第32話

 レオノーラたち、ホワイトローズは冒険者センターで次の仕事を探していた。

 掲示されたダンジョン情報を物色し、自分たちの実力で攻略が可能な難易度のダンジョンを見定めているのだ。


「もう少し休養が出来るかと思っていたんだけどね」


 レオノーラが溜め息をついた。

 前回の冒険からはまだ数日しか経っていない。

 ダンジョンコアこそ逃しはしたが、回収したソルジャーの装備やエルフの死体が結構な金額になったので、しばらくは働く必要がないはずだったのだ。


「不思議なことに金がなくなったんだよ」

「ああ、そんなに派手に使った記憶はないんだが」


 シントラとトーマスが顔を見合わせる。

 だが、レオノーラからすれば不思議でもなんでもない。

 彼らは歓楽街で、宵越しの金は持たぬとばかりに遊び回っていたのだ。


「まあ、あまり休みすぎても差し支えがあるし」


 だが、レオノーラは彼らを責めるつもりはない。

 この街では誰もがこのようなものだからだ。

 いつ死ぬかわからないどころか、人類そのものがあっさりと滅亡してしまうかもしれない情勢だ。

 皆が刹那的になるのは仕方が無いことなのだろう。

 それに、いずれ滅亡するのが確定的だったとしても、それに捕われて絶望に沈んでいてはどうしようもない。

 命がけで戦い、莫大な報酬を得て、享楽的に使い果たす。

 そうやってある意味前向きになれるのならば、それはそれでいいのではとレオノーラは思っているのだ。


「久しぶりに遠征してみるのもいいかもね。山を探索しつついけば、ダンジョン発見報酬も狙えるし」

「それはいいが、探索しつつとなると荷はどうする。三人では無理があるだろう」

「そりゃ、人を雇うわよ」

「ふむ。そうなると、向かう先も自ずと絞られるな。人を雇った上で利益がでる場所となると……」


 三人が行き先を検討していると、センターの入り口あたりからざわめきが聞こえてきた。

 余程の有名人でもやってきたのかと、レオノーラは入り口へと目を向ける。

 それを見た瞬間、レオノーラの顔から血の気が引いた。

 薄緑の衣をまとった美青年。

 それは、先日出会ったエルフと瓜二つだったのだ。


「……おい……あれはまさか……」

「……まさか、だろ……こんなとこにいるわけ……」

「……そうよね……だって、本当にそうならもっと騒ぎに……」


 注目はされているが、それはあまりの美貌のためだ。

 それが、ダンジョンで噂される美貌の化け物と認識されているなら、この程度のざわつきで済むはずがなかった。

 ならばあれは、ただ美しすぎるだけの人間であって、エルフなどではない。

 レオノーラはそう思い込もうとしたが、無理だった。

 レオノーラはエルフを間近で見て生きている数少ない一人だ。

 なのでわかる。

 そのまとう雰囲気で、先日対峙したエルフと同類なのだとわかってしまうのだ。


「……どうする?」

「……どうするって、皆に警告して……」

「……信じると思うか?」


 侵略者が街中をのんきに歩いているわけがない。

 侵略者が地上にあらわれるのはオーバーフローが起こった末期的状況に限られる。

 そんな思い込みが皆にはある。

 それに、どれだけ美しかろうと外見は人間でしかないのだ。これを敵対的存在だと断定することはできないだろう。


「逃げるわ」

「ああ」


 三人の意見は即座にまとまった。

 警告したところで信じさせるのは難しいし、本当にただ美しすぎるだけの青年の可能性もある。

 それに、その青年に怯えているのは、ホワイトローズだけなのだ。

 ならば、自分たちが立ち去ればいい。

 そう決めたホワイトローズの動きは迅速だった。

 エルフらしきものがやってきたのとは別の出口へと駆け出したのだ。


「すみません。こちらは研究棟でして、一般の冒険者は――」


 研究棟への入り口を警備していた男が倒れるのと、ホワイトローズがセンターを脱出したのはほぼ同時のことだった。


  *****


 そこから先、冒険者センターで何が起こったのかはレオノーラにはわからない。

 ただ、推測はできる。

 あの青年エルフは、ダンジョンで遭遇した女エルフと瓜二つだった。

 エルフについては何もわかっていないに等しいので形態についても詳しくはわからないが、人間と同様だと考えるなら青年エルフと女エルフは血縁関係にあるのだろう。

 そして、これも人間と同様の感情を持っていると考えるなら、どこかに行って帰ってこない家族がいるのなら探しにくるはずだ。

 女エルフの死体は、ホワイトローズたちが冒険者センターに持ち込んだ。今は、研究棟にあるはずだ。

 ならば、青年エルフは女エルフを探しに来たと考えるのが妥当だろう。

 どうやって、死体の場所を知ったのかはわからないが、エルフの超絶的な魔法の力を考えれば何が起ころうとおかしくはないはずだ。


「どうする!?」

「街の外へ! 考えたくはないけど、もしあれがエルフの身内だったりするのなら……」


 冒険者センターを飛び出した三人は、そのまま通り走り続けていた。

 エルフの死体は調査研究されているはずだ。

 何が行われているのかはわからないが、ろくなことではないだろう。

 そして、それを探しにきた家族が目撃したのなら。

 そこまで考えたところで、レオノーラは轟音と共に横へと吹き飛ばされた。


「なっ!」


 咄嗟に防御結界を構築し、飛んでくる瓦礫を弾きながらレオノーラは着地した。

 何かがあったであろう方へ目を向ける。

 街が崩壊していた。

 すぐ側にあった建物群が、根こそぎなくなってしまっているのだ。

 レオノーラたちが走っていた左側が綺麗さっぱりなくなっている。その消失は、冒険者センターから一直線に続いていた。


「……なんなの……これ……」


 呆然と見ていると冒険者センターで何かが輝いた。

 またもやの爆音。

 今度は離れた場所のようだったが、一直線に何かが街を駆け抜けていく。

 それが通った場所は消失し、周囲の建物は破壊され爆風とともに瓦礫を撒き散らしていた。


「……わかってるだろ……こんなことができるのは……」

「でも! あの女エルフでもここまでじゃなかった!」

「あいつだって、どこまで本気だったかわかったもんじゃない……」

「とにかく! 冒険者センターから咄嗟に逃げられたのは運がよかった! このまま逃げ切るわ!」


 直撃をくらえば防御結界などなんの意味も無いだろう。

 レオノーラたちにできるのは、一刻も早くエルフから遠ざかることだけだった。

 光線が街を蹂躙していく。

 エルフの攻撃に法則性はなかった。ならば避けることなど考えるだけ無駄で最短で街の外に向かうしかない。

 最外層の城壁の一部が消し飛ばされるのを横目に見ながら、レオノーラたちは城壁を越えることができた。

 街の外に出られた。

 だが、運がよかったと喜べたのは束の間のことだった。

 そのままさらに遠くへと駆け出したレオノーラは何かにぶつかり、弾き返されたのだ。


「なに……これ……」


 立ち上がり、何かがあったあたりに触れる。

 透明な壁があった。

 あの女エルフが使っていたような、多重魔法障壁が一面に展開されていたのだ。

 レオノーラは、魔力を探知した。

 その障壁は、街を覆っていた。

 何万もの障壁を重ね合わせた、人の力では到底打ち破れないような壁が、街を半球状に覆っているのだ。

 どこにも逃げ場はない。

 あのエルフは、街の中にいる者をどこにも逃がすつもりはないのだ。

 これを成すにはどれほどの膨大な魔力が必要なのだろう。

 想像すらできないほどの力の差に思考が麻痺する。

 レオノーラは絶望に沈み、その場に立ち尽くす他はなかった。


  *****


 ニルマは空を飛ぶ能力は持っていない。

 なので、一度飛び上がれば重力にひかれて落ちていくしかなかった。


「とりあえず飛んできたけど、どのあたりに落ちるのが正解だろうか?」

「もうちょっと後先考えて行動してくださいよ……」


 襟を掴まれているザマーがぼやく。


「街を襲ってる何か。のところかな。光線の出元を目指せばいいかと思うけど……それとは別に一つ問題が」

「それは?」

「街が結界に覆われてる」

「ニルマ様、結界をすりぬけたりしてましたよね?」

「これは複層になってるから、すり抜けるのは無理かな。このままだとぶつかる」

「で?」


 嫌な予感がしてザマーは聞いた。


「ザマーキャノンの出番かな、と」

「何がなんでも僕を使おうとするのやめてもらえませんかね!」

「ザマーを強化して、結界にぶつける。教会の方に投げるから、ザマーは教会を守って。私は、ザマーを投げた反動で軌道を変えて、これをやってる奴の方へと飛んで行く。いい感じの計画じゃない?」

「適当すぎると思いますけど!?」


 だが、ニルマはもうこれと決めてしまったようだった。

 ザマーの表面が光輝く。

 ニルマの気がザマーを強化しているのだ。

 ザマーにとっては残念なことに、ザマーの材質はニルマの強化に耐えうるものだった。


「くらえ! ザマーブレイカー!」

「それ、僕が壊れるみたいな物言いですよね!」


 強力な加速度を感じ、その言葉を最後にザマーの意識は暗転した。

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