第10-2話 メッセージ

 僕は自分の端末に、スターウォッチャーの映像を何本か取り込んであって、ちょっと改造している。

 別に違法に使うとかじゃなくて、解像度を上げているのだ。

 スターウォッチャーの映像は、明らかにカメラが旧式で、画質が悪い。ソフト面でそのハードの弱さを補完しているようだけど、僕はそれをさらに補正しているわけだ。

 そうすると、本当に細部まではっきりと見えてくる。

 ただし、映像の情報量が爆発的に増えてしまうので、そう何本もは保管できない。

 記憶装置を母さんに買ってもらって、今、僕の部屋にはその記憶装置が五台ほど、並んでいる。そのうちの四つはすでに限界までデータが詰まっていて、一つは今、データを入れているところだ。

 その日は全ての宿題を終えて、日付が変わる頃まで、例の投稿サイトを眺めていた。

 目が疲れたので、一旦、ディスプレイを外し、目薬をさしてから、ちょっと迷った。

 今日はもう生中継を諦めて、早めに寝るべきだろうか。昨日の夜はなかなか眠れなくて、睡眠時間が短かかった。

 明日の朝が不安でもある。

 ま、別にいいか。もう遅刻しすぎていて、今更、気にするのも馬鹿らしい。

 起きているのなら、眠気覚ましにコーヒーでも飲むか。

 一階に降りて、キッチンに入る。電気ケトルでお湯を沸かして、インスタントコーヒーを愛用のカップで作った。

 戸棚からチョコレートの板を取り出し、かじりつつ、コーヒーをすすった。

 その時、チャイムが聞こえた。

 これは生配信を告げるチャイムではなく、家の共用の端末にメールが届いた音だ。

 僕は何事もないように、それを眺めつつ、まあ、チョコレートを食べ終わったら確認するか、という程度の気持ちだった。

 しかし、突然、母さんの部屋のドアが激しく開いたので、危うくコーヒーをこぼすところだった。

「あ」

 バツが悪そうに寝間着姿の母さんがこちらを見る。

「起きていたのね。また遅刻するわよ」

「うん」

 母さんは端末を取り上げると、メールを読んで、やっと肩の力を抜いた。

「父さんは後方にいるんじゃないの?」

 壁に寄りかかったまま、僕が尋ねると、母さんは顔をしかめた。

「軍人であることに変わりはないのよ」

「帝国軍って、そんなに切羽詰まってる?」

「どうかしらね。私は報道は信じないから。気になるなら、父さんのメールをたまには見なさい。じゃ、おやすみなさい」

 ひらひらと手を振って、母さんは自分の部屋に戻っていった。

 僕はなんとなく、端末を手にして椅子に座り、コーヒー片手に、久しぶりに父さんのメールを読み始めた。

「元気かい?

 こちらは後方にいるけど、待機命令が出ていて、これも艦内から書いている。

 まぁ、雰囲気としては、形だけの待機で、前線に出ることはなさそうだ。

 あるとしても輸送船の護衛くらいだろうね。

 おっと、待機命令は解除された。

 またメールするよ」

 これが、一ヶ月前のメール。次は一週間後だ。

「こちらは変わりないよ。

 また巨大な射的ごっこに精を出している。

 帝国軍の豊かさには驚かされるよ。

 何せ大量の鉱物燃料がどんどん燃焼門に放り込まれているんだから。

 これだけの力があるのに、反乱軍に手を焼くとは、どうなっているのやら。

 と言っても、僕に戦場に出ろと言われても困るけど。

 またメールします」

 その次はおおよそ二週間後だ。

「ちょっと緊張が走ったことがあった。

 待機中に、突然、敵襲を知らせる警報が鳴り響いたんだ。

 でもこれは手違いで、亜空間航法で跳躍してきたのは、味方の輸送船団だった。

 誤報だったから良かったものの、あの輸送船団が反乱軍の武装船だったら、と思うと肝が冷える。

 まったく、気分の悪い誤報だった。

 またね」

 そして最新は、今さっき届いたメールだ。

「こちらは平穏。

 乗っている艦の機関に異常があって、ドックに入ることになった。

 まぁ、僕たちには休みもないけど。

 空いている練習艦に乗って、またひたすら訓練だよ。

 さすがに射的にも飽きてきたけど、軍人だから仕方がない。

 ただ、妙な雰囲気もある。

 ここのところ、鉱物燃料と弾薬が基地に大量に届いているんだ。

 まったく、気になって仕方がない。

 またメールするよ」

 そんな内容だった。

 検閲を受けてもおかしくない内容だけど、まぁ、その点は送信元の端末の位置がわからないので、それで十分なのかな。

 そうでなければ、帝国軍は、反乱軍に向けて、情報収集していない、という姿勢を見せたいのか。

 いやいや、そんな馬鹿な。余裕を見せても、相手が油断するわけもない。

 僕は端末を充電器に戻し、コーヒーを飲み干すと、残ったチョコレートを手に二階に上がった。

 端末を確認するけど、まだ生配信は始まらない。時間は過ぎて、すでに日付は変わっていた。

 僕はカーテンを開けて窓の外を見た。

 今日は雲が少ない。星がよく見えた。流れ星が一瞬、強く光った。

 チャイムが鳴った。生配信だ!

 僕はチョコレートをかじったままでディスプレイを被った。

 スターウィッチャーの生放送で映ったのは、真っ白い球体で、つまり氷河期にある惑星だ。大気があるようだけど、雲はほとんどない。

「綺麗ですね。生き物はいるのかな?」

 ほとんど自動的に、メッセージを送っていた。

 それに即座に返事が来た。

「生物は、氷の下の海にいるようです」

 またスターウォッチャーの返事がもらえた!

「原生動物ですか? じゃあ、地球化で死んじゃいますね」

「人間の罪悪ですね」

 また返事だ。

 それから僕は十分ほど、スターウォッチャーと文章で会話をして、生配信は短く終わった。

 その三日後にまた生配信があり、別の惑星の映像が流れ始めた。地球化が行われている最中の惑星で、衛星軌道上にいくつかの宇宙基地が浮かんでいる。

「原始の惑星のさらに原始の姿ですね」

 僕がそう送ると、スターウォッチャーは少しの時間の後、

「すべてがここから始まるんですから、不思議なものです」

 と、返事があった。

 この時も十分ほどやり取りをして、生配信が切り上げられる。

 こんな具合で、僕とスターウィッチャーは、メッセージのやり取りをするようになった。

 生配信の時間だけに限られていたけど、僕にはものすごく特別なものに思えた。

 まるでスターウォッチャーが僕のためだけに、色々な惑星の映像を中継してくれているように、思えた。

 今までになく、僕は生配信が待ち遠しく、期待に満たされて、その時を待ち構えた。


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