第12-4話 誰も追いつけない場所
フィールドは、どうにか耐えてくれた。
『大気圏外に出ます。衛星軌道上で常駐艦隊が展開中』
「さっさと亜空間航法で離脱しよう」
『私にはその計算システムがありません』
またそれか! 誰だよ、この欠陥だらけの人工知能を設計したのは!
『私はまだ未完成です。私に怒りをぶつけないでください』
「俺は何も言っちゃいない! くそったれな設計者を心の中で罵ったがな!」
俺はまだ接続されたままの自分の端末を操作する。それしかない。
「俺の端末で計算するから、それに従え!」
言っている間にも前方に、帝国軍の艦隊が見えてくる。
すぐにでも粒子砲の攻撃が始まるだろう。この船のフィールドは脆弱すぎると、俺もさすがに気づいている。
地上からの対空砲で四割も削られるのなら、艦隊の集中砲火に耐えられるわけがないのだ。
「操縦桿を出してくれ、俺が操縦する!」
『了解』
手元に操縦桿、と言うより半球のようなものが出てくる。
『圧力を感知します』
「初めての経験だよ」
『帝国軍の試作操縦桿です。女性に触るように、優しくどうぞ』
くそ、くだらない人工知能め!
半球に片手を置いて、俺はそれに力を加えた。
はっきり言って、暴れ馬というか、猛牛というか、そういうものに乗っているような感じだった。
試作機はめちゃくちゃな軌道で飛び始める。
なんて仕組みだ。この半球型操縦桿の扱いには、熟練の技術がいるらしい。
ふざけたシステムだな! 直感的に操作できるように俺なら設計するぞ!
それでも操縦者が自分でも予測していない動きを、帝国艦隊が捕捉できるわけもない。
しかし粒子ビームが当たるたびに、フィールドがごっそり持って行かれる。
その時、手元の携帯端末が電子音を上げる。エラーが起きている。ダメか、あまりに機体の動きが不規則で、計算が及ばない部分がある。
「レイ、計算結果を把握したか!」
『しました。計算を補正して亜空間航法を起動するには、今の出力で三秒の直進が必要です』
「やってくれ!」
返事もなく、機体の制御が俺の手を離れ、機体がまっすぐに飛んだ。
前方から粒子ビームが直撃し、フィールドが目の前で全て弾け飛ぶ。
が、すべてが一瞬で真っ暗になる。
死んだかと思った。
違う。これは、亜空間航法の光景だ。
「生きているんだよな? 俺は」
『亜空間航法は正常に起動しました』
シートにもたれかかり、俺は息を吐いた。
亜空間航法が終わった時、事前の予定の通りの空間に放り出された。
亜空間通信は傍受を避けるために控えていたので、やっとマクスターと連絡が取れそうだったが、今度は彼の方が亜空間航法を発動しているようで、通信不良が起こり通じなかった。
『ありがとうございました、ペンスさん』
試作機にはリビングのスペースがなかったので、俺は操縦室にいて、前方には星の海が広がっている。
レイの言葉に、俺は雑に答えた。
「気にするなよ、かなりタフだったが、楽しめた」
『問題がまた一つ、あります』
「またかよ。なんだ?」
『試作機なもので、酸素残量が心もとないです。あるいは、窒息するかも』
とんでもない展開だったが、もう慣れてきたようだ。
「マクスターを待つしかないな」
結局、俺は窒息しなかった。マクスターの乗った警備艇が到着し、俺はハッチでそちらに移動した。
「めちゃくちゃなことをしてくれたよ、ペンス」
俺の顔を見るなり、マクスターは不機嫌そうに言った。
「仕事はちゃんとこなしたぜ。人工知能を回収した。ついでに技術者も拾い上げた。だろ?」
マクスターの後ろには、俺が身分証を渡した技術者の男が立っている。
それから警備艇の中でちょっとした打ち上げがあり、今度こそ、ちゃんとワインを飲んだ。
しかしマクスターがすぐに酔っ払って嫌味しか言わない状態になり、それほど心踊ることのない打ち上げと化した。
そうこうしていると、警備艇と試作機が漂う空間に、中型の宇宙戦艦がやってきた。
それに警備艇と試作機が接舷し、俺と技術者はほろ酔いで、マクスターはぐでんぐでんに酔った状態で、戦艦に移乗した。
そこで俺は意外な人物と再会した。
「あんたにまた会えるとは思わなかったぜ」
俺の言葉に、彼は穏やかに笑ってみせる。控えめな男だ。
「無事で何よりです、ペンス」
「あんたの誘いに乗って、スリリングだったよ、シェーン・クルーンズ」
シェーンと俺は固く握手をして、二人だけで通路を進んだ。
「六合会には和解金を支払っておきました」
「気前がいいな。それで俺への報酬は無しかな?」
「そうなるはずでしたが、思わぬ手土産があった」
そうか。
「一人の技術者と、一隻の試作機、だな」
「技術者の方は、面倒な事態です。結局、他の協力者も引き上げないといけませんからね。あなたへの報酬は、試作機だけです」
「いくらで売れるのか、そもそも売ることができるのか、謎だけど」
シェーンが肩をすくめる。
「売らなくてもいいじゃないですか」
「あんなじゃじゃ馬を乗りこなすのは、楽じゃないぜ」
シェーンは微笑んでいる。
「冗談じゃなく、あれは、大変な機体だよ」
「しばらく、私たちと一緒に、あれで遊んでみませんか?」
「試運転、ってことか」
俺は改めてシェーンを見た。
「六合会は俺をもう追ってこないのか?」
「そのはずです。ただ、彼らもあなたとはもう仕事をしないでしょうけど」
「俺が反乱軍専属の運び屋になるように、仕向けてる?」
やっぱりシェーンは少しも動じない。
「それも良いと思いますよ。私たちは麻薬は扱いませんが」
やれやれ。
その後、俺は宇宙戦艦の艦長と面会し、軽い労いの言葉とタバコ一箱、酒をひと瓶、もらった。シェーンが先に部屋を出て、俺は艦長と二人になった。
「シェーンくんから聞いていると思うが、我々とやるかね?」
「考えています」
「のんびり考えてくれたまえ。とりあえずは私の権限で、あの船の船長は君にしておく」
どうも、と軽く敬礼の真似事をしたら、笑われた。
部屋を出るとシェーンが待っていて、二人で来た道を戻った。
「しばらく世話になるよ、シェーン。あんたのことを階級で呼ぶのはまだ先にするつもりだがな」
「良いでしょう」
彼が立ち止まり、俺も立ち止まる。
ついさっき握手をしたはずが、また握手をすることになった。
俺はその場で酒瓶の栓を抜いて、一口飲み、その瓶をシェーンに突き出す。彼も受け取り、一口、飲んだ。
「それで、ペンス船長、あの船にはなんて名前をつける?」
「そうだな……」
なんとなく、その言葉が浮かんだ。
「六連星……」
「六発の機体だからですか?」
「そう。ちょっと語呂が悪いな。そうだな、スバル、が良い」
二人で通路を少し先へ進み、その窓から試作機が見えた。
「この船は、これからスバルだ」
軽くシェーンが頷いた。
「良い名前です」
俺はしばらく、その機体を眺めていた。
(第12話 了)
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