1-20話 協力者

     ◆


 ケルシャーを連れたまま、ペンスはさらに二つ、戦場を渡り歩いた。

 ほとんど戦闘は終わっていて、数隻ずつが逃げていく場面だった。彼らの集結地点を伝え、高速船スバルも離脱する。例の撹乱物質は使わなかった。

「適当な船で降ろそうっていう気はないのか?」

 なじみつつある副操縦士席でケルシャーが声をかけると、ペンスはあっけらかんと応じる。

「ちゃんとした装備が欲しいだろう? 最新鋭の奴」

「それはそうだが、無償というわけでもあるまいよ」

「仕事をするしかないな。傭兵なんだ、戦争がお仕事だろ?」

 渋面を作って操縦士席のペンスを見るが彼はどこ吹く風だ。

 船はまた亜空間航法を使っており、外は見えない。見たところで仕方がない。

「ああ、そうだ」実はずっと考えていたが、今、思いついたかのようにケルシャーは声に出した。「俺の相棒に事情を説明していない」

「相棒?」

 訝しげな顔の運び屋に、傭兵は大真面目に頷いた。

「そうだよ、良い奴だ。人工知能だがね」

「お人形さんと暮らす傭兵とは、背筋が冷える」

 ほっとけ、と言いつつ、ケルシャーは勝手に通信機を操作して、相手を呼び出した。

「通信が盗まれているのは確実だから、手短に頼むよ」

 そんなペンスの言葉に雑に頷いておく。知ったことか。

 短い時間の後、繋がる。

『はい、どちら様ですか?』

 無愛想ながら、ジゼルの声だ。

「俺だよ、ケルシャーだ。今、どこにいる? 船か?」

『お忘れになったのですか? クリスさんのところへ行くと伝えたでしょう。休暇で』

 ああ、そんな話もあったか、とケルシャーの記憶が蘇った。そのまま記憶を検索。クリスは今、どこの惑星にいたかな。えっと、えっと……。

 ええい、思い出せない。ケルシャーは一瞬で投げやりになった。

「どこの惑星だっけ?」

『惑星ワリオンです。それより、聞かなくなくちゃいけないことがあります』

「なんだ?」

 通信の向こうで、ジゼルが睨み付けてくるような気がした。無表情な奴だが、怒りや不快感の表現だけは得意である。

『フィーアの信号が途絶えていますが、どうしたのですか?』

「あの機体は撃墜されたよ。もうこの世に存在しない」

『では、これからどうやって生活するのです?』

「無事ですか? とか、怪我はないですか? とか、聞けないのか?」

 沈黙。やれやれ。強い人工知能だ。

「ちょっと良いかい」ペンスが割り込んでくる。「あんたの彼氏のお友達のペンスというものだが、聞きたいことがある」

『初めまして、ペンスさん。どのようなお話でしょう?』

「どうしてケルシャーの機動戦闘艇の信号を受信できた? あの戦場は通信が大きく制限されていたはずだ」

『そのことですか。純粋に、私だけにわかる信号を発する、発信機を内蔵させてありましたから、それによります』

 ペンスがシートに体を預け、ケルシャーを見て、また通信機を見た。

「あんたに会わせたい奴がいるが、どうかな」

『どのような方ですか?』

「世界最高の知性、だな」

 沈黙の後、ジゼルが囁くように答えた。

『興味深いと感じます』


     ◆


 惑星ワリオンの集合住宅の一部屋で、クリスは納期が明日の仕事を必死に片付けていた。

 明日にはジゼルが人型端末でやってくる。ケルシャーのためにいろいろと買い出しをする必要もあるし、積もる話もある。

 しがないフリーライターだが、速くやればやるほど自由な時間が増えるのはありがたい。

 ただ、逆に人間味が失われるかもな、ともクリスは思うのだった。

 文章を書き終わり、ざっと読み直す。誤字脱字を訂正し、見出しの文章を微調整した。

 校正は人工知能がやるし、これでおおよそ仕事は終わりだった。

 と、携帯端末に呼び出し音がなる。素早く手に取ってみると、たった今、書き上げたばかりの記事をあげるはずの電子雑誌の編集部からだ。嫌な予感がするが、出るしかない。

 相手は中年の男性の編集者で、記事に盛り込む要素を追加してきた。

『色をつけるよ、たっぷりとね』

「よろしくお願いしますよ、では」

 通話を切って、思わずクリスは脱力した。

 お金なんていらないのよ、欲しいのは時間!

 しかし何もしないでいれば、その大切な時間がどんどん減ってしまう。端末を操作しようとした時、またも携帯端末が呼び出し音を鳴り響かせる。うんざりしつつ表示を見ると、相手は例の彼だった。

「こんにちは、傭兵さん」

『やあ、クリス。今、時間はある?』

「全くないわね。急ぎの仕事が入って」

 ケルシャーは気圧されたようだが、すぐに言葉を続けてきた。

『ジゼルがそっちに向かっているのは知っているよな?』

「二日後にあなたも来るはずだけど、それは忘れちゃった?」

『非常事態なんだよ』

「帝国が反乱軍を壊滅させている件でしょ。何? あなた、反乱に雇われたまま、もう一蓮托生で最後まで行くつもり? 勝てると思っているの? 死にたいの?」

 一方的に捲し立てられても、ケルシャーはそれほど動じない様子で、それがクリスの中に静かな怒りとして広がっていく。

『仕方ないだろう、傭兵稼業ではよくあることさ。帝国ではどういうふうに受け止められているのか、聞いていいかい?』

「電子新聞でも読めば?」

『生の視線を知りたい』

 この男は私をどう思っているんだ? 情報収集のためのもう一つの耳目か?

 いよいよ怒りに支配されつつ、クリスは言い返した。

「ワリオンはそれほど政治色の強い街でもないけど、ここのところ、かなりの人数が反乱軍を討伐して滅ぼそう、みたいなプラカードを掲げて歩き回っているわよ。今の時代にもデモがあるんだな、と正直、驚きね。情報ネットワーク上の交流サイトは見ている?」

『ああ、そちらは見ている』

「現実の民衆は怒髪天を突くとはまさにこのこと、と伝えておくわ」

 ケルシャーが何か答えたが、雑音が走って、一瞬の無音。なんだ?

 彼が乗った宇宙船が事故か攻撃で沈んだのか、真剣に考えながら、沈黙から答えが返ってくるのを待っていると、その答えが返ってきたが、ケルシャーとは全く別人の声だった。

『悪いが、あんたを使わせてくれないか』

 軽薄そうな口調。愉快がっている口調。どこか不気味だ。

「誰か知りませんけど、人違いではないですか? 私はただのフリーライターですよ」

『しかしケルシャー・キックスの愛人だ』

 ムッとして、クリスは言い返した。

「彼が厄病神だと、ジワジワ理解してきたわ」

『すまないが、協力してくれ。簡単な仕事だ。ジゼルと一緒だから、それほど心配もいらない。どうだろう』

 ケルシャーと話させてくれ、と言いたかったが、その気持ちは消えてしまった。

 ケルシャーは反乱軍の連中と火遊びの最中で、クリスの元へは来ない。

 いよいよ自暴自棄になり、クリスは通信機にわざと冷え冷えとした声で応じた。

「承りましょう。記事を書き終わったら、やってあげる。予定もキャンセルだしね、戦争で」

『恩にきるよ』

「で、あなたは誰?」




(続く)

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