人主義、それがケルシャーがどうしても譲れない要素だった。
シートを少し倒し、投影モニターでまた、機動戦闘艇のカタログを見ようとすると、ペンスが投げやりな声をかけてきた。
「機体を選ぶ必要はない。最新の奴があるんだよ」
睨みつけられてもペンスは少しも動揺しなかった。
「反乱軍が都合するだけだ。即金払いができないならローンを組め。俺も口添えをしてやるよ。それにあんたが今回の騒動で、稼いだ分は相当だぜ」
「残念ながら、俺の働きを評価して、金を払ってくれる奴がいない」
「これは俺の推測だが」ペンスは天井をじっと見ている。「人工知能は今回の戦闘を詳細に記録し、分析している。お前は正当に評価されるよ」
どうだかな、と小声で応じて、ケルシャーはやっぱりカタログを見ようとした。
その画面が一度、暗くなる。なんだ?
『ケルシャーさん、あなたに通信が来ています』
ペンスの視線を感じつつ、ケルシャーも困惑したまま、モニターを見た。
『絶対に繋げとのことなので、繋ぎます』
絶対に? 誰だ?
『あんたがケルシャー・キックス?』
画面に現れた男が挨拶もせず、声をかけてくる。平凡な背広を着ている会社員に見えるが、画面越しでも雰囲気が違う。帝国軍にいる時、海兵隊の連中がこんな雰囲気だった。
「そういうあんたは?」
『今はポーン・クリファスと名乗っている。反乱軍の諜報員だよ。階級はないがね』
どうも今回は階級のない連中が多すぎる。反乱軍の軍規や階級はどうなったんだ?
その疑問を脇に置いて、ケルシャーはポーンを見返した。
「俺に諜報員が何の用があるんだろう? 今はただの高速船の居候だが」
『実は、あんたの相棒と愛人を巻き込んだ張本人は、俺だ』
相棒は、ジゼルのことだろう。愛人は、クリスか。
「巻き込んだ、というのは、具体的には? 人質か? 俺に命令を聞かせるために?」
その言葉にポーンが鼻で笑う。
『そんな下品なことはしない。二人にはきっちりと交渉をして、二人の自由意志で行動を決めてもらった。知らん顔をしなくていい、知っているんだろう? 二人は今、帝星に向かっている』
チカチカっと画面にノイズが走る。ポーンが何かを調整している。
『俺が責任を持って二人を無事に帰す、と言いたいところだが、一番危ないところへ飛び込むのも俺だ。つまり、一番最初に死ぬのが俺だろうから、そうなれば何の保証もない』
なんてこった。もっとまともな仕事だと思っていた。情報収集程度だと。それが鉄砲玉の諜報員の補助ときた。ケルシャーは即座に考えた。二人を今から離脱させられるだろうか。
『ちなみにもう連絡手段はないので、悪しからず』
反射的な怒りが爆発しそうになったが、ケルシャーは堪えた。
「そんな話をするために、ここに繋いだのか?」
『違う。ジゼルのことだ』ポーンが渋い顔になる。『彼女のプロテクトの解除コードを知りたい。彼女にかけられている条件付けは、もしもの時に大失敗に繋がりそうだ』
プロテクト。ケルシャーはジゼルに、ジゼル自身の保護を最優先にするように条件付けした。それはただ自分が宇宙母艦を留守にする時、ジゼルが自己防衛できるようにした、という程度の意味しかなかった。初めは。
ただ、時間が経つにつれて、俺はジゼルを本当は遠ざけたかったのかもしれない、と考え出した。
ジゼルが身を挺してケルシャーを守らないように、自分はジゼルにプロテクトをかけたのではないか。
「……良いだろう」
ケルシャーは記憶しているコードをその場で口にした。ポーンは一回で聞き取ったようだ。
『もっと渋ると思っていたよ』
「あいつの無事が第一だ。殺したらただじゃおかないからな」
『わかったよ。ありがとう、また会おう』
そう言ってからポーンがニヤッと笑った。
『第一飛行隊のレッドサンダーと会えて良かったよ』
ものすごく久しぶりに聞いた通り名だった。
もう忘れ去られたと思っていた。
『俺の名前の一つを教えてやるよ』ポーンが片目を瞑る。『ミクス・トトキだ』
……ミクス・トトキ?
通信は前触れもなく切れた。
「ミクス・トトキ……?」
つぶやいたのはケルシャーではなくペンスで、彼も記憶を探っているようだった。
「なるほど」ケルシャーは気付いた。「伝説や噂じゃないのか……」
「は? なんだよ、おい」
ペンスが身を起こす。
「何に気付いた? 思い出したんだろ? 教えてくれよ」
「あとで自分で調べろよ。それよりも、最新鋭機があるんだったな?」
ペンスが嫌そうな顔になった。
「言ったが、今はそれどころじゃない」
「あとで調べろって。機体の話だ。都合してくれ」
じっとケルシャーを睨むが、ペンスは諦めたようだった。
「連絡を取っておくよ、仕方ない。やる気があるうちに動くのがベストだしな。ただ、全部が終わって、俺が思い出せなかったら、答えを教えろよ。うーん、喉元のすぐそこまで出かかっているんだけどなぁ」
ペンスが端末を操作し始める。
ケルシャーはシートに体を預け、目を瞑った。
ジゼルとクリスを直接に助けることはできない。
二人の無事を祈るしかないのだ。
その間に自分が何もしないのは間違っている気がした。
できることをやろうじゃないか。
まぶたの裏の暗闇の中を、ケルシャーの心が飛び始めた。
(続く)
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