1-3話 歴史の一ページ

     ◆


 まさにその時。

 正確に記すなら帝国歴一〇九年六月二十日午前十一時に、帝星の獅子王宮と呼ばれる荘厳な王宮の一つ、その中の撮影スタジオで、リアルタイム放送が始まった。

 全宇宙に放送されるその映像は、数え切れないほどの人間が、様々な形で目にした。

 話しているのは、銀河帝国筆頭報道官という肩書きの、シュヴァイツという男だった。高級そうな背広、理知的に見えるメガネ。細身で、怠惰さは少しもなく、どこか刃物のようでもある。

 その男が静かな口調で話し始めた。

「本日、現時刻を持って、帝国軍はテロリストの一斉摘発を実行する。我らが銀河皇帝陛下のご慈悲により、これまで彼らは存在を許されてきた。しかし陛下は、深い憂慮を感じ、帝国臣民の平和と安寧のため、世情を乱し、思想を乱すテロリストを根絶することを宣言なされた。これにより帝国軍はその力を持って、テロリストへ鉄槌を下すこととなる」

 多くの視聴者が、その話を聞きつつ、反乱軍のことを考えた。

 あるものは、帝国に刃向かうから悪いのだ、と考えるのをそこでやめた。

 あるものは、反乱軍など放っておけばいいものを、と無関心を決め込んだ。

 あるものは、帝国はここに至っても反乱軍を「反乱軍」として認めないのだな、と得心したり、呆れたりした。

 誰が正しいわけでもなく、しかし視聴者のほとんどはただの傍観者で、何の決断もせず、ただ受け入れる姿勢をとった。

 だが、テロリストと呼ばれた反乱軍の兵士や人々は、そうはいかない。

 攻撃されているのは、彼らの生活なのだ。


     ◆


 機動戦闘艇の中で、ケルシャー・キックスはその放送を見ていた。

 ちょうど亜空間航法の最中で、シートをリクライニングさせて古い映画を見ていたのだが、その銀河帝国の記者会見を見るように、今の雇い主の反乱軍に所属する兵士の一人がすごい剣幕で迫ってきたので、映画を一時停止して、その放送を見たわけだ。

 それでこの騒動か、とケルシャーは納得した。

 帝国軍はどうやら本気らしいなと考えつつ、彼は放送の続きを聞いていた。

 まずは通信網をズタズタにする。そして油断しているところをいきなり叩く。国家同士なら宣戦布告という奴があったはずだが、反乱軍はテロリストなので、宣戦布告は必要ない、という理屈になる。

 もっとも、反乱軍はどう見ても国ではない。

 卑怯といえば卑怯だが、そんなことを言い出したら、反乱軍はいつも卑怯な戦法を取っていることになる。

 しかし、ケルシャーには解せない点があった。

 どうしてレドスを狙ったんだ? あんなど田舎を制圧する理由は、なんだ?

 そう思っていると、例の報道官が核心を教えてくれた。

『テロリストはどこにでも潜んでいる。帝国の鉱物採掘惑星であるレドスに、テロリストの拠点があることを確認した。我々の正義を示すべく、まずはレドスを解放する』

 どうやら帝国にとっては丁度いい相手、ということらしい。

 それほどの戦力もなく、地上も衛星軌道上も、制圧が容易な惑星。

 パフォーマンスというわけだ。

『聞いたか? フィーア』

 一緒に亜空間航法中の反乱軍の戦闘艦から通信が入る。ほとんど面識はないが、彼はその戦闘艦ポピュラの通信担当官で、現場へ向かう前の打ち合わせでやりとりした相手だ。

「聞いたよ。まさかこれから自分たちがその現場に行くとは、縮みあがりそうだ」

『あんたは歴戦の勇者だと聞いているよ。機動戦闘艇はかなり古そうだが、大丈夫なのか?』

「これでも良い機体さ。戦闘になったら目を離すなよ」

 相手が笑って、しかしすぐ真剣な口調になった。

『レドスの連中は、脱出できるかな』

「わからないな、それは」ケルシャーは少し間を置いた。「常に覚悟しておくしかないさ」

 そうだな、と沈痛な口調の返事があった。

 何か声をかけようかと思った時、亜空間航法から離脱するまで一分という表示が出た。

 仕事の時間だ。

「会えるのを楽しみにしているよ、少尉」

『武運を祈る』

 通信が切れる。

 ケルシャーは深呼吸してからシートを元に戻し、位置を調整した。スイッチ類のパネルの位置も微調整。機体の制御を補助する簡易知能の状態もチェック、問題なし。

 メイン推進器、チェック。姿勢制御スラスタ、チェック。防御フィールド、チェック。二つの粒子ビーム砲、チェック。エネルギー魚雷、チェック。

 全部、問題なしだ。

 集中しよう。集中が、全てを分けることになる。

 亜空間航法から脱出するまで、十秒を切る。

 じっと目の前の青空の白々しい映像を睨んでいると、自動で亜空間航法から機体が離脱した。

 目の前で光が弾けた。

 フィールドの表面で粒子ビームが爆ぜる。

 盛大な歓迎だ!

 惑星レドスの衛星軌道上は機動戦闘艇が飛び回っているが、中心にあるのは帝国軍の宇宙戦艦だった。それが三隻、集中砲火を反乱軍の宇宙母艦二隻にぶつけている。

 巨大な残骸が浮かんでいるな、と思ったら、反乱軍の機動母艦だ。徹底的な砲撃とエネルギー魚雷を山ほど食らったようで、四分割ほどになってる。

 その残骸の影に回り込みつつ、こちらを追尾し始める帝国軍の機動戦闘艇を引っ張り込む。追尾してくるのは三機。機動母艦だったものの狭いスペースに飛び込み、ほとんど曲芸飛行を見せると、一機の帝国軍機が残骸に接触し、すっ飛ぶ。

 残骸を回り込み、広いスペースへ。

 急制動で、一機をやり過ごす。それを背後からの粒子ビームで撃墜し、三機目がこちらを狙っているので、即座に意図的な錐揉みで不規則機動を起こし、攻撃を回避。めまぐるしく回転するモニターの向こうに、敵機を照準。

 射撃、撃墜。

 撃墜しても、まだ敵は多すぎる。すぐに二機がこちらをマークしてくる。

 この戦いの間も耳元では反乱軍の通信が絶えず、無数に重なっている。人工知能が自動選択した短距離通信でも、ノイズが酷い。

『これじゃキリがないぞ!』

『母艦を守れ! 補給無しじゃ無理だ!』

『スラスターが不調だ、どこか受け入れてくれ!』

『エネルギー不足だ! 助けてくれ!』

『フィールドが! フィールドが!』

 俺は更に二機を撃墜し、エネルギーの残量を確認。もう少し飛べる。

 戦場を素早く見回し、反乱軍の機動母艦が一隻残っているのと、激しい戦闘に持ちこたえている二隻の宇宙母艦を確認。

 いや、宇宙母艦は一隻が今、爆発した。フィールドが完全に消滅、見ている前で蜂の巣になって、また爆発、それに次ぐ爆発。

 補給を受けるためには機動母艦が一番、目がありそうだ。

「機動母艦エッシャ、聞こえるか?」

 食いついてくる帝国軍機を引き連れつつ、機動母艦と通信を繋げようと努力するが、雑音しか返ってこない。そうだった、帝国軍は反乱軍の通信を掌握しているのか。

 公共通信で呼びかける。

「機動母艦エッシャ、受け入れ準備をしろ!」

『誰だ? 敵味方識別が不能だ』

「帝国軍機に追われているんだ、そちらの味方だとわかるだろ」

 ケルシャーは一気に機動母艦エッシャへ向かう。その通信室に識別信号を発信。やはり受け付けない。

 くそ。仕方ないな。

「見えているか? エッシャ。飛び込むから、対空砲で敵機を落としてくれ。コースはこれだ」

 素早くパネルを操作し、こちらの進入経路をリアルタイムで伝える。複雑だが、向こうが理解すれば、うまくいく。

 想定した機動で機動戦闘艇は機動母艦の格納庫に突っ込んだ。

 フィーアのすぐそばを、エッシャからの対空砲が走った。

 それはケルシャーを追いかけていた帝国軍機を粉砕する。

 そのまま機体は機動母艦の格納庫に飛び込んでいる。スラスタと反重力装置で減速するが、それでも勢いがつきすぎていて、緊急時のためのネットに受け止められ、停止。

 すぐに整理用の自動車両がフィーアを牽引し、エネルギー充填スポットに引かれていく中で、操縦席を解放したケルシャーは、近くにいる整備兵に声をかける。

「第四スラスタの具合に違和感がある! 見てくれ!」

「自分でやれ!」整備兵がどなり返してくる。「俺たちは忙しんだよ!」

 くそったれめ。ケルシャーは整備兵に唾を吐きかけ、機体から降りると、自分で機体の様子をチェックする。第四スラスタにはかすかに粒子ビームがかすめた痕跡がある。ほとんど損傷はないようだ。システムの調整で問題ないだろう。

 充填スポットで、フィーアに適合するソケットが自動で設定され、コードが接続される。

「あんた、どこの誰だ?」

 隣で充填中の戦闘機のパイロットが声をかけてくる。栄養ドリンクを飲んでいる彼が、自分のために確保していたらしい二本目を投げ渡してきた。ケルシャーは礼を言って封を切り、一息に飲んだ。

「うちの連中でもそんな骨董品には乗らないぜ」

 そんなことを言って笑うパイロットに、ケルシャーは笑みを返す。

「これでも百機近く落としているぜ」

「マジかよ」彼が口笛を吹く。「撃墜マークを入れたら、逆に恥ずかしいな」

 答えようとした時、ズシンと機動母艦が揺れた。パイロットがこちらに手を振り、自分の機体に乗り込む。ケルシャーも栄養ドリンクを飲み干し、パックを捨てて、操縦席に戻った。

 エネルギーの充填率は八割ほど。満タンを待つ間はない。

 緊急手続きでホースを外し、牽引しようとする自動車両も切り離させる。

 機体は反重力装置で浮いているので、振動はないが、格納庫が激しく揺れている。さっきのパイロットの乗った機体が、素早く格納庫を飛び出していく。ケルシャーもそれを追って、格納庫を飛ぶ。景色の揺れが激しい。自分が揺れているのではなく、機動母艦が揺れている!

 外へ出た瞬間、背後がまばゆく光った。

 旋回すると、機動母艦か激しく火を吹いていた。

 帝国軍の機動戦闘艇が群がってくる。

 ケルシャーは集中を一段高め、操縦桿を握り直した。




(続く)

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