二部
第1話
「ニルマ様。ここはダンジョンじゃないんですよ? 法がありますし、治安を維持するための衛兵もいるんですが」
ザマーが呆れたように言う。
「大丈夫、大丈夫。死ななきゃどうとでもなるでしょ。ねぇ? あんたらも、堅気のやつにやられましたなんて恥ずかしくて言えないもんね?」
「いやいやいや。どっちがヤクザだ? って状況ですよ、これ?」
ニルマは、往来でうずくまる男たちを見下ろしていた。
男たちの腕は、関節が逆に曲がっていたり、関節がない部分で曲がったり、骨が突き出したりしている。
チンピラやゴロツキといった連中だ。
一般的な人間の耐久力を把握してきたニルマの手加減は絶妙になってきていた。
つまり、ある程度痛めつけながらも、自分の足で帰れるぐらいの怪我に調整できるようになってきているのだ。
「て、てめぇ。こんなことしてただで済むと思ってんのか! ファミリーが黙っちゃいねぇぞ!」
「まだ元気だねぇ」
ニルマはまだ威勢のいい男のそばにしゃがみ込んだ。
そして額を掴む。
「ただで済まないのはそっちだよ。マズルカ信者に手を出せばこうなる」
ニルマが力を込めると、男の頭蓋がきしみをあげた。
「あんたら馬鹿そうだけど、苦痛とセットでなら記憶もよくなるでしょ。その足りなそうな頭に刻み込んで。マズルカの名を。私のキュートな顔を」
「ぎゃああああああ!」
男は絶叫し、身をよじるがニルマの腕は微動だにしなかった。
「お前らの顔は覚えた。これは警告だ。次にマズルカ信者に手を出せばファミリーごと叩きつぶす」
そう言ってニルマは男を突き放した。
解放された男は怯えた顔で逃げ出す。他の男達も慌ててその後についていった。
「ニルマちゃん、助かったけど……あんなことして大丈夫かい?」
チンピラとニルマのやりとりを見ていた中年女性が聞いた。
この飲食店の店主は、この時代ではマイナー宗教であるマズルカの数少ない信徒だった。
ニルマも見かける悪党を片っ端から退治しているわけではない。これは、信徒を守るための活動なのだ。
「大丈夫。おばちゃんの店には手出しできないようにしとくから、心配しないでよ」
オーランド王国の南西、ドーズ地区にあるドーズの街は三層構造になっている。
四角い城壁が入れ子構造になっているのだ。
ここは一番外側の一層と呼ばれている場所で、商店街にある飲食店の軒先だった。
先程のゴロツキどもは用心棒を申し出て、みかじめ料のようなものを要求していたのだ。
「最近はあんなやつらがこのあたりにもやってくるようになっちまって……」
マフィアどもは二層を根城にしていた。もともとは、一層と二層は明確に区別されていたのだが、エルフの襲撃で街は破壊され、その境界がどこか曖昧になっているのだ。
「ま、他に困ってる店があったらマズルカに相談するように言っといてよ」
そう言って、ニルマは立ち去った。
「布教活動があれなんですか?」
まだ瓦礫が散乱する通り歩きながら、ザマーが聞いた。
一層は惨憺たる状況だった。
エルフの放った光は広範囲に無差別に降り注ぎ、破壊の限りを尽くしたのだ。
「そ。地道な活動でしょ?」
「どうなんですかね。それってただマズルカを用心棒代わりに使いたいっていう、信心もなにもない人が集まってきませんか?」
「最初はそれでもいいよ? まあ、うちにもゆるいとはいえ戒律はあるからそれを守れないってなら、やめてもらうしかないけど」
「まあ、そうは言っても増えてませんよね、信徒さん」
「うーん。ここまでマイナーになってるとは思わなかったなぁ」
この街の人間は大体が、イグルド教に入っている。そう簡単にマズルカに鞍替えとはいかないようだった。
ニルマたちが歩いていくと、人並みがだんだんと減ってきていた。
「話には聞いてたけど、本当に人がいないね」
「そうですね。このあたりは被害が少ないですし、もっと活用してもよさそうなものですが」
進むほどに老朽化した建物が多くなってきた。
貧民街というわけでもなく、そもそも人の気配が少ないのだ。
「まあ、確かにこれだとね。特に力のない一般の人でもわかるほどに瘴気が満ちてるし」
「そう言われればなんとなく寒気がしますね」
「目覚まし時計でもそんなの感じるんだ?」
「人間の感覚はほぼ持ち合わせていますよ」
「まあそっか。神器の適合率があるぐらいだしね」
ニルマたちは一層の端までやってきた。
そこには古い屋敷がある。ここがニルマたちの目的地だった。
「へえ。立派なもんだね」
「……本当にここに住むつもりなんですか?」
「二人で住むには広すぎるかな。まあ、将来的にはここに教会の支部を作ってもいいんじゃない?」
教会周辺は、ニルマがザマーを投げつけたことにより被害を免れた。
なので、セシリアたちは家をなくした人々を教会で受け入れているのだ。
そうなるとニルマも、のんびりと寝泊まりしているわけにもいかなくなる。
そこで、格安で借りられる物件を探しているのだった。
「いえ。広いとかそういうことではなくて、出るんでしょ、ここ?」
「それはどうでもよくない?」
不動産業者から借りてきた鍵で、扉を解錠する。
軋んだ音と共に扉が開いた。
『おおおおおおおおおおおおお』
途端に不気味なうめき声が聞こえてきた。
そこにいる何かは、その存在を隠す気はまるでないらしい。
「うるさい!」
ニルマが何かを殴りつけた。
『ぎゃあああああああ!』
何かが断末魔のような悲鳴をあげた。
「聖女なめんな。悪霊祓いは得意分野だ!」
「殴っただけですよね!? もうちょっとなんかないんですか! 呪文を唱えるとか、儀式っぽいことをするとか!」
「めんどくさい。殴れば消滅するんだからそれでよくない?」
「てか、そもそも触れるもんなんですか、それ?」
いつのまにか、ニルマは両手に半透明の何かを掴んでいた。
『ひいいいいいいいいい』
何かが逃れようと暴れているが、ニルマはそれをしっかりと掴んで離さない。
そこにいる何かにとって触れられるのも、殴られるのも想定外のようだった。
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