SS第13話 臆病者
第13-1話 最速を目指して
惑星ヴァイムスは巨大な星で小惑星帯が輪になって取り囲んでいる。
レースはこの惑星を一周するのだが、コースの前半と後半の真ん中が、それぞれ小惑星帯を抜ける部分にあたる。
さて、自己紹介をしよう。
俺の名前は、とりあえず、ロケット・ボーイとしておく。みんなは俺をボーイということが多い。舐められているようにも思えるが、しかし、実際、俺は十六歳の高校生だ。
両親は別の惑星で生活していて、俺はヴァイムスの巨大な宇宙基地にある高校で生活していた。少人数教育がモットーの、進学校。当然、全寮制だ。
ただし、俺はほとんどお荷物か、あるいは、ある場面では格好の掲示板、広告に等しい。
ヴァイムスレースと呼ばれるそのレースはコースを一周するスピードで競うことになる。
様々なレギュレーションがあるけど、それはすぐには説明できないので、割愛。
コースを一周するのには平均で五十五分、と言われるが、この五十五分は、ほとんど形だけ。
レースに参加する三十二機の機動艇のうち、十機ほどは小惑星でお陀仏になる。安全は確保されていているので、死ぬのは機体だけだけど。
五十五分というのは、だいぶ低く見積もられている。
トップレベルのパイロットとその機体は四十分を切らんばかりの速度だ。
ちなみに俺のベストタイムは、四十三分で、その時は優勝した。
今の所、一回だけの優勝だ。
さて、話を現在に戻そう。
宇宙基地に併設の、レース用マシンのための小格納庫で、俺は仲間たちと議論していた。
口論とも言うが。
「姿勢制御までのタイムラグがなければ、あの小惑星には当たらなかった!」
「あれはお前の操縦ミスだろ!」
「操作はしている! ログを見ろ!」
「お前の対応が遅れているログが出るさ!」
「機体への反映がさらに遅いからの接触だってこと!」
レースが終わって二時間が過ぎていて、俺と整備士の一人は、延々と怒鳴り散らしているのだった。
整備士は規定で三人までで、残りの二人は黙々と作業をしていた。
レースはうまくいくかと思っていた。
前半の小惑星帯を抜けた時点で九位だった。加速するゾーンで一機をオーバーテイクして、八位に浮上。すぐ前に七位の機体があった。
そのまま後半の小惑星帯につっこみ、結果、小惑星と接触した。
メインの推進器は生きていても姿勢制御用のスラスターの四割が破損した。
さらに三つある燃料タンクのうちの一つが脱落していて、それはどこかの小惑星に突き刺さっていて、機体からもぎ取られたらしい。
結果、のろのろ運転で、どうにかゴールンたどり着いたが、結果は二十二位だった。残りの十機はリタイアで、俺が最下位だったわけ。
「ボーイ、ちょっといいかい?」
俺とやりあっているのを無視していた整備士が、声をかけてくる。こいつもだが、俺のチームは全員が高校生だ。スポンサーもクラスメイトの父親だった。変な酔狂を発揮して、このチームは成り立っている。
「ここを見てくれ」
こことやらを見るために、俺は機体を上から見れる作業台へ登った。
「ここだ、見えるかい?」
指差すところを見て、さすがに俺もぎょっとした。
そこは超小型の機動艇の、後方に据えられたメインの推進器の骨格だった。
俺から見て、盛大に歪んでいる。推進器自体はわずかにしかずれていないように見えるが、これは他の部分に相当な負荷がかかっているだろう。
「このダメージは、ちょっとひどいな」整備士が視線を遠くに向けた。「一度、推進器を下さなくちゃいけない。それから機体の骨格の全部を精密検査だ」
「どれくらいかかる?」
「工場に予約を入れて、五日後かな」
これにはさすがに動揺した。
「次のレースは七日後だぜ。それに、工場送りにするとペナルティを受ける」
「なんとかなるだろう。ならなければ、不参加だ」
俺がなおも言い募ろうとした時、格納庫に人が入ってきた気配があり、俺はそちらを見た。
「へい、ボーイ、最下位おめでとう!」
入ってきた二人は大学生風だが、片方はひょろひょろしている割に視線が攻撃的で、もう一人は体格のいい、石像のような男だった。
この前のレースでトップをさらった、リンシャンというチームのパイロットと整備士だった。
何かと俺たちに絡んでくるのは、性格が悪いからだろう。
「やっぱりお前たちのマシンは弱っちいな。うちのマシンで二台は買えそうだ」
細身の方がニヤニヤ笑いつつ、手にしていた酒瓶を煽る。パフォーマンスが過剰だ。
俺は作業台を降りて、他の作業員に目配せしてから、彼らの方へ歩み寄った。
「おい、このガイコツ野郎、うちの格納庫に入るなよ。関係者以外立ち入り禁止、っていう文字が読めないのか?」
これでもかと睨みつけてやる。奴らは少しも臆した様子もなく、軽く肩を持ち上げて、それから出て行った。
「次のレースは棄権だぞ、ボーイ」
俺と口論していた整備士が声をかけてくる。
「絶対に出る。奴らを出し抜いてやるんだ」
結局、これが最悪の展開になるのだが、その時は知る由もない。
整備工場へ機体を運ぶと、ペナルティを受ける。このレースは基本的に自分たちだけで機体を整備するのが基礎要素だ。
俺たちは自分たちで推進器を外し、それからできる限りの方法で、メインフレームを修正した。推進器は四日で積み直し、何度も試験飛行した。何の問題もないようだった。
レースの当日になり、予選でもまずまずの結果により、十一位からスタートできる。
スターティンググリッドに並び、スタートのシグナルの赤が、一つずつ増えていく。
赤が三つ並び、全てが緑に変わる。
俺はスロットルを全開にして、操縦桿を強く握る。
機体が激しく揺れつつ、高速で前進し始める。
最初の小惑星帯に突っ込む前の四分の一周は、コースが厳密に決められている。これを逸れるとペナルティ。
この部分ではオーバーテイクは難しい。とにかく順位を確保するしかない。
『フレームに変な加熱があるぞ』
整備士はレース中は情報交換の相手になる。こちらでも情報をチェックできるが、レース中によそ見する余裕はない。
機体の振動がわずかに大きくなっていた。不安になるが、気にしている暇もなかった。
最初の小惑星帯のエリアにたどり着いて、その岩石の群れを見た時、集中の段階が、ひとつ、上がる。
ここからはコースはない。小惑星の間をすり抜けるのだが、これが複雑さを一層、増している。
最短距離が分かりづらいのだ。最短距離で飛んだとしても、加速できなければ、遠回りでも早く飛んだ他の機体に抜かれたりするのがザラだ。
際どいところで小惑星をやり過ごすと、すぐに次の小惑星が迫る。
息することさえも忘れるほど、必死に障害物をかいくぐる。
ちょっとした衝撃が機体を揺らす。軽く接触したらしい。刹那だけ、視線で操縦席に投射されている機体の状態の表示をチェック。スラスターの一つが黄色い表示になっている。死んではいない、まだ行ける。
前方に大きな小惑星が出現、機体を瞬時に直立させ、推進器を全開。
機体の底部が小惑星を擦る。くそ!
どうにか制御を保ち、小惑星を離れ、また別の小惑星の隙間へ突っ込む。
『ボーイ! まずいぞ!』
無線からの声は、ほとんど聞こえなかった。
めちゃくちゃな音がヘルメットの音量調節機能を超過した、いや、違う、俺の体に直接、音が伝わっている!
視界が振り回され、シートにベルトで押し付けられている体も前後左右上下、全くわからないほど搔き回された。方向感覚を消失。
視線は機体の状態を示す表示を見た。
推進器が黒になっている。
黒?
黒は、喪失を示す。
停止は赤になるはず。
考える間もなく、前方に小惑星らしいものが迫り、未体験の強烈な衝撃で、俺は意識を失ってしまった。
(続く)
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