第4-3話 帰還

「この度の不手際に対する賠償金はこちらに」

 服が置かれている机に、マネーカードが置かれた。

「地上までお送りします。着替えられたら、通路へ出てください。お預かりしていた荷物も、お返しします」

 ここで号泣しなければ、嘘だろう。

 俺は控えめに涙を流し、兵士を拝む素振りをした。兵士は気まずそうに通路へ出て行く。

 この部屋にも監視装置はあるはずなので、俺はゆっくりと着替えて、マネーカードをポケットに滑り込ませる。

 通路に出ると、さっきの兵士が箱を持っていて、その中に俺の荷物がある。カバンを手に取ろうとするが、両手は破壊されたままで、うまく持てない。それでもどうにか、抱えた。

 宇宙母艦から輸送シャトルで惑星トドロへ降りた。

「それではお気をつけて」

 シャトルから降りる時、何もしらない兵士が声をかけてくるのを、うつろな顔で応えてやる。

 基地を出て、俺はまず医者を訪ねた。

 トドロの首都の、裏道にある病院だ。今時、専門医はほとんどおらず、開業医は何でも治療する。

 治療と知ってもナノマシンや様々な高性能の薬物を投与したり、機械任せの手術だからだ。

 その病院には、すでに二人の患者が待っていた。三番目に俺は治療室に入る。

「生きているとは、驚きだよ」

 医者の形をした男が、感慨深げに俺を出迎えた。

「遺伝子情報で引っ張られた。そちらの不手際だぞ」

 俺は両手を医者に差し出しつつ、文句を言ったが、医者は平然としている。自然な動作で爪を促成再生させるジェルを指先に塗り、折れている十本の指を強制し、ギプスをはめていく。

「あんたは遺伝子操作をしすぎているんだ。どうしても完璧とはいかない」

「生きて戻れたんだ、良しとするよ」

 治療はすぐに終わった。最後に医者がコーンスープのようなものを出してくる。

「そのガイコツみたいな顔も、こいつで少しはマシになるぞ」

「一ヶ月ほど、何も飲み食いしていないんだ。我ながら、死なないのが不思議だよ」

 コーンスープは、人工的な味付けだったが、とろりとしていて、その食感さえも美味い。

 飲み干して立ち上がった俺に、医者が言う。

「それで、『シャドー』、基地に戻るのか?」

「不自然にならなければな」

「体には気をつけろ。食べ物もまずは重湯からだ」

「そんなやわな体じゃないさ」

 俺は病室を出て、帝国軍がくれたマネーカードで支払いをした。

 トドロのホテルに部屋を借り、その日は早く眠った。久しぶりに寝台に横になると、逆に違和感があるな。

 翌朝はすっきりと目覚め、食堂へ食事に行った。重湯なんてあるわけがない。

 医者にはああいったが、健康のために、パンをホットミルクに溶かし、ドロドロの名前もないものを作って、それをすすった。周囲の客の目が痛いが、気にしてはいられない。

 帝国軍の監視は絶対ない、とは言い切れない。

 それにしても帝国軍の奴らめ、両手の指を全部折られる不便さを、承知しているんだろうか?

 その日は外へは出ずに、また眠りこけた。夕飯は今度は、本物のコーンスープにパンを入れた流動食になる。

 同じように三日ほどを過ごし、また病院に行く。同じ病院でも、医者は別の医者で、カルテを見て、何も言わずにギプスをはがしてくれた。

 両手の指はもう元通りだ。ナノマシン治療は、本当に神の御技だな。

 仕上げの注射を受けて、俺は病院を出た。

 一度はこの星を出る必要がある。金はあるし、身分証も帰ってきている。

 ただし、連中に仕返しをするのは、忘れないでおこう。

 その翌日の昼間、民間のシャトルで衛星軌道上の宇宙空港に上り、民間の星間航行船で俺はトドロを完全に離れた。

 三回ほど乗り換えて、銀河辺境に近い空港に降り立つと、若い男が俺を待っていた。

「元気で何より、シャドー」

 彼はドクターと呼ばれる、仲間の一人だ。

「ドクターのヘマがなければ、こんなことにはならなかった」

 俺は軽く相手の胸を叩く。すでに体力は戻りつつあった。

「みんな、君の帰りを待っているよ」

「そうかい。パーティーが楽しみだ」

 そこからドクターの小型艇で亜空間航法を使い、やっと我が家にたどり着いた。

 宇宙空間に浮かぶ、大型の宇宙母艦ゲッコーだ。

 反乱軍の、拠点の一つである。

 出迎えた仲間を押しのけ、憲兵が来る。今度は反乱軍から、俺が情報を漏らしていないか、確認されるわけだ。

 やれやれ。

 なんか、俺の人生って、ほとんどこんなことばかりだな。

 一週間の取り調べは、もちろん、穏やかで、落ち着くものだ。

 無罪放免になり、俺は休暇をもらった。

「へい、シャドー。どこか行くのかい?」

 格納庫に入った俺に、機動戦闘艇の操縦士の知り合いが声をかけてくる。

「重要な用事さ」

「スパイの会合か何か?」

 ニヤニヤ笑う相手に俺も笑みを見せる。

「お礼参りさ。じゃ、急ぐんで」

 操縦士は不思議そうな顔をしていた。

 小型艇に乗り込んだ俺は、人工知能に亜空間航法のための計算を始めさせる。

 もちろん、行くべき場所は決まっている。

 トドロだ。


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