SS第20話 旅する心
第20-1話 放浪
「おっさんの名前は?」
そう尋ねてくる輸送船の乗組員に、俺は堂々と答えた。
「ディープ・ホリック」
「ホリック? 中毒?」
ぎょっとしたような相手に、俺は無言で頷いてみせた。
「身分証を持っているかい? いや、持ってないだろうな」
「この通りだ」
俺はポンポンと傍らにあるボロボロのバックパックを叩いた。
「これが俺の全財産さ」
「まったく、何から何までふざけた奴だな」
そう言ったきり、その乗組員の男はリビングのソファに倒れ込み、あっという間に居眠りを始めた。
俺は今はディープ・ホリックという名前で、通る限りを通している。
年齢は二十七歳。おっさんと呼ばれたのは伸びっぱなしの髪の毛とヒゲのせいだろう。あとまともに風呂に入っていないせいもあるかもしれない。
目の前で眠っている乗組員はどう見ても三十代で、つまり俺よりおっさんのはずだが、まぁ、気にしても仕方ない。
こちらはヒッチハイカーでもあるのだ。車も宇宙船もなんでもござれ、の。
「風呂に入るかい?」
三人の乗組員のうちの二人目がやってきた。どうやら当直が交代するらしい。新しく来た方は四十代で、思慮深そうだ。
いや、訂正。思慮深そうに見えたが、居眠りをしている同僚を荒々しく蹴り飛ばした。
「部屋で寝ろ。交代だ」
蹴り飛ばされた腰を押さえつつ、入れ違いに出て行く乗組員を横目に、四十代の方がもう一度こちらに視線を送る。
「風呂で洗濯もしていいぞ。石鹸はいるかい?」
「ありがたい。石鹸ももらおう」
「使い終わったら置いておいてくれよ。備品なんでね」
その乗組員が操縦室の方へ行く。船は亜空間航法の最中で、自動操縦のはずだ。
俺は船の中の狭いシャワールームで体を洗い、洗濯もした。船には乾燥機もついていたので、使わせてもらった。船が比較的新しいので、乾燥機も高性能だ。
リビングに戻ると、三人目の乗組員がソファに座って電子書籍を読んでいる。彼がさっきまで、操縦室にいたのだ。
「さっぱりしたね。髭は剃らないの?」
この男はまだ若い。俺と同じくらいの年齢だろう。
「髭を剃ると、威厳が失われるかな、と思っている」
「一理ある。ただ、あまり見すぼらしいと、ヒッチハイクも難しくないか?」
「一長一短さ」
俺はソファの一つに座って、荷物を整理した。電子書籍を置いた乗組員がこちらに身を乗り出す。
「すごいな、本当に旅をしているんだ」
「まあな。なかなか、刺激的だぞ」
「確かに、輸送船の乗組員よりは退屈しないだろう。あんたみたいな奴が大勢いれば、少しは賑やかだが」
大道芸人のように思われているらしい。
俺は荷物の中からトランプの束を取り出し、シャッフルを始めた。
「どれくらい旅をしているんだい?」
どうやら話をするモードに入ったらしい。俺としても、願ったり叶ったりだ。
こういうどうでもいい会話から、きっかけを作る必要がある。
「もう四年くらいだよ」
「四年! あんた、何歳だ? 二十代だろ」
どうやら観察眼は確からしい。
「年齢は秘密だが、学歴は私立大学中退だ」
「秘密主義者だな。で、目的は?」
目的か……。
「この目で、見れる限りのものを見たい」
相手がぽかんとしている。この顔をいろんな人がいろんな場所でするのを見てきた。
「詩人だね」
返事の中でも上等な応じ方だ。
「それでこの船はどこまで行くんだったかな」
驚きから回復した乗組員が軽く頷く。
「惑星ラットヒの宇宙空港だ。まずはそこで荷物を下ろす」
「ラットヒね」
頭の中の星海図を確認する。
「どこか、惑星メトラードの方へ行く知り合いはいないか?」
「メトラードだって? どこだそりゃ?」
彼は携帯端末を手に取り、素早く星海図をチェックする。しばらくして、やっと位置関係がわかったらしい。
「うちの会社じゃ無理だな。その方面へは輸送路を設定していない。そうだな、他の会社で……どうだったかな……」
青年は端末に集中し始めた。俺はただカードをシャッフルするだけでいい。いい傾向、それもかなりいい傾向に向かいつつある。
しばらくして、青年は一つの結論を出した。
「スタースピード運送っていう会社がある、そこがメトラードまではいかないが、その近くのケロユックまで行くと思う」
惑星ケルユック。なるほど、いい場所だ。
何より、行ったことがない。
「その運送会社の知り合いを紹介してくれるかい?」
「いや、知り合いじゃないな。ただ、そこにそういう運送会社がある、とわかっただけ」
なんだ。……まあ、良い。
「情報、感謝するよ。ぶつかってみる」
「真っ当な運送会社だが、真っ当すぎてあんたみたいなのを乗せない可能性もあるよ」
「それならそれでまた別を当たるさ」
話は決まった。よしよし、良いじゃないか。
俺は彼の前のテーブルにカードを裏にして広げた。
「一枚、引いてみな」
不思議そうな顔で、彼が一枚、手元に取った。
「図柄を見てから、山に戻してくれ」
言われるがままに彼はカードを確認し、他のカードの中に戻す。
俺はカードをまとめて何回もシャッフルした。
「あんたがさっき引いたカードは、これかな」
山の一番上に来たカードを引いて、テーブルの上で表にした。
驚きは遅れてやってきたようだ。
「まいったな」彼が頭に手を当てる。「正解だ。どういう魔法だい?」
「魔法はタネも仕掛けもないから、魔法なのさ」
彼はそれからしつこく再現をせがんだが、俺はさっさとカードをしまって、話をそらした。
それから三日後、惑星ラットヒの宇宙空港に到着し、俺は輸送船を降りた。
「幸運を祈る」
三人が順繰りに握手してくるあたり、律儀な連中である。
「あんたらも達者でな」
バックパックを背負って、俺はスタースピード運送の、出張窓口を探した。
どこの宇宙空港でも、物資を一時的に置いておく臨時倉庫というスペースがあり、ほとんどの運送屋がここまで荷物を運び、この倉庫から地上へ別の運送屋が運ぶことになる。
その臨時倉庫で事務を取り仕切るのが出張窓口で、大抵が臨時倉庫の近くに無数のブースが設計されている。
実際、この宇宙空港にもそのスペースがあり、窓口が十ほど並んでいた。
その中に、スタースピード運送もある。
スペースに入ると、受付の若い女性が不審者を見るようにこちらを見た。
「そちらの輸送船に、乗せてもらいたんだが」
「うちは旅客業じゃありません」
そっけない返事。
どう攻略しようかな、と思いつつ、言葉を続ける。黙ったら負けだ。
「倉庫でもいいし、生きていられるならコンテナの中でもいい。ケロユックで身内に不幸があってね、すぐ行きたいんだが、スッカラカンで」
こうなると、髭を剃っておくか、せめて整えておくんだった。
小綺麗な浮浪者のとでも呼ぶしかない見た目の男が、身内の不幸がどうこうとは、片腹痛い、といったところだ。
実際、受付の女性は笑っていいのかわからず、困惑顔だ。
「仕事の邪魔はしない。むしろ、手伝いたいくらいだ」
「いえ、お引き取り願います、どうか、その……」
どうやら、この筋は消えたらしい。
こちらから丁寧に謝罪の言葉を述べて、仕方なく、ブースを出た。
運送会社、輸送会社、そういう連中の大小さまざまな船に乗ってきたし、個人の船に乗ったこともある。
まだ全ての道が閉ざされたわけじゃない。
が、別の理由で道が閉ざされることもある。
巡回をしている警官か空港警備員が折悪しくやってきたのだった。
彼らが俺を見たときの目は、目の前に肉が落ちているのを発見した、飢えた犬のようだった。
いや、訂正。犬じゃない。狼としておこう。
なんにせよ、俺は何度目かわからない拘束を受けることになった。
(続く)
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