第2-3 裏切り

 反乱軍の基地かと思ったら、たどり着いた先は宇宙母艦が一隻、浮いているだけだった。

 フランクスとアラスカンは同時に格納庫に入れないということで、まずフランクスが格納庫に入っていった。

 宇宙母艦はどこでも見たことのない型で、名前もわからない。もしかしたら様々な宇宙母艦の継ぎ接ぎかもしれない。

 格納庫に降りても船の制御権は向こうが持っていて、まず積んでいた鉱物燃料が全部、降ろされた。

 反乱軍の連中は重機のようなものを使って鉱物燃料を運んでいた。自動化はされていないのだ。それもそうか。帝国軍とは規模が違う。

 鉱物燃料を全部下ろすと、やっと乗組員の移乗が許可された。

 フランクスにはタース曹長、俺、そして機関士が一人しかいない。この機関士も亡命を希望していて、驚いた。

 しかし俺は俺のやることをやるしかない。

 格納庫に突撃銃で武装した兵士が四人ほどやってきて、俺たち三人を囲んで移動し始めた。

 ここで銃を奪い、誰かを人質にとり、適当な船で脱出する。

 理屈は簡単でも、難しそうだ。

 それに今の状態では、この宇宙母艦の位置を知っている、という程度の情報しかない。

 もっと大きな情報を掠め取ろう。

「少尉」タース曹長が囁いた。「余計なことはしないことです」

 この裏切り者は、さっさと殺しておくんだった。

 しかしもう遅い。

 俺たちは宇宙母艦の通路を抜け、留置施設に放り込まれた。

 アラスカンからは誰も亡命を希望しなかったようだった。

 留置されていたのは四日ほどで、まずはタース曹長が出され、戻ってこなかった。もしかして殺したのか? と不安になったが、機関士は黙り込んでいて、俺は不安を胸うちに押し込めた。

 その二日後、俺が出された。

 取調室には、二人の男がいた。いつかの臨時法廷を連想させるのが、不愉快だ。

 片方の男は明らかに事務方の、ひょろっとした男だ。もう一方の男は真逆で、俺よりも背が高く、反乱軍の制服が今にもはち切れそうなほど、ガタイがいい。

 そのデカ物の方が俺の前に座り、事務屋は横にいる。

「俺はレッカー大尉だ。よろしく、ローディ少尉」

 手を差し出されて、俺は仕方なく握り返した。大尉の手は分厚くて、俺の手が子供の手のようだ。事務屋は紹介もされず、名乗りもしない。

「さて、少尉。亡命を希望しているということだが?」

「ええ、その通りです」

 留置されている間に考えていたことを、俺は一方的に話した。

 帝国軍に対する不満や、銀河帝国の政治や経済について、徹底的にこき下ろした。

 最初はニコニコしていたレッカー大尉が少しずつ真顔になり、最後は苦り切った顔になる。

 俺は構わずに喚き続けた。

「もういい、わかった、少尉、落ち着こう」

 レッカー大尉がそう言うまで、俺は言葉を止めなかった。

「君はどうして陸軍の所属なのに、輸送船に乗っている?」

「不祥事を起こしました。しかし、私は少しも悪くありません」

 その一言で、事務屋が端末に何かを入力している手を止める。そしてレッカー大尉と視線を交わしている。

「不当な処罰によるものです」

「そうかね」

 レッカー大尉が短く応じると、何かを考えた素振りの後、事務屋に小声で指示を出した。

 その後、俺は取調室から狭い部屋に移された。独房ではない。兵舎の中の一室のようだった。

 取り調べでスッキリしたのか、寝台に横になるとすぐに眠ってしまった。

 目が覚めたのは、誰かがドアを叩いている音に気付いたからで、自分の眠りが相当深かったことを考えつつ、どうにか寝台を降り、ドアを開けた。

「少尉殿」

 そこにいたのは昨日見た、事務屋だった。

「出頭命令です」

 出頭命令? 俺は反乱軍の一員になったのか?

 しかも少尉だと?

 反乱軍でもその地位なのか、それともまだ形だけ?

「どこへ行けばいい?」

「格納庫へ。こちらへ」

「格納庫? どこへ行くのだ?」

 問いかけには答えず、事務屋は背中を向けて歩き始める。やれやれ。俺は仕方なく帝国陸軍の上着を羽織り、腰に無反動拳銃を差し込んで、駆け足で後に従った。

 格納庫にはフランクスがあった。帝国軍に対する工作などで使えそうだな。

 導かれた先は小型の輸送船で、俺が乗り込むと先に乗っていた二人が目礼する。その二人の奥にレッカー大尉がいた。事務屋が彼の横に座る。俺は空いている席に腰を落ち着け、シートベルトを締めた。

 乗り込むのに使った階段が収納され、機体が浮き上がるのが感じられた。

「どこへ行くのです? 大尉」

 耐えきれずに尋ねると、レッカー大尉はニヤニヤと笑いながら、応じた。

「帝国軍の裏庭だな」

 帝国軍の裏庭……?

 事務屋以外の三人が笑っているのが、いかにも不気味だった。

 その言葉の意味は一時間後、はっきりした。

 亜空間航法を使用して、どこかの惑星の近くに跳躍すると、しばらくして輸送船が揺れ始めた。どうやらどこかの惑星に降りているらしい。

 しかしやたらと体が重く感じる。

 輸送船が静かに着陸し、階段が伸びて、ドアも開く。

 新鮮な空気が吹き込んできたけど、やけに綺麗に感じた。俺以外の四人が立ち上がり、外へ出て行った。俺も立ち上がり、外へ向かう。

 どうにも体が重いのが気になったが、外に出てみて、やっと理解した。

 そこは運動場のようなところで、現に四十名ほどの男女がトラックを走ったり、鉄棒にぶら下がったりしている。突撃銃を持っているものもいる。

 遠くに山が見えるが、地肌がむき出しで真っ赤だ。しかしふともには緑も見える。

 普通の地球化された惑星だが、体が重いのは、この惑星の重力が本来の地球基準の重力より強いのだ。空気が澄んでいるのも、チリやホコリが地面にへばりついているからだろう。

 そして目の前の訓練施設は、高重力を利用した、歩兵のための訓練施設である。

「こっちへ来い、少尉」

 レッカー大尉と事務屋が何の違和感もないように歩いて、近くの建物へ向かっていく。俺はどうにか体のバランスをとりながら、後に続いた。

 帝国軍にいる時には何度となくこういう場所を利用したが、今ほど苦労しなかった。

 この惑星の重力は相当らしい。

 建物は二階建てで、すぐに二階に上がった。階段がしんどい。

 奥の部屋に入ると、レッカー大尉と事務屋がすぐに敬礼した。俺も習う。

 部屋の主は、小太りな男だった。年齢は四十代か。反乱軍の軍服を着ている。襟章を見て、彼が少佐だとわかった。

「その若造かね、大尉?」

「そうです」姿勢を元に戻したレッカー大尉が俺の背中を叩く。「鍛え直してやってください」

「ここは幼稚園ではないのだがね」

 少佐の言葉にレッカー大尉が小さく笑う。事務屋は無言だ。

「フィス大尉を残していきます」

 少佐が事務屋に視線を向けたので、彼がフィスという名前の大尉だと俺は理解した。

「良いだろう。しかし二日でモノにならなければ、放りだすぞ」

「よろしくお願い致します、少佐」

 レッカー大尉は部屋を出て行ってしまった。

 沈黙の後、少佐が言った。

「今日から君は階級を失う。一人の兵士として、やってもらおう」

 俺は顎を引いて頷いた。

 仕方あるまい。全ては反乱軍の核心に迫るためだ。

 そして地獄とも言える二日間が始まったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る