第9話【白鷺武踏会】

【第九話 白鷺武踏会】


「こんな牢屋ミントが簡単にぶち壊してくれる!…と思ったのですが無念です」


ミントちゃんは自らの力で牢獄の錆びた

鉄格子を抉じ開けようと奮闘した。


「小賢しい呪が幾重にもかけられているのです」


ふくれっ面で地べたに座り込む。昨夜部屋を出る時まで着ていた白無垢は脱ぎ散らかされ今は裕が持参したメイド服に着替えていた。


「ミントちゃん少し休もうよ」


裕はいそいそと白無垢を畳んでナップザックにしまいこんだ。


「おなか空いた!綿あめ!焼きそば!いか焼き食べたいのです!」


ミントちゃんはそう言って地面に足を投げ出した。石の牢獄にギャルメイクのメイドは、なんともそぐわない。


もう盛夏の太陽は雲と常磐木の鎮守の杜の上にある。陽の光を浴びた梢と枝葉が牢獄にまで影を落とす。


杜を通り過ぎる風や木々のざわめきは祭りに集う人々の声にかき消される。


ゆらりと見覚えのある神官服のシルエットが鉄格子の前に現れる。


「独裁者!」


ミントちゃんが立ち上がり格子の外に立つ円乗羽女を指差す。


「祭り日和だな。晴れて良かった」


格子に背をあずけ空を眺めている。


「余裕ぶちかましてやがるのです。独裁者なら独裁者らしく縁日の食べ物くらい差し入れるのです!姉様は器がちっちぇ-のです」


縁日の食べ物を差し入れてくれる独裁者なんていない。


「またお前はそのような服を着て」


「姉様メイド服は女の子の戦闘服なのです」


「戦闘服?」


「はい!姉様の神衣と同じ働く女の服なのです。私は好きな服を着て自分で選んだ裕君と生きて行きたいのです!神社で神様から賜った名前も今ここでキッパリ御返し致します!」


彼女はミントちゃんにダメだとも好きにしろとも彼女は言わなかった。


「そうなのです!ミントは小粒でもぴりりと辛いのです!」


円乗さん顔をそむけているが笑いをこらえてないか?


「縁日か」


竪琴のようにさらさらと風が彼女の黒髪を鋤くのを僕は見ていた。


「祭主様がこんな下手人共と居ていいのか?」


「私の出番は今少し先…むしろこのまま何もなければ…」


「円乗様!」


「宮様!」


彼女の前に巫女達がかけ寄るのを見て彼女の瞳が物憂げに動く。


いつもの祭主の顔で彼女は部下の前に立つ。


「…海岸線より76海里先に島影」


「やはり盗み出した剣で禁縄の結界を切ったか」


「10時57分島より黒き業雲、本土に接近しております」


1海里確か、1850メートルだったけ…ヨットでも行ける距離だ。そんな近海に散華のカフカ島はあるのか。


「鳳輦を」


瞬時に巫女達の顔に緊張が走る。


「私も直ぐにそちらに向かう」


巫女達の背中を見送った後彼女は巻きスカートのポケットから鍵を取り出し錠前を開けた。


「有事の際には罪人にも特赦が適用される」


「鳳輦って?」


僕は格子を潜りながら彼女に訪ねる。


「おみこし」


「おみこしって、あのお神輿?」


「羽女専用」


彼女は獄中の二人にも声をかける。


「何処へなりとも行くが良い。私が戻らぬうちにな」


そのまま背を向けた彼女は言った。


「もし私が戻ったら」


「戻ったら?」


「杏子飴が食べたい」


とたとたと駆け出す。


「な♪」


「まさかまさかの」


彼女は振り向いた。


「境内にある縁結び、夫婦円満二股に別れたハ-トのかたちの御神木古代杉の前で待っていて欲しい」


「姉様からの逆告白なのです」


「じょ!…冗談じゃねえ!?」


僕は全速力で彼女の背中を追いかける。


そんな恥ずかしい真似が出来るか。それ何プレイだ。


「待ちやがれ!!この神デレのカルト娘!!」


「お兄ちゃん頑張るのです!」


何をどう頑張ったらいいのかすら皆目分からない。とにかく、ひた走る。


僕は完全無欠・完璧にただの人間。何の取り柄もない。


彼女は背中に見えない羽根を持つ神速の巫女。神様の嫁だ。


だけど僕は捕まえたいんだ。今彼女を逃がしたら。


もう二度と会えない気がした。


円乗さんの後を追いかけ、辿り着いた先には、樹皮を剥がさず組まれた桧の黒鳥居があった。


鳥居の先には境内にある拝殿と本殿と同じ造りの社。切妻の屋根が木立の間に見え隠れする。


祭の最中この場所だけが静寂に包まれていた。


「此方は羽女さま縁の摂社となります」


そう言って僕の背中越しに声をかけたのは一人の若い巫女だった。


「貴女は確か薫さん?」


「その節は宮様の御身を御守りする立場で在りながら無様な失態をお見せしました」


彼女は僕に深々と頭を下げた。冷たいものが背中を走る。


足音一つ気配すら感じなかった。


「円乗さんは?」


「あちらの社に」


薫さんの説明によると高砂神社は名称こそ神社の名を冠しているが、本来は大社や神宮にあたる宗廟。


そのような大神を祀る大社は本来の祭神の他に大小様々な御柱つまり万の神の社が存在するのが普通らしい。


「摂社・末社・分社と呼び方は様々ありますが…」


「薫さん申し訳ないけど今僕はのんびり神社の説明を聞いてる暇は…」


「祭主様縁の摂社ともなれば禰宜と祝を総括する私とておいそれとは近寄れません」


怜利な目が僕を見据える。


「ですが今は有事の最中につき私はそちらに向かいます」


僕の前を静かに足音も立てず通り過ぎる。


「私は昔から羽女様の御身の御世話も致して参りました。無論相生様の事もよく存じ上げております」


「つまり」


「本日に限り関係者以外立ち入り禁止…しかし関係者の解釈は様々…そして私は忙しい忙しい」


「ありがとう!薫さん…神社で働くって…何ていうか、その色々と…」


彼女は僕に向き直り笑顔を見せて言った。


「上司がそういう方ですから。これでも楽しくやらせて頂いております」


短い石の段を登り杜の小高い場所にある社。神社の敷地内にあるもう一つの神社といった趣だ。簡素ながら身を浄めるための手水舎も設えてある。


社の扉の前に禰宜と祝。本来は催事神事に携わる事を旨とする者達が集められ、集団の先頭に円乗羽女の姿があった。


案と呼ばれる机の上には既にかわらけに注がれた御神酒と玉串。速やかに社の錠前が外され鉄の引戸が静かに開かれた。


祭主である彼女の口元から厳かに独特の抑揚をつけた祝詞が奏上される。


その間彼女以外の巫女達は畏まり深く頭を下げた姿勢のまま身動ぎ一つしなかった。


「あれは、石?」


円乗さんは神輿と言っていたが。社の中に奉納されているのは注連縄を巻かれた巨石だった。


「あれは磐座」


隣で薫さんの声がする。


「羽女様の神輿が依り集う御魂代」


「神輿が依るって!?」


彼女の祝詞に呼応するように磐座は目映い光を放つ。まるで磐自体が日輪を孕んでいるかのように。単色ではない様々な光が此処彼処に溢れ出す。


あれは彼女の神官服と同じ尊色。光の塊は空間に広がり最早目を開けてる事さえ儘ならない。光はやがて一対の翼となって社の天井にまで届こうとしていた。


祝詞が止んだ。


目の前に立つ彼女の神輿。彼女はその姿を見上げて呟いた。


「未だ私を主と呼んでくれるか?鳳凰よ」


「全員境内まで待避しろ」


隣にいた薫さんの号令にその場にいた巫女達は社から退散する。


「相生さんも早く!」


「でも円乗さんがまだ…」


「あれは円乗様の鳥舟です。間違っても円乗様を傷つけたりはしません。そう、円乗様だけは!」


社の屋根と壁は粉砕され羽ばたき一つで鎮守の杜の大木は粗方薙ぎ倒された。


神話の絵でしか見た事がない神鳥鳳凰が円乗羽女を乗せて大空に舞い上がる。


夢?夢かとも思ったがこんな光景夢にも見た事がない。彼女の(秘密とか可愛い嘘や浮気に振り回される)なんてレベルをとっくに越えてるじゃないか。


僕は境内に向かう杜の中をひた走りながら空に向かって手を伸ばす。


ちくしょう全然届かねえ!


降りて来い!降りて来いよ円乗羽女!!


そんなに高い場所から人や世界を見下ろして、お前は一人で行っちまう気なのかよ!!!


僕は届くはずがない空に向かって彼女の名を叫んだ。


「お前の名前呼びにくいよ!…前から思ってたけど」


これは夢ではなく現実。今更だけど、それを僕に教えるように社内全域に放送が流れた。


『高砂神社祭主、円乗羽女様、鳳輦にて渡御。境内におる者は火急的速やかに行幸のための道を開けよ!繰り返す!円乗羽女様、鳳輦にて渡御…』


境内に出ると巫女達が迅速な動きで祭の参拝客や白鷺武踏会の参加者を神木のある安全な場所へと誘導しつつあった。


「茅の輪の準備を急げ!」


十数名の巫女達が転がす巨大な茅の輪が神社の入り口にある大鳥居の前に据え付けられた。


その間祭主を背に乗せた鳳凰は爆撃機の機影のように目標を定め空中で旋回を繰り返す。


「鳳輦出まし」


上空から神社の屋根すれすれに鳳凰が滑空する。


ナリカミの音色を合図に鳳笙は天空の音。


龍笛は天と人間が住む地上の間を飛ぶ龍のいななき。


篳篥は大地の音を奏でる。


魂を込めた巫女舞の音色を背に円乗羽女は鳳凰の背から手を伸ばす。


その先にある磐坂。磐坂は境内の中央に設えた数メートル四方に玉砂利を敷いた区画。漬物石大の石をケルン状に積み上げ榊を刺したもの。


ここは世界最古の神社。社や鳥居などなくても後は神官がいれば神社として成立するという。


神社の社は神が依り集う場所、其所や御神体に神がいる訳ではない。祭の日神官によって神は依代に座す。


白鷺武踏会は最後の闘いに勝ち残った夫婦が磐坂に刺した榊を祭主である彼女に手渡す事で終儀となる。最も神に近づいた人間のみが榊を手にする事を許される。


その榊を円乗羽女は今手にした。


鳳凰の上に両の足で立ち榊を茅の輪に向ける。


「我往きて降し伏すべきして自ら討伐赴くもの也」


居合わせた人々から歓声が上がる。僕は猛然と境内の中央に走り込むと巨大な鳥の脚に組み付こうとダイブを試みた。


鳳凰が速度を落とし彼女が境内の中央にある何かを掴もうとしている仕草を見て一か八かヤマをかけて飛び込んだのだ。


歓声が悲鳴に変わる。多分僕は鳥に引き摺られ、めちゃくちゃかっこ悪い。だけどそんな事は言ってられない。


ふわりと鳳凰は低空で旋回し一度だけ大きく羽ばたいた。


風が巻き起こる。


鳳凰と共に白鷺武踏会に参加していた者達の体が宙に舞う。


『私の名前は薫。高砂神社にて円乗様直属の禰宜・祝を統括する者だ』


白鷺武踏に参加している夫婦は二人ではなく一人。


『円乗様より現在開催されている白鷺武踏会主催を暫定的に引き継いだ』


鳳凰の起こした風が街中に吹き渡る。


『現在この国に散華を名乗る黒の一味の軍勢が迫りつつある』


仮面を着けた男女の体が風に吹かれる。


白無垢とウェディングドレスは風に靡き梢に依り集う白鷺のよう。


『祭主としての責任から円乗様はこれを一人で迎え打たんと鳳輦にて発たれた』


白衣の鎧を風に靡かせ神の兵士が空を目指す。


『私もこれより祭主様の後を追う。これは勿論円乗様から下された命令に背く行為であり造反者ととられても仕方ない』


この日空の青が一面に白鷺の羽色に塗り替えられたかのようだったという。


『私は先程円乗様より巻物を手渡された。これは高砂神社の縁起について記されたものらしい。それどころか祭主しか知り得ぬ秘匿、万物創世などが知るされている。こんなものを私に託したところからして、あの御方は死を覚悟しておられると私は見た』


空へ舞い上がる鳳凰。僕は振り落とされまいと歯を食いしばるが握力はもはや風前の灯火だ。


『私は今からこれを聞いている皆の前で読み上げたいと思う』


芭蕉の葉くらいある羽根を必死で掴む。足場はなく宙ぶらりん。落ちた間違いなく即死だ。まったく、どんだけデカイんだよ、この鳥!


『民の平和なくして美世もない…しかし私達高砂神社の巫女にとっては円乗羽女様なくして美世も神もない。しかし、ここに記された門外不出の秘密とやらが、円乗様をたった一人で空に駆り立てのであれば』


手の痺れも限界に達し「もうダメだ」諦めかけた。


『もしも、これを読み『それでもなお』と言う人が一人でもいてくれるのならば』


鳳凰の体が変容しタラップのような段差が目の前に現れる。


『どうか力を貸して欲しい!この国を護るため円乗羽女と共に闘おう!!!』


「僕がしがみついてるの知ってたら何とかしてよ!円乗さん!!」


それくらいの文句の一つも言ってやりたかった。


『杞憂であったか』


空を埋め尽くす白鷺の群れを見て彼女は思う。


でも僕は榊を手に前を向いたままの円乗羽女を見て何も言えなくなった。その神々しい美しさに言葉を失った。


『高砂神社白鷺踏会暫定主催であるところ私の権限に於いて一部ルールを変更する』


「円乗さん!!さっきから呼んでるのに何で返事しないの!?」


『白鷺武踏会は会場を神社境内より、我が国全域に拡大する!!』


「円乗さん」


「だって君は死んだのであろう?私とて死者と話すのは怖いものだ」


『戦う者も戦わぬ者も自身の命も含め誰も死なすな。それが勝利条件だ!!』


「僕が死人に見える?」


「神の鳳輦である鳳凰に触れ生きている者がいるとは思えない」


「見ての通り」


「ならば君はこれに選ばれたのであろう。もはやついて来るなとは言わない」


「とりあえず僕は何をしたらいい?」


「振り落とされぬように、しっかり掴まっていろ」


鳳凰は地上に向かって急降下する。目も開けていられない速度と重圧。


そのまま茅の輪の中心めがけ飛び込んだ。


『我往きて降しすべして自ら…【神軍を率いて】が一文抜けております円乗様。私も今からそれをおつたえしに参ります』


薫は放送マイクのスイッチを切り縁起書を懐にしまった。


空と大地と海を埋め尽くす鬩ぎ合う白と黒。まるでそれは対極の紋様を見るようであった。


茅の輪を潜り抜けた先に目にした光景は大海原だった。


海上は敵陣の真っ只中。空を海を埋め尽くした黒衣の寡婦の軍勢。散華の鳳輦は八咫烏。


しかし僕がそれら全てを視覚で認識したのは数秒後だ。


円乗羽女の鳳凰は散華の八咫烏の目前に出現し、怯む事なく体躯を激突させた。


衝撃で鳳凰の首は消し飛び八咫烏の左翼は半壊した。


しかしそれよりも疾く円乗羽女は散華の鼻先にまで到達すると手にした榊を降り下ろしていた。


「我、光速を越えて尚神速に至らず」


「ほう?なかなかに謙虚。志が高いな」


羽女の放った一閃。それを受け止めた散華は刃の下で薄笑いを浮かべた。


【第十話 羽女々斬に続く】

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