第11-2話 地獄の出現

 帝国の辺境惑星の一つに、ロストニア、と呼ばれる惑星がある。

 地球化により、地上では普通に人が住める。

 しかしこの惑星は、実験惑星、という位置付けになっているのが、特殊だった。

 何を実験しているのか。

 それが、人間を統治する手段、だった。

 この惑星の住民の半数は犯罪者か、反乱軍の捕虜だとされている。それ以外は、最初の入植者から始まる人々で、何の罪も犯していない。

 ただ、この惑星に生まれたこと、生きていることは、幸福ではないし、むしろ不幸だ。

 ある瞬間から、帝国はロストニアを実験の場とした。

 その時から、この惑星は、「帝国の地獄」と呼ばれ始めた。密かに、だが。

 僕も名前は聞いていたけど詳細を知ったのは、ヒース少佐から受け取ったレポートと、自分の耳と目、肌で、その惑星を感じてからだ。

 ヒース少佐とその部下と計画を詰めて、宇宙母艦には一週間、滞在し、そこからロストニアまで一般の客船に偽装した反乱軍の船で三日の旅。ロストニアの宇宙空港で偽装した身分を名乗り、新聞社の記録記者という立場で僕はロストニアの地上に降り立った。

 地上に降りてみると、普通の町に見える。

 違うのは、音がほとんどしないことだった。生活音というものがほとんどない。

 道を行く人は伏し目がちにして、まるで衣擦れの音を恐れるような素振りだ。誰かと一緒でも喋りもしない。足音や衣擦れのかすかな音がやけに大きく聞こえるほど、不自然な静寂が、全ての音の底の方に溜まってる。

 僕は即座にカメラを回し始めた。

 が、早速、この惑星の洗礼を受けた。

 どこからともなく警官の制服の男が二人、現れて、僕の腕を掴んだ。その時、撮影に意識を取られていて僕は警官に気づいていなかった。

「身分証を見せろ」

 僕は慌てて、反乱軍が偽造した身分証を見せた。警官はそれをチェックし、手元の端末でどこかとやり取りをしていた。

 僕の手を離すと、こちらの腕のあたりを指差した。

「報道関係者の腕章をつけろ」

 これは基礎的なことだった。

 半分はこれからの撮影への希望で失念していたけど、半分は意図的につけなかった。

 報道関係者としてではなく、一人の旅行者として撮影をしたかったから。

 まさか警官の前で、たった今の警官の指摘を無視するわけにはいかない。

 僕は鞄から取り出した腕章を腕につけ、彼らにペコペコと頭を下げ、またカメラを回し始めた。警官たちの後ろ姿も撮影したし、彼らに捕まっている間も、カメラは回っていた。

 このカメラは、僕が先輩から譲り受けたもので、反乱軍の備品ではない。

 反乱軍は最新のカメラを僕に使うように言ったけど、それではあまりに怪しい、と僕は反論し、結果、先輩のカメラを取り戻し、それを持ってきた。

 さて、ロストニアの特殊性を撮影しつつ、見ていこう。

 まず、街中には銀河帝国皇帝の写真が大きく印刷されたポスターが何枚も貼られている。

 そのうちの三分の一ほどは、破れているか、汚れている。汚れも、自然の汚れではない。生卵か何かがぶつけられたような、そんな汚れ方だ。

 そして街を行くと、先ほどの警官二人の同僚だろう警官たちが、巡回している。

 彼らの腰には拳銃が差し込まれている。

 こんなに警官が多い街を僕は知らない。そしてその警官が、明らかに殺気立っているのだ。

 この印象が、ただの先入観や思い込みではないことは、すぐにわかった。

 何の前触れもなく、目の前で悲鳴が起こり、そちらへカメラを向けると、浮浪者らしい男性を、一人の警官が足蹴にしていた。その警官の相棒は、無表情な顔でそれを見ているだけだ。

 相手が悲鳴をあげ、必死に体を丸めているのも構わず、警官のブーツのかかとがめり込み、つま先が食い込んだ。

 僕のカメラが周囲を写す。

 市民は遠巻きにそれを見るだけで、それだけだ。

 その市民の目には恐怖、そして怯えがあった。

 事前に知らされていなければ、僕はこの映像を撮影しただけで有頂天だったかもしれない。

 そう、ここがロストニアでなければ。

 結局、浮浪者は動かなくなるまで暴力を受け、そのまま捨て置かれた。その頃には周囲の市民は無視を決め込み、輪もなくなっていた。いや、輪は元からほとんどなかった。

 警官の後ろ姿をそっと撮影し、それから倒れている浮浪者にレンズを向ける。

 彼はゆっくりと起き上がると、よろめきながらどこかへ行ってしまった。

 実験惑星と呼ばれるロストニア、その本質はいかに国民を制御するか、である。

 例えば、帝国皇帝の写真のポスターを破いたり、汚したりすれば、これは大きな罪になる。

 そんなことはわかりきっている。

 実験惑星で観察されているのは、破れたポスターや汚れたポスターを前にして、人間がどう反応するか、である。

 これが警官の暴力にも言える。公正で、正義を守るはずの警官が、不条理な暴力、過剰な暴力を行使するのを前にして、人はどう反応するか。

 破れたポスターに冷笑を向けるものは、帝国国民ではない。

 国家権力である警察に否定的なものは、帝国国民ではない。

 つまりこの惑星、この都市は、帝国国民の中に紛れ込んでいる反乱分子、というより、反帝国的な思想の持ち主を、より効率よく探り出すための、その手法の確立のためにのみ、存在する。

 もし帝国皇帝のポスターを否定的で見るものを、何らかの素振りなどで見抜けたら。

 もし警察を疑うようなものを、ちょっとした態度で見抜けたら。

 この惑星は絶対的に帝国が正しく、決して帝国を疑ってはいけない、そういう星である。

 そうでありながら、帝国への否定や疑いが、餌のようにぶら下がっている星だ。

 僕の任務、というか、仕事は、ロストニアの実情をつぶさに撮影し、反乱軍のプロパガンダの中の一つとして、仕上げることになる。

 到着初日で、警官による暴力を三回記録し、無抵抗の市民が三人、何らかの罪で警官に連行されていく映像が撮影できた。

 はっきり言って、初日だけでも僕はもう、限界だった。

 この惑星は、帝国の正義を追求するためにあるのだろうが、この惑星には、正義がないのだ。

 あるのは暴力と権力という、分かりやすい力だった。

 市民には何の力もない。

 ただの観察対象であり、同時に、周囲に波紋を広げるために、川に投げられる小石のようなものに過ぎない。

 ホテルの部屋で荷物を降ろすと、僕は映像のバックアップを取り、それから食事に出かけた。

 カメラを手放さなかったのは、特に理由はない。

 ホテルの近くの料理屋が開いていて、中に入った。

「撮影は困ります」

 店員が小声で言ったので、僕はスイッチを操作した。

 正確には、操作したように見せただけで、撮影は続行だ。

 狭い店で、二人が向かい合うテーブルが四つと、あとはカウンターに六席がある。

 カウンターでは一つの空席を置いて三人が何かを飲んでいた。酒だろう。三人ともが無言のまま、片隅に置かれた立体映像の投射装置の方を睨んでいる。テーブルには誰もいない。

 僕はテーブルの一つを選び、席に着いた。

 メニューから適当なものを選び、待っているとすぐに料理が運ばれてきた。 

 事前の情報では、料理を注文したり食べることさえも、管理の対象らしい。

 息がつまる場所だ。まるでどう首を絞めれば窒息するか、試されているみたいだ。

 一人だったこともあり、僕は無言で料理を食べた。美味くも不味くもない。

 すぐに席を立って、料金を払った。三人の客は、まだ黙っている何かを飲んでいる。まるで人形のような気配。

 ホテルの部屋に戻ると、ドアの鍵が壊されていた。

 驚いて中に入ると、カバンの中身が散乱している。

 気を落ち着かせるために深呼吸して、荷物を確認した。なくなっているのは、身分証と、予備の財布、そしてさっきバックアップを記録したメモリーカードだった。

 誰がやったにせよ、悪質だが、しかし、事を荒立てるのは得策ではない。

 ここでは、権力にもの申すと、そこで全てが終わってしまう。

 ホテルの受付に電話をかけて、事情を説明した。すぐに担当の男性がやってきて、僕に謝罪した後、新しい部屋に案内してくれた。

 さすがに次の日は、別のホテルに部屋を取った。



(続く)

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