1-23話 一進一退
◆
カーツラフは通信室で、自由評議会に出席していた。
ここ数日、休憩を繰り返し挟みながら、それぞれに着地点を見出そうとしていた。
『レドスの消滅は如何ともしがたい。そこから来る帝国の怒りをどうするべきか』
『我々には戦う以外に道はありませんよ』
『勝ち目のない戦いをしろと?』
『むしろ全軍をもって、いくつかの惑星を陥落させ、そこに依って立つべきでは?』
過激な意見が出始めていることにカーツラフはだいぶ前から懸念を抱いていた。
しかしそれは好機でもある。自由評議会、あるいは反乱軍の全体に存在していた、あるいは潜在していた、自分たちはいずれ負けるしかない、という避けられない思いが、ひっくり返る展開が見え始めた。
ほとんど玉砕を目指そうとする意見は、戦おうという決意という点では、カーツラフの発想と共存可能な一点を持つことになる。
議論を静観しているカーツラフに評議員の一人が視線を向ける。
『第四軍団司令官として、どうするつもりだ?』
「現在、残存兵力を集結させています。ほどなく、戦力の把握が可能になります」
『その戦力を他の軍団に合流させる気はあるか?』
発言したのとは別の評議員が色めき立った。
『第四軍団は第四軍団としておくべきでしょう。今までの戦力配分は、適切でした。ここで我々の内部でパワーゲームをしている場合ではない!』
『しかし、第四軍団を適切に分割すれば、我々の活動範囲の一部を失うとはいえ、帝国との小競り合いには余裕ができるのが道理だ。我々は帝国には勝てないが、立場を守るためには、防御は絶対に必要だ』
『あなたの言っている防御は防御ではない、撤退です。本当に防御するのなら、第四軍団を再建し、その力を持って奪われた領域を回復させるべきです』
『勝てるわけがない! 戦力に差がありすぎる!』
カーツラフが口を開こうとした時、小さな電子音が鳴る。それはカーツラフが乗っている艦の通信室からで、緊急連絡を示す。
「少し席を外します」
『いや、各自、考えをまとめよう。三時間の休憩とする』
今回はさすがにカーツラフも素早く仮想空間を出た。ゴーグルを外し、狭い部屋を出ると、すぐそこに苦り切った顔でジグムントがいる。
「何があった?」
「帝国軍が第七集結地点を攻撃しています」
カーツラフは眉をひそめた。
「通信を再び盗まれているのか?」
そうなると全てをまた一から考え直す必要がある。極めて困難な展開と言える。
だが、ジグムントは首を振った。
「一部の艦船の通信が、帝国軍に傍受される方式で行われました。それが理由だと公爵は分析して、ボビー、ダイダラの二人もそれを支持しているのが現状です」
「集結地点はどうしている?」
「三姉妹の試験飛行の最中でしたので、彼女たちを急行させました。高速船部隊の一部も振り向けています」
カーツラフは頬を撫でつつ、考えた。
帝国軍がずっと何もしないわけがないのはわかっていた。それでも今まで動きがなかったのは、ポーン・クリファスの働きによる。彼は帝国軍の諜報員を確保した後、彼らがまるで活動しているかのように装わせた、と報告があった。
だから帝国軍はここまでは嘘の情報を理由に、動きを鈍らせていた。
ただ、もう帝国軍は反乱軍の第四軍団が組織的に動いていることを知った。
もう時間はそれほど残されていないだろう。
早く自由評議会をまとめる必要がある。
「ダイダラが、本艦を離れて現場指揮を統括すると、言い出しています」
「ふむ」カーツラフは即座に思案した。「通信が安全にできるのかが、悩ましいな。もちろん現場での指揮は許可できるが、どうだろうか。現場に出れば、通信の不安はないが……」
「公爵とレイが構築した暗号通信は、おそらく破られません」
しばしの沈黙の後、良いだろう、とカーツラフは頷いた。
「ダイダラを自由に行動させよう。機動性が大切になるはずだ」
カーツラフの思考は、自由評議会をいかにしてまとめるかに、即座に戻った。
◆
反乱軍第四軍団の再集結地点の第七地点で帝国軍と渡り合っているのは、宇宙戦艦と機動母艦で、小型艦を優先して撤退させようとしていた。
三姉妹がそこに亜空間航法で跳躍すると、戦場はかなりな熱を帯びていた。
(慣熟飛行がこんな騒ぎとはね!)
(一度に複数の機体を操るの、まだ不安だなぁ)
(やらなきゃやられちゃうよ。ほら、行こう!)
全部で二十一機の戦闘機動艇を、一人が七機を操るという分担で、三姉妹は戦場へ飛び込んでいく。
宇宙戦艦エグゼクタを出発した時とは数が半減しているが、これは安全策として公爵が提案したからだ。公爵は三姉妹が十機以上を一人が同時に操り、その上で三人で連携をとることに不安を感じたようだった。
公爵の提案は一人五機に限定する、というものだったが、三姉妹との激論の末、一人二機ずつ、増やされた。
帝国軍は突然に出現した機動戦闘隊部隊に戸惑ったようだが、もちろん戦闘は止まらない。
帝国軍が三姉妹の機動戦闘隊と激しい空中戦を始め、状況は反乱軍の後退から、両者が譲らない鍔迫り合いの様相になった。
(やった! 二機! いや、三機!)
(慣れてきたのかな、なんか自分の手が急に何倍にも増えたみたい!)
(ちょっと帝国軍の機動母艦にちょっかい出してもいい?)
(七機でやれる?)
(たぶん、行ける。公爵、見ている?)
三姉妹たちの超高速通信に、穏やかな口調が混ざる。
(見ていますよ。素晴らしい働きです。反乱軍の戦闘艦、駆逐艦はほぼ脱出完了です)
(大型艦は?)
(宇宙戦艦が二隻、機動母艦が二隻。それで全てです)
(確認するけど、帝国軍の機動母艦を落としたら、猛反撃があるかな?)
(気にせずに、打撃を与えてください)
三姉妹が色めき立つ気配。
(宇宙戦艦にまとわりついているのをやっちゃおうか)
(いいわよ、私たちで他の機動戦闘艇を抑えておく)
(頑張って!)
光の速さで意思疎通する三姉妹は、同時に多くの情報を共有していた。全二十一機の機動戦闘艇の感知する敵機の位置情報や運動速度を、三姉妹は完全に理解し、共有し、議論し、適切な対処を導き出す。
しかもそれをほんの一瞬で行うのだ。
雷が閃くほどの速度で。
みるみる帝国軍の機動戦闘艇が散り散りになったのは、三姉妹の操作する機動戦闘艇を追いかける、という言葉にすれば単純な、本能的な機動戦闘艇パイロットの行動だったが、あまりにも鮮やかに何もない空間ができた。
そこへ一人が支配する七機の機動戦闘艇が滑り込んだ。
向かう先には反乱軍の機動母艦と砲撃戦をしている、帝国軍のやはり機動母艦。
どちらの鑑も味方の機動戦闘艇を近接空間に配置し、攻撃と防御にも活用している。
七機がそこへ楔のように飛び込む。帝国軍機が慌てて対処するが、七機のうちの三機が余裕を持ってすり抜けていく。
すでにエネルギー魚雷は最大出力で待機していた。
三連続の魚雷攻撃で、帝国軍の機動母艦の一部が吹き飛び、艦が漂い始める。
激烈な帝国軍機の反撃を受けた七機は、それぞれに意思を持っているかのように、四方八方へ分かれる。
『へい、そこの機動戦闘艇のパイロット!』
魚雷攻撃を成功させた一機に通信が繋がる。男性の声だ。
映像通信ではなく、音声のみ。それもそうだ、戦闘中だから。
『すごい腕と連携だな。どこの部隊だ?』
彼女は相手を意識した。名前は、リキゾー・バッダ。元は帝国軍の機動戦闘艇パイロット。今は反乱軍の一員だ。
『まだ配属にはなっていないわ。試験飛行なの』
『試験飛行? 新兵か? 機体も古いようだが……。あんたの名前が知りたいな』
名前?
彼女は考えた。名前、私の名前は、なんだったっけ。
アイ、マイ、ミー、公爵、レイ。
どれが私だ。全てが私であって、私の外部であり、私の内部であり。
わからなかった。
(落ち着いて、マイ)
すっと手を差し伸べるように、公爵の意識が滑り込んできた。
そう、私はマイだ!
『マイよ。ただのマイ。元は宇宙海賊なの』
『助っ人か』リキゾーがホッとしたような声になる。『心強いよ。援護、感謝する。無事を祈る!』
通信が切れる。
戦場の形勢は一変していた。
マイの七機による攻撃で帝国軍の機動母艦は一隻、完全に機能を喪失した。
さらにアイとミーの十四機が瞬く間に帝国軍の機動戦闘艇を減らしていく。
(大勢は決したね、これは)
マイの通信に、アイとミーが笑い声を返してくる。
(あれは……)
急にミーが真剣な声を上げる。即座にアイとマイは彼女の意識が向く先、機動戦闘艇のいくつかが観測している情報を確認する。
高速艇が一隻、戦闘宙域の外周を高速で飛んでいる。
(続く)
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