第四百七十八話 三姉妹の絆編 その二十六 ✟


 風の刃に、灼熱の炎……あらゆる魔法を何とか耐えきった。

 

「……つまんないの……イキるだけイキって何も出来ない……。何が闇の騎士よ……」

 

 倒れた吾の頭を、恋は踏みつける。

 どんな顔をしているかは見えないが、恐らくもう飽きたと言いたげな顔をしているのは予想に難くない。

 

「ここまで……なのか……?」

 

 家族と友が襲撃されたというのに、吾は結局何も出来なかった。

 闇の騎士としての力を持ちながら……倒せない敵。

 そいつを前に、吾はもう動けない。

 

※※※

 

 気付けば、吾は小学生の頃に戻っていた。

 それも……吾が契約する前の頃に。

 

「ここは……」

 

 自分の家。

 今でも姉二人の喧嘩や一方的な暴力が途絶える事はないが、昔は更に酷かった。

 本当は仲良く三人で遊びたいのに、淀子お姉ちゃんは初お姉ちゃんと喧嘩してばかり。

 初お姉ちゃんは初お姉ちゃんで、あたしの事をうるさいってそう言ってくる。

 

「テメエまた私のプリンとりやがったな!」

「とったわよ。だから何?」

「テメエアレ私が小遣い貯めて買った奴だぞ! 返せコラ!」

 

 淀子お姉ちゃんに殴りかかろうとする初お姉ちゃん。

 だけど。

 

「ぐあっ!」

「私のものは私のもの。アンタのものも私のものだから。アンタに逆らう権利なんてないわよ」

「テメエ……」

 

 いつも目の前で殴り合ってばかり。

 

「もう……やめてよお姉ちゃん達! 仲良くしようよ!」

「うるせえんだよテメエ! 邪魔だからどっか行けよ」

「そうよ。アンタ泣かせると母さんうるさいんだからさ」

 

 そう言われて、悲しくなって。

 家を飛び出して。

 

「ひっく……えーん……」

 

 一人で、人知れず公園で泣いていた。

 

「くすん……」

 

 そうだ。

 吾は……あたしは目の前で自分の気に入らない事が起きても、ただ泣いてる事しか出来ない弱い人間だ。

 契約して、闇の騎士になったというのに……それだけはあの頃から変わらない。

 これでは……。

 

「また……泣いておるのか」

 

 聞き覚えのある声。

 懐かしい……尊敬する人の声。

 

「よっ……ああああああッ!」

 

 地面に顔を打ち付けるが、痛く無さそうに立ち上がる。

 

「久しぶりだな」

 

※※※

 

 夜の誰もいない公園のベンチで、二人並んで座る。

 今では彼女がどうしているか……知らない。

 今物凄く会いたい相手なのに……。

 多分、この人は吾が生み出した記憶。夢だ。

 だけど……。

 

「話したい事があるのではないか?」

「……あたしは……」

「それとも、今の吾は貴様が生み出した虚構だから、話した所で意味はない……そう思うのか?」

「う……うん……」

 

 騎士は笑って、あたしの方を向く。

 

「こんな時に吾を思い出すとは……どうしたのだ? まさか、負けてしまったのか?」

「そう言ったら……怒る?」

「まさか……誰とて失敗や挫折はある。吾とてそうだ。だが問題は、それに立ち向かおうとせん事だな」

「え?」

「確かに貴様は、まだ吾の足元にすら及ばん。力をまだ、上手く使えておらん。吾と違って、自分の相棒となり得る神器を見つけても尚……だ」

「……」

「負けてばかりでも良い。だが何があろうと、例え泣こうと、正当な方法じゃなかろうと足搔け。それが闇の騎士の名を持つ者がやるべき事ぞ」

「……!」

「分かったか? 自分のやるべき事が。まだ貴様は生きておる。家族の為、ここで死ぬことだけは許さんぞ」

「ああ……!」

「その目だ。それでこそ闇の騎士に相応しい。吾の眼は節穴では無かったようだな」

 

 吾は上を向いてから、もう一度先代の騎士に顔を向ける。

 笑みを浮かべ、低い声音で言う。

 

「行ってくる……先代の騎士よ。吾は貴様のように強くなれんかも知れん……だが、それでも貴様のように諦めず立ち向かうぞ」

 

「行ってこい。成長し、騎士として強くなった時……また会おう」

 

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