第22話
正門を入ってもすぐに屋敷があるわけではなかった。
入って正面には森のように木々が密集していたのだ。そこから道は右に曲がっていて、レオノーラはそちらへとすたすた歩いて行く。
そちらも左右には木々があり、道はうねっていて見通しが悪かった。
「なんなの? よっぽど恨まれる覚えでもあるの?」
「否定はできないわね。お爺さまを殺したいって奴なら、両手では数え切れないでしょうし」
まっすぐに屋敷へ向かう構造になっていないのは敵襲を想定してのことだろう。
「これちょっと外出するだけでもめんどくさくない?」
「遠出なら直接馬車で出かけるから問題ないわ。こうやって、門まで出迎えにくるのが一番面倒なパターンだけど滅多にあることじゃないし」
「こんな家だったら召使いとか大勢いるんでしょ。誰か迎えによこせばよかったのに」
「極力あなたを無関係の人間と接触させたくないわね」
「私、なんだと思われてんの!?」
そんなことを喋っているうちに、木々の間を抜けて開けた場所へとたどり着いた。
庭園があった。
幾何学的に整えられた花や草木で彩られ、水をふんだんに蓄えた池と豪華な噴水のある見事な造りの代物だ。
「あんたのじいさん。よっぽどあくどいことやってんだね」
「……否定はできないわね」
少しばかり、レオノーラの顔が悔しげに歪んだ。
「レオノーラさん、さっきから肯定ばかりですね」
「私のうちのことなんてどうでもいいでしょ! さっさと行くわよ!」
庭園を抜けていくと、そこには屋敷があった。
大きな屋敷ではあるが、敷地の大きさに比べれば大したことがないとも言えるだろう。
もっともそれは、ここにくるまでにスケール感が麻痺しているだけなのかもしれない。
屋敷へ近づいていくと、両開きの巨大な扉がひとりでに内側へと開いた。
「自動ドア……じゃなくて、人が開けてるの?」
「そうね」
中には黒いスーツを着た男が二人いて、それぞれの扉を支えていた。
「え? この人たち、ドアあけるだけが仕事なの?」
「……否定できないわね」
「それぐらい素直にうん、って言おうよ……」
レオノーラも扉一つ開くだけに大仰すぎると思っているのか、決まりが悪そうだった。
「こっちよ」
玄関から入るとすぐに広いホールがある。だがそちらにはいかず、玄関の近くにある扉の中へと案内された。
そこが応接室なのだろう。
そこも、庭園や屋敷の豪華さに引けを取らない、贅を尽くした部屋だった。
ニルマは応接室に入ると、勝手にソファーに腰掛けた。ザマーは遠慮しているのか、その側に立っている。
「で、なんなの?」
レオノーラが向かい側のソファーに座って聞いてきた。
「あんたマズルカに入ったわけでしょ。だから遠慮無くお金もらえるかなぁって」
「なによ。聖職者だから金で人助けはしないとか言っといて、結局お金なんじゃない」
レオノーラは初めて会ったときのことを持ち出してきた。
ホワイトローズがエルフとの戦いでピンチになっていたとき、ニルマはそんなことを言っていたのだ。
「いやー、最初はそんなつもりなかったけど、この家を見ちゃうとさ。たかってもいいんじゃないかなぁって」
「そりゃね。献金はするわよ。けど、家のお金はあてにしないでもらえる? 確かにここは私の家だけど、その資産を自由に扱えるわけじゃないから。私が自由にできるのは、自分で稼いだお金だけなんだし」
「そういうもんなんだ。となると、百万、二百万をぽんと献金してくれるとかってのは?」
「できるわけないでしょ!」
「えー!?」
豪華な屋敷を見た時から期待していたのだが、完全にあてがはずれてしまった。
「だいたい献金なんて、子供のお小遣い程度のもんじゃないの?」
「それは礼拝の献金だよ。教会を維持するために、維持献金てのがあってそっちは収入の十分の一程度を払ってもらわなきゃ」
「なにそれ!? ほとんど税金じゃない!」
「まあそうとも言える」
「イグルド教のときは払ってなかったわよ?」
「そりゃうちの人が払ってたんじゃない? 世帯毎にはらってると思うよ?」
「確かにそう言われれば、あんな端金の集金であれほどの巨大な組織を維持できるわけもない……」
「まあでかけりゃスケールメリットを活かして色々とやりようはあるだろうけどね」
「……なんだか騙された気分になるんだけど?」
「でも十分メリットあるでしょ。すでに二回命の危機を救われてるんだから」
「そう言われれば……そうなんだけど」
「今後もマズルカ教徒の危機とあらば、駆けつけるよ? 身内の命は命をかけても守るってのがマズルカ教のモットーだからね」
「わかった。確かにあなたを味方に付けておくのは悪い事じゃないし……とりあえず10万ジルでいい?」
「オッケー! あ、それとさ。魔法を教えてもらいたいんだけど」
「あなたに?」
レオノーラはひどく驚いた顔をしていた。
何を教えることがあるのかと思ったのだろう。
「いや、教会で預かってる子でさ。魔法に興味があるってのがいて。私が教えると多分、今の時代だと異端を突っ走ることになりそうだからさ」
「そんな簡単に言われても……うちの魔法は我が家に伝わる門外不出の技なんだけど」
「そうなの? じゃあ養子にするのでもいいよ?」
「ニルマ様、むちゃくちゃ言ってますよ……」
ここまで黙っていたザマーだが、さすがに一言いいたくなったようだった。
「確かに素質のある子を連れてきて養子にしたりはしてるけど……それについては保留にしてくれる? 会って判断したいから」
「うん。そっちは別に急ぐ話でもないし」
「じゃあお金を持ってくるから」
そう言ってレオノーラは席を立ち、応接室を出て行った。
「もっとどかっとお金もらえるかなぁって思ってたんだけどなぁ」
「宗教団体って、こんな取り立てみたいな真似するもんなんですか?」
「私も五千年前はしたことないな」
当時は、勝手にお金が集まってくるという印象だった。
もっとも、財務部門がどれほどの苦労をしていたかなどニルマには知るよしもないのだが。
「まあ、この調子で、ホワイトローズの残り二人にももらいにいこう!」
「なんなんですか、このたちの悪いチンピラみたいなのは」
ザマーは信じられないという顔をしていた。
「いや、ある程度は積極的に集金しないと駄目でしょ。セシリアには無理そうだし、その辺は私が出張んないと――」
ニルマの言葉は途中で止まった。
なぜなら、部屋中の物が一斉に炎を上げて燃えだしたからだ。
「なにこれ?」
それはあまりにも唐突で、ニルマはわけがわからずにあたりを見回した。
「レオノーラさんがニルマ様にむかついて攻撃してきた。とか?」
「そこまで嫌だったなら言ってほしかったんだけど!?」
だが、どうやらこれはレオノーラの仕業ではないらしい。
部屋の端に、人影があった。
それは、全身を炎に包まれた女で、爛々と輝く眼でニルマを睨み付けていたのだ。
『おのれ! 我らの本拠へとよくもまぁ、のこのこと現れおったな!』
「ニルマ様……これって先ほど魔法の実演に使った精霊の親玉なのでは……言いつけるって言ってましたし……」
今目の前にいる精霊は人間ほどの大きさで、纏う炎の勢いも段違いに強かった。
「そうくるかぁ……でもさぁ。そのへんうろうろしてるのなんて雑魚精霊だと思うじゃん……」
「ニルマ様……その発言は、まさに火に油を注いでるような感じですよ……」
精霊が纏う炎がより勢いを増す。
どうやらそれは、レオノーラの家系に関わる精霊のようだった。
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