1-4話 混乱の大波
◆
カーツラフ中将の執務室で、彼はその放送を見ていた。
「想定外の展開ですね」
すぐ横に控えている副官、ジャン・ドグムント大佐の一言に、ちらりと彼を見たカーツラフ中将は、まだ続く帝国の公式声明の映像に目を戻した。
視点を動かさず、声だけがドグムントに向かう。
「そうかね? 大佐。私はいつかこうなると思っていたよ」
「早すぎる、という意味で、想定外なのです、中将」
「ふむ。私はこれから自由評議会に参加するが、君には任せたい仕事がある」
ドグムントは頷くと、「オフィスに向かいます」と断り、部屋を出た。
自分の執務室に戻ったドグムントは、そこにいる二人の部下、曹長と軍曹に指示を出した。自分も亜空間通信を繋いだ。映像のない、特別ラインの通信だった。
『ドグムントさん?』相手の声が聞こえてきた。雑音が酷いが聞き取れる。『帝国は本気みたいですね。どうするつもりですか?』
「対応は会議の後に決まりますが、最悪の展開を想定する必要があります。帝国はあなた方の資産を凍結すると思います。もちろん、それだけでは済まない。今のうちに、不審に思われない程度に、処置を逃れるように手続きをお願いします。人命が、第一です」
『ええ、ええ、それは、ごもっとも。そうしますよ。あなた方が一番の取引相手ですからね』
相手の男性の声が笑い声になる。しかしドグムントは笑えなかった。
『鉱物燃料の値段が上がっていたのは、これの予兆でしたね』
そう言われて、ドグムントは唇を噛むしかない。
つい数ヶ月前から、帝国中でどういうわけか鉱物燃料の価格が上がり出していた。もちろん反乱軍も様々な手段でその理由を探ったが、結果がはっきりする前にこの事態を迎えてしまった。
値段が上がった理由は、帝国軍が買い占めたからなのだ。
「私の考えが足りませんでした」
『実は、秘密裏に鉱物燃料を溜め込んであります』
ひやりとするものをドグムントを感じた。
相手が途端に得体の知れない存在に思えたからだ。どこまで読んでいたのだろう?
ただの商人のはずだが、商人というものが純粋に理を追求し始めると、どこか恐ろしい対象に感じるのは、ドグムントの勘違いだろうか。
「いずれ、必要になるのは確実です。その時、またお話しさせてください」
『わかりました。とりあえず、反乱軍の資金源は、我々で可能な限り、保護しましょう。ではカーツラフ中将によろしくお伝えください』
通信が切れて、ドグムントはそれから数箇所の商人と連絡を取り、反乱軍と関わりのある企業を守る工作をした。帝国軍も反乱軍がただの武力だけの存在とは思っていないだろう。その武力の裏に、秘密裏の物流や、資金の流れがあると考えるのが当たり前だ。
ドグムントは重要人物との通信を終え、部下にも確認する。部下二人は鉱物燃料と食料品をかき集める作業をしている。それも反乱軍による買い占めと思われないようにするので、かなり複雑だ。
「後を任せるよ。中将のところに行く」
部屋を出ると通路を兵士たちが走り回っている。
カーツラフ中将の執務室に戻ると、中に二人の士官がいる。階級は少佐だ。二人がドグムントに敬礼するのに返礼し、輪に加わる。
少佐の一人がドグムントを見た。
「第四軍団の指揮系統が最もダメージを受けています。ほとんど軍団を掌握できていません」
「帝国軍による情報攻撃?」
「と言うより、通信網への攻撃です。通信に用いられる暗号が破られている兆候と、それと通信波自体が激しく妨害されています。連絡が取れず、連携が破綻しています」
それから第四軍団に関する現状報告があり、カーツラフは黙って聞いて、そして少佐の二人が出て行ってから、ドグムントを見た。
「自由評議会を動かすしかないな」
「戦争、ですか?」
「私たちは初めから戦争をしているのだよ、大佐」
カーツラフが車椅子にもたれた。彼の腕から伸びるチューブが揺れる。吊り下げられた溶液のパックに、わずかに気泡が浮いた。
◆
惑星レドスの訓練基地はおおよそ破壊され、帝国軍の陸戦部隊が押し寄せていた。
地下に設けられた脱出シャトルの発射場は、まだ覆いを解放していない。
「君も行けばよかったのだ」
中佐の言葉に、アリスンは笑みを返した。
すでに指揮所にはオペレータは一人もいない。ただ中佐とアリスンの二人だけが残り、残り少ない自律型の迎撃兵器をサポートしている。帝国軍から盗み出した最新式のシステムで、人工知能を補助に使うのではなく、人間が補助になる、奇妙なシステムだった。
今、帝国軍の兵士たちは、自分たちが組み立てた機械と戦っていることになる。
滑稽じゃないか、とアリスンは愉快な気持ちになった。
爆音が建物を揺らす。モニターはほとんどが死んでいるが、生きているうちに一つに、脱出シャトルが全機、発進準備が整ったことを示す表示が出た。
「さて、生き延びてくれよ」
レバーを引いて、発射場の覆いがスライドを始めるのが、端末の表示でわかる。すでに観測衛星は全て撃墜されているし、基地の防衛網も役に立たない。
あとは運しかなかった。
「行け、行け」
思わずアリスンが呟く先で、三十のシャトルが離陸し、飛んでいく。
そこへ無慈悲に粒子ビームが走った。とっさには数え切れないほどの厚すぎる砲火。
くそ、くそったれめ。
思わずアリスンは備え付けの端末を叩いた。
シャトルが次々と爆発し、四散する。
そのうちにシャトルの群れは見えなくなった。どれくらいが宇宙へ上がったんだろう。
「さて、この基地もそろそろ、終わりにするか」
椅子に座り込んだ中佐が、じっとアリスンを見た。
「君も逃げればよかったのだ、本当に。惜しいことだ」
「それは俺が決めたことですよ」
「死にたがりばかりだよ、我々は」
中佐がポケットから取り出した鍵のうちの一つをアリスンに渡す。受け取った時には、すでに中佐は自分の手にある鍵を、端末の一角の鍵穴に差し込んでいる。
もう一つ、穴がある。
そこにアリスンは何の未練もなく、鍵を差し込んだ。
「数えるぞ」中佐の口調もあっさりしたものだ。「三、二、一、今」
二人が同時に鍵を捻った。
強烈な光と熱が、彼らの思考を塗りつぶした。
その光は衛星軌道上で戦っていた全ての兵士から見ることができた。眩い光の玉は訓練基地を完全に飲み込んでいた。
その光を背景にして、脱出シャトルが大気圏を脱出してくる。
短距離なら亜空間航法が可能なシャトルだった。帝国軍の艦船がそのシャトル群に猛攻を加え、火球が幾つか上がる。
だが、シャトルは一隻、また一隻と亜空間航法で惑星レドスを離脱し、反乱軍の生き残っていた宇宙母艦、戦闘艦、巡航艦、駆逐艦も機動戦闘艇を収容し、離脱を開始した。
後に「レドスの破滅」と呼ばれることになる事件が、これに当たる。
しかし、それは「大騒乱」の一部に過ぎない。
帝国軍がレドスを制圧し破壊し尽くすことで鉾を収めるわけもないのだ。
(続く)
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