第2話【夏の思いで】

【夏の思い出】



夏の思い出くらい僕にだってある。


炎天下の街を僕が嫁を求めて歩き回っていた頃。夏の暑さとは別に街は熱気に包まれていた。


誰もが心待ちにする高砂祭を一月後に控えていたからだ。一方の僕はといえば、既に飛ぶ力もなく、地面を這いまわる死にかけた蝉の歩みだ。


茹だりながら歩道を歩く。額を汗が伝う。僕の横をジョギングウェア姿の男女が追い越して行く。


見渡すと、そこかしこにそんな風体の二人連れを見かけた。和やかな雰囲気はなく表情はロ-ドワ-クをこなすプロボクサーのように真剣だ。


公園では組手や打撃練習でサンドバッグやミット打ちに興じる男女のペアが多く見受けられる。


「ああ、あの人達は【夫婦無双】に出場する人達なんだな」


祭に縁のない僕でも分かる。


【夫婦無双】は巷の俗称で【白鷺武踏会】というのが正式名称らしい。


元々は祭りの日に神社の境内で優雅な能や狂言・社交ダンスに加え武道の演武を披露したのが発祥と言われている。


高砂神社が奨励する武道は多岐に及び、学校の体育の授業や部活動に取り入れられ地域に根差している。


そこかしこに看板を掲げた神社公認道場を目にする。そこから発展した夫婦無双こと【白鷺武踏会】は文字通り三國一の最強夫婦を決める祭の一大イベントだ。


ただ強いだけではなく、精神や知性に加え、社会的に優れた文武両道と認められた夫婦が優先的に参加を認められる。


勿論希望すれば当日の飛び入りも参加も可能だ。しかし街中のドクターが会場である神社の境内にかき集められるセメント勝負であるため、おいそれと素人が参加出来るものではないと聞く。


主催者ではある高砂神社から優勝夫婦には破格の豪華商品が与えられるらしい。


世界一周旅行だとか、お城のような豪邸だとか、一生生活に困らない金銭だとか、あるいは、それら望むもの全てであるとか。噂を数え挙げたらきりがない。


人々がその報酬の噂に信憑性を見い出すのは、やはり後ろ楯にある、円乗グループの存在の大きさだろう。


神社にも祭りにも縁がない。そんな僕が白鷺武踏会に多少なりとも語れる知識があるのには理由がある。


実は昨年の白鷺武踏会の優勝夫婦は僕の住むマンションの住人だった。それまで面識は一度もないご夫妻だった。けれど其処俐で大変な話題になっていた事は間違いない。


ある日部屋のインターホンが押された。


「僕に客なんて」


怪訝に思いながら応対に出た。


「205の時田です」


モニターに映るの品の良さそうな一組の夫婦。聞けば白鷺武踏会に優勝した御祝いに紅白餅を配り歩いているのだという。


話をしたのは正味5分てとこだろうか。


旦那様は地方公務員。奥様はセミプロの声楽家というご夫妻だ。休日だというのにワイシャツにネクタイ。事務用の腕宛まで着けた旦那は少々奇妙に見えた。


とても夫婦無双な出で立ちには見えない生真面目そうな優男だ。


「やっぱりおかしいでしょ?うちの主人の格好」


「そうかな…一番落ち着くんだけどな」


「もう仕事する必要がないのに『未整理の仕事が残っているから』と在宅勤務にしてもらったんですよ。おまけに家でもこんな格好でTシャツに短パンで構わないのに…本当におかしな人!」


旦那を見る奥さんの眼差しがとても優しさに溢れていたのを今でも覚えている。


「優勝出来たのは妻のおかげです!」


「大会始まって以来の全試合不戦勝らしいですわ!」


「全試合不戦勝って、そんな事ってあるんですか!?」


「私のヘタクソなオペラを聞いて出場者全員戦意喪失で不戦勝です」


白鷺武踏会の全容が僕にはまったく見えて来ない。一体どんな大会なんだ!?


「妻の名誉のために言わせて頂きますと、彼女はヘタクソなんかじゃありません!彼女の歌声はとても美しく特別なものです」


聞けば優勝の報奨に関してはまだ希望を出していないらしい。


「私の望みと言われましても、1日の終わりに妻の歌声を聞ければ…出来れば長い時間妻の歌う姿を眺めていたい。それだけなんですか」


「しばらく神社の好意で島に滞在する事になりそうです」


「出来れば妻に沢山の素晴らしいオペラが上演される舞台を見せてあげたい。いや見るだけじゃなく舞台に、大勢の人に彼女の歌声を聞いて欲しい」


「この人ったら自分の事はそっちのけで」


「私は以前は彼女の歌声を独り占めしたいと思っていました。けれどあの殺伐とした闘いの場で皆が彼女の歌に心を奪われ涙する姿を見て心が変わりました」


「円乗グループが用意してくれるリゾート島で思う存分奥さんの歌に浸れますね」


「まったく夢のような話です。私はそれ以上何も望む事などありません」


見事に優勝を果たし、三國一の夫婦の称号を得た時田夫妻だったが、大会終了直後に事件は起きた。


「大会の会場に黒衣の女が現れて…そう、あれは喪服でした!」


「彼女は1人で大会の出場者と全員を倒したんです」


「それだけでなく異変に駆けつけた警護の手練全員も一瞬で倒されました」


優勝の榊を手にした時田夫妻の前に歩み寄ると女は呟いた。


「逃げろ」


「まるで人間の箍が外れてしまったような。鬼神のような強さだったな」


「とても悲しそうな瞳でした…仮面に隠れて表情こそ伺う事は出来ませんでしたが」


黒衣の女は時田夫妻から榊を奪い取り、祭主で審議員長席にいた円乗羽女に突きつけた。


「円乗さんは挑戦を受けたのですか?」


夫婦は僕の質問に揃って頷いた。


「突然の狼藉者に神聖な武踏会を汚されたのですから当然です」


結果は円乗羽女の圧勝で終わり境内はたちまち歓喜と熱狂に沸いた。


「あれを祭りの余興と言う人もいました。けれどあの黒衣の女は仕込みや余興の道化ではなかったと思います」


神社や祭りに全く縁がない自分の知らないところでそんな事件があったとは。結局謎の女は群衆に紛れ逃走し今も正体も行方も不明だという。


それから暫く他愛ない世間話をした。話が僕の嫁の有無に及んだ時には、いつもの気まずい沈黙を覚悟した。


けれど時田婦人は明るい笑顔で言った。


「でも相生君はこんなに素敵な男の子ですから、きっとすぐにいいお嫁さんが来ますよ」


そう言って僕を励ましてくれた。御夫婦揃って温かい言葉をかけてくれた。


「私たちもいつか貴方みたいな男の子が欲しいわ!」


週末になると、円乗グループ系列の引っ越し業者の大型トラックが、マンションの駐車場入り口に停められているのを駐輪場から見た。その日に時田夫妻は引っ越して行った。


これもまた夏の忘れ得ぬ思い出だ。



夫婦無双に限らず、これまで文化や社会的貢献度を高く評価された人間には、なにがしかの報奨が毀誉された。


まるで外国の高額宝くじに当選した人々がそうするように、彼らはアドレスや電話番号を変え、住み慣れた街を後にした。


いきなり億万長者になったりしたら多分僕もそうせざるを得ないかも。なんて、僕には夢のような話だ。


億万長者や豪邸どころか嫁がいないせいで流刑地送りになるかも知れないのだ。


確かに祭の武踏会に準えた格闘イベントや追放措置は前時代的であり野蛮にも思える。


でも僕は案外「世の中ってそんなもんじゃね?」って思ったりもするんだ。


いくら文明や科学が進んでも人間や社会って本能的に残酷さを秘めていて民衆がそれを求める部分が必ずどこかに残っているものだ。そんな気がした。


...にしても暑い!疲れた。喉も枯れ果てた。


【Yes!My Lord!!】


イ-ゼルに立て掛けられた店の前にある黒板に描かれた手書きのポップで可愛いメイドさんのイラスト。


本日開店しました!


まる文字にすれてない初々しい女の子に出逢える恋の予感。


渇いているのは喉ばかりじゃない。まさに砂漠にオアシス。


金さえ払えば、金さえ払えば…金なら少し持ってる!


ふとあの時の円乗さんの笑顔が浮かび胸をちくりと刺す。


しかし炎天下の中僕も頑張った。飲まず食わずで3日頑張ったんだ。


僕だって…僕だって。


「いい思いがしたいんだ!!」


目を閉じてノブを掴み扉の鈴を鳴らした。


『いらっしゃいませ!!御主人様!!!』


弾けるようなメイドさん達の声と笑顔に涙…とユニゾンでベルベットかシルクのような低音の執事の声。


『メイド&執事喫茶へようこそ』


最後の言葉だけ聞きたくない。


トラップだろ!?この店。


ああ執事の白い歯が眩し過ぎる。いらねえイケメン&ダンディー達。


メイドさん達をお姫様だっこした執事に迎えられた。一体何時からお姫様だっこしてるんだ。腕がぶるぷる震えてる。


「この手の痺れこそが真の愛なのでございます。御主人様!」


一生の不覚とはこの事だと我が身の愚かさに五寸釘を打ちまくりたい。いっそ灼熱の日差しに灼かれて死ねば良かった。


LordとMasterの違いくらい…嗚呼ガッデム!!!


「もしかして…皆さんは?」


一応聞いてみた。


『もちろん夫婦でございます!御主人様!』


やっぱり。


「共稼ぎでございます。御主人様」


いい声で言わないでくれよバトラ-。てか需要あるのか?この店。


少なくとも僕には全く全然ない。


「御主人様は何名様ですか?」


はあ。世の中にはそんなに沢山御主人様がいるのだな。


「1人です」


立てた人差し指が震えていた。


「奥様は後から?」


「いや、1人」


「本日は奥様は?」


嫁同伴喫茶なら最初から、そう書いてくれ。


「1人じゃコ-ヒー飲まして貰えないんですか?この店は!?」」


思わず、かっとなって声が大きくなってしまった。


「す…すみません御主人様」


僕に声をかけたメイドの1人が涙目で頭を下げまくる。


メイドさんたちが怯えてる姿なんて見たくなかった。もう帰りたい。


執事の1人の(当然ダンディー)な男が彼女の肩に手を置き僕に向かって深々と御辞儀をする。


「大変失礼しました。御主人様」


「いや僕の方こそ」


「貴方」


やっぱり夫婦(グル)か。もうメイドさんとか全然僕の方見てないし。これは噂に聞くツンデレよりハ-ドルが高い。


第一「貴方」とか言ってる時点で成立してないぞこの店。


僕は執事の恭しい接客に、つい断れず席に案内されてしまう。


「僭越ながら私には御主人様の懐深いお考えが理解出来ます」


「えっと…それは?」


「人目に触れさせたく無いような素敵な奥様…という事なんですね…私もでございますよ御主人様。妻を外に1人で出すのがもう心配で心配でこうして執事をしております」


「いや、僕独身なんで」


執事は聞こえなかったのか無言で僕を席に案内してくれた。


ぽつんとベンチシ-トの席に1人。この店が変なんじゃない。僕がこの世界ではマイノリティ…どころかイリ-ガルな存在なのだ。


フロアを見渡せば客席は夫婦と思わしきカップルばかり。これが普通なんだ。


「貴方!あのメイドさんの服とても可愛いわあ」


「ああ、僕も君によく似合うと思うよ」


「私も貴方の執事服姿見てみたあい」


「そんなの着たら僕はもっと君に尽くしたくなるじゃないか!?お嬢様」


「宜しかったら、あちらで試着出来ますよ」


「お二人のために奥に個室もご用意出来ますが..」


いかがわしい。


「いかがわしい店じゃないかあ!?」


思わずテ-ブルを叩いて立ち上がりたくなるが。


これは多分神様の罰だ。


円乗さんとの約束や温かい励ましも忘れ。欲望の赴くままこんな店に入った僕に対する天罰だ。


美味しくならない砂味がするオムライスと泥水みたいなコ-ヒ-を腹に流し込んだら。また一から嫁探しを始めよう。僕はテ-ブルの下で拳を握りしめた。


「あの、お一人ですか?御主人様」


通りすがりのトレンチを抱えたメイドが僕に声をかける。


「はい独身です。僕、気持ち悪いですよね?ほっといて下さい!」


「わ…私も…1人なんです御主人様」


微かに震えている声には確かに聞き覚えがあった。僕は思わず顔を上げて彼女の顔を見た。


「円乗…さん?」


最も扇情的と言われるフレンチメイドスタイル。僕には刺激が強すぎてとても正視出来ない。


普段の清楚で神秘的な黒髪も素敵だけど、まるで日差しに溶けてしまいそうな白銀の髪も別の意味で神々しい。ヘアウィッグだろうか?


まるで西洋の神話に出て来る女神様のようだ。


「私の髪が珍しいですか?これは鬘ではなく地毛ですよ御主人様」


普段履かないヒ-ルのせいだろうか?とても小柄で華奢な普段の彼女より背が高く見える。


「円乗、羽女さんだよね?見違えちゃったよ」


「いいえ私はそのような名前ではありませんよ。よくご覧になって下さい御主人様」


「違う…の?」


「はい全然違いますよ」


確かに口元にあるホクロは円乗羽女とは違っているが。この人はそれで変装したつもりでいるのだろうか。


「それより、先程「見違えた」とおっしゃいましたが何方とどう見違えたのか気になりますわ」


戸惑い顔で彼女の顔が間近に迫る。伽羅のような甘い香りが鼻先を擽る。大きく開いた胸の谷間と普段けして見せる事のない生足。彼女の息づかいが耳元を擽る。


「遠慮なさらずに隅から隅まで心おきなく私を見て下さいね。御主人様!」


これは僕の知ってる円乗さんじゃない。


「君は一体誰?」


顔を上げた瞬間僕の視界から彼女の姿は忽然と消えていた。


「あれ..え?円乗..さん..!」


店内に潜んでいたと見られる巫女達が投げた祓い棒が彼女のいた空間をすり抜けた。ナイフ投げの的のように僕の座るベンチシ-トに突き刺さる。


彼女はその殺那僕の頭上を舞っていた。


まるでスローモ-ションの映像を眺めているようだ。短いスカートから、すらりと伸びた細くて白い足。これが噂の白のガ-タ…まるで天女の羽衣みたいに宙を舞う。


左足のヒ-ルの先がテ-ブルに着地するや否や振り上げた左足は弧を描き内側に畳まれタメを作る。恐らくテ-ブルは彼女の重さすら未だ感じていない。


右足のヒ-ルの尖端が店のウィンドウに触れた?瞬間に硝子は飴細工のように砕け散る。砕けた硝子の中に飛び込んだ彼女は鼻先から目尻に疵が一筋疾るのも、ものともしなかった。


「御機嫌よう、御主人様!」


そんな言葉と笑顔の残像を残して彼女は走り去る。


まるで白日夢だ。ウィンドウの硝子は見るも無残に砕け路上に散乱していた。彼女は硝子の破片が路上に落ちるよりも早く店内から外に飛び出したのだ。


僕はかすり傷もなくテ-ブルのゴブレットの水は倒れるどころか一滴も溢れていなかった。


「円乗流古武術」


既視感から口をついて出た言葉だった。以前テレビの特番で高砂神社の特集を見た。その時祭主である円乗羽女が披露していた演武。今のメイドと円乗羽女には違和感がある。


しかし先程の彼女の体捌きはトレースしたかのように全く同じ。


「相生氏!大丈夫であるか!?」


暫し茫然としていた時に聞き覚えのある声がして我に返る。


「相生氏!怪我などされておらぬか?ああ無事で良かった…」


目の前に巫女を大勢引き連れた僕の知っている彼女。いや、そうではない姿をした円乗羽女がいた。


「円乗さん…その格好?」


さっきのでちょっと免疫が出来た僕はメイド姿の円乗羽女を見て言った。


「こ…これは潜入捜査のためにだな…けして自分から望んで着たわけではないのだのであるぞ!」


俯いて胸元を右腕で隠し短いスカートの裾を必死で引っ張る。僕を見て。


「そ・そんなに…見ないで欲しいのだが…見ないで」


多分その後に「御主人様」と言われたら間違いなく僕は悔いなく昇天していた。


「羽女様、麗しうございます」


「なんという可愛いらしさ」


巫女達も店の客も我を忘れて、うっとりした様子で彼女を見つめている。


「な!?何をしておる、お前達さっさとあの女を追わぬか!!いいか、必ず捕らえ私の前に引き立てよ」


引き締まった厳しい表情に戻り部下にゲキを飛ばした。


巫女達は尋常ではない素早さで店から消えた。


「今のメイドは?」


「羽女さんに似ているようだけど」


そんな言葉を何故か僕は飲み込んだ。


「神の教えに背き世を乱す不埒な賊だ」


「平和や治安の良さで知られるこの国もそんな輩が存在するのですね」


「あまつさえ私の姿に成り済まし公衆の面前で殿方に不埒な行為を…毒婦め!」


「あんな円乗さんもいいかも」


なんて…現実にはけしてあり得ないだけに。いや、現実に彼女は今メイド服姿で僕の前に立っているのだが。


そんな事を考えていた僕を円乗羽女は市松人形みたいな目で見ていた。


「口元がニヤけておるようだが」


僕は慌てて口元を押さえた。



「まあ健康な男子なれば致し方ないのであろうな」


言葉に全く感情がこもってないんですけど。


「乳牛め」


体面上舌打ちは止めた方が。


「この世に悪芽が吹くが途絶えたためしはない」


悪なのか?


「いつの世も御正道に逆らう異端者は存在する。それと向き合うのも神職たる我が勤めと心得ておる次代だ!」


円乗さん、可愛いくて、いい子だが、ちょっとだけ面倒くさいかも。


「異端と言われてしまうと自分もだよ」


思わず口をついて言葉が漏れる。嫁がいない=この世界では異端. なんてことだ。


彼女の細い指先がそっと僕の肩に触れた。切なくなる位に眩しくて、まっすぐな眼差しだった。


「君は異端者なんかじゃない」


「私の大切な友…クラスメートだ。私は君を異端者などと呼ばせはしない。だから君もそんな言葉は自分からけして口にするな!」


「円乗さん」


「何だ?相生氏」


「クラスメートとして1つ聞いて欲しい頼みがあるんだが…いいかな?」


「私に出来る事なら何なりと言って欲しい」

円乗さんは軽く胸を叩いて見せた。


僕は携帯を円乗さんに見せて言った。


「一緒に写真いいかな?」


「しゃ写真…ひゃ!しししまった。この格好、着替えるの忘れてた!?」


「お客様!写真撮影は有料となりますが?」


でたなバトラ-!?て言うか後ろに行列出来てるし。


「円乗さんは日頃治安維持のために特警まがいの事もしてんのか?」


一瞬思ったが彼女に言わせると「今回は神社柄みの賊で特殊なケ-ス」らしい。


日頃神職に身をやつし何かと多忙を究める円乗羽女が遂にストレスが原因で遂に分裂したのかと。しょうもない空想をしたり。


「変装…というにはルパンレベルの激似ぶりだったな」


もしも円乗羽女があんな風に世界に二人いたら…僕はやっぱり好きになるのは…


そんな事をつらつら考えながら僕はその日帰宅後ベットの中で眠りに落ちる。


何も成果がなかった…と言えばそうかもしれない。ベッドの脇の充電器を刺した携帯端末を取り上げる。本日もメール着信通話履歴ともに0件なり。


仰向けになったまま眺めるめる新しい待ち画面には僕と彼女(ただしバストアップのみ)の写真。


「この写真が何よりの僕のお守りだよ、円乗さん」


我ながら気持ち悪い。けど笑いたいやつは笑えばいいさ。


こうして写真の円乗さんを見ているだけで霧が晴れるように先の見えない未来の不安が消えて行くような気がしだ。


僕は携帯端末を手にしたままいつの間にか眠りについていた。



教訓として店に入るのは色々気まずい。食事や水分補給はそこに留まる事なくコンビニなどを利用すべし。


「ごめんね~この暑さでしょ?かき氷全部売れちゃって…氷切れだよ~」


一休みしようと立ち寄った公園の出店のおじさんはすまなそうに頭を掻いた。


「ああ、じゃソフトでいいです」


「ソフト2つね!はいよ!ありがとうね~」


「1つ」


「嫁は?」


「嫁の分だけでいいです」


僕も少しは学習した。。


「はい!二人でひとつなんて新婚さんだね!熱々でソフトが溶けちゃうよね!」


そう言っておじさんさんは僕にソフトを1つ手渡した。


「明日から氷増やさないと」


「おじさん」


僕は携帯の待ち受け画面をおじさんに見せて言った。


「僕の嫁です」


液晶の画面を覗き込んだおじさんが爆笑した。


「お兄さん冗談上手いね~それ、ぎりぎりだよ!罰当たり呼ばわりされるから他の人に見せちゃ駄目だよ~」


僕は頷いて端末をポケットにしまった。


「今は僕一人なんですけどね」


店の中に飾られたフォトスタンドに収まる仲睦まじい男女二組の夫婦。


「美人でしょ!?うちの奥さん」


「はい。ほどよく熟れた感じとツヤが素敵です」


幸せそうに頬笑む夫婦の写真は見ているだけで気持ちが少し温かくなる。


「だからね~君も全然大丈夫!!OKだよ~!!必ず出会えるからね!!!」


おじさんは僕にソフトをもう1つオマケしてくれると言った。


「今は1つで充分です」


僕はおじさんに礼を言ってから少し離れた公園のベンチに腰掛けた。


容赦ない日差しに溶ける前にと僕は無造作ソフトを口に運ぶ。


ふと視線を感じ顔を上げる。


チワワみたいな目をした男の子がじっと僕を見つめている。僕というか僕の持ってるソフトを涙目で見つめている。


見てすぐ園児と分かる薄い青色の半袖の上着に茶色い半ズボン。黄色い帽子からは夏向けに短く刈り込んだ髪の毛が覗いていた。


それはともかく僕のアイスを見る目がどんどんうるうる大きくなる。


「お母さんは?」


アイスしか見てない。うるうるうるうる。妖怪アイスほしい。


「アイス食べたいの?でも、お母さんに黙ってだとダメだよね」


うるうるうるうるうるうる…やばい、もう泣く寸前だ。


僕は根負けした。微笑んでアイスをその子の前に差し出す。


「お母さんに内緒だぞ!」


こ-ゆ-のって本当は駄目って言うか、分かってるんだけど。アイスを求めるひたむきさというかピュアな瞳が嫁を求め歩く今の自分と妙にシンクロしてしまう。男同士ってやつだ!食べてくれ!


男の子はアイスを受け取ろうと両手を広げ輝く笑顔に変わる。


「吾郎ちゃんダメよ!」


突然1人の女性が目の前を遮る。


「あ、お母さんですか?すすいません僕余計な事をして!」


恐縮して僕は立ち上がる。


頭に葉っぱを沢山のせた女性はすまなそうに頭を下げる。


「こちらこそ、ごめんなさい。この子アイスアイスって食べ過ぎなの…さっきもお店の前で駄々こねるものだから『置いてきますよ』と言って草むらか様子を伺ってましたの」


お行儀の躾の途中だったらしい。


「それは申し訳ない事をしました」


「いいんですよ」


男の子の母親とおぼしき女性は鈴を鳴らすような声で笑った。


「それより、アイス..溶けちゃいましたね」


「あ…ああ」


「それ私が頂きます」


屈んで僕の手からコ-ンを受け取る時白いブラウスの隙間からふくよかな胸の谷間が覗いた。首元の真珠のネックレスも左手の薬指にはめたマリッジリングも上品な顔立ちの女性を引き立てていた。


僕から受け取った溶けかけのアイスを舌先でペロリと舐めて「美味しい!」子供みたいな笑顔で笑う。


「素敵なネックレスですね」


「養殖の淡水パールですよ」


僕は渡された香水の香りがするレ-スのハンカチを手にベンチにいた。


目の前に新しいソフトクリームが差し出される。


「あ、ありがとうございます」


男の子の手には新しいソフトクリーム。


「吾郎ちゃん良かったわね。優しいお兄さんに会えて、でもこれからは知らない人から食べ物もらっちゃダメよ」


吾郎君という名前の男の子はアイスで顔をべちゃべちゃにしながらうなずいた。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


「約束よ」


僕は彼女に礼を言って吾郎君の頭を撫でた。


「可愛いお子さんですね」


彼女は首を振ると言った。


「夫です」



「早く大きくなってね吾郎ちゃん」


彼女は夫の手を引いて公園を後にした。


「すぐに指輪なくすから、させられないんですよ」


僕はベンチに腰掛け雲1つない青色を眺めて思う。


空は何も答えてはくれなかった。


もし僕に嫁が見つからず送られる先はもしかしたら空の上の荒涼とした惑星。惑星がいいな。そこで僕は出会うんだ。


遠い昔嫁に恵まれず流刑の憂き目に合った男達。同胞スペース・ロンリ-ズに。


地球にて惰眠を貪る色ボケした人類に今こそ鉄槌を!


孤独の重さはこのコロニ-の重さと知るがいい!!


コロニ-を地球に落としてやる。泣け!喚け!絶望しろ!このアイスみたいに世界溶けてなくなっちまえ!!!


「あ…ハンカチ返すの忘れた」


淑女の香り。成熟した大人の女性の胸の谷間。僕は目を閉じてハンカチをそっと鼻先に近づける。むせる香りにふがふが鼻息が漏れる。


「アイスが溶けちゃうんだよお!!」


目を開けると目の前に円乗羽女の顔があった。鼻が唇が触れるくらい近い!近いってば!


「アイスが溶けちゃって台無しにするのは犯罪!人妻の色気にくらくらするのは重罪!!相生裕太ァてめえはあ…死刑だお!!!」


「また偽物か!?」


一瞬そう思ったが目の前も目の前にいるのは正真正銘円乗羽女だ。


それが証拠にいつもの部下というか親衛隊の巫女達もいる。ホクロもない。


「相生裕太、あんたは犯罪者、取り締まるべきよ!そおして..」


「そして?」


「こんなものはこうだ」


僕の手からハンカチを奪い取るとベンチ横のゴミ箱に叩き棄てた。


「アイス美味しそう」


今度はソフトに釘付けだ。酒臭い!あんた未成年だろ。


「この有り様は一体?」


僕は彼女の取り巻きに尋ねた。


「あんた達は円乗さんより年上の人もいるんだろ!?彼女未成年なんだぞ!」


「それが…」


高砂祭を半月後に控え神社の長たる円乗羽女は地元の各自治体や商工会議場巡りに日参していた。


その日も町内の有力者や青年団の団長を交え打ち合わせに訪れた。


一通り打ち合わせが済むと神社からお神酒の入った樽が振る舞われる。


「今年も宜しくお願いします」


「力を合わせて良い祭りにしましょう」


場は終始和やかな雰囲気で進んだ。


「私は円乗様とお神酒を酌み交わす日が待ち遠しい」


「私は飲めませんが、お酌なら出来ますよ」


「いや、そんな滅相もない。罰が当たりますよ!」


冗談で「円乗様も一口」等と勧められても彼女も慣れたもので「次がありますので」場の空気に水を注さぬように柔らかな笑顔を浮かべ暇を告げた。


「ああ、そう言えば円乗様、先日鈴掛の大通りで騒ぎがあったとか?」


「おう!聞いた聞いた店の窓硝子が割られたって騒ぎだろ?俺その場に偶然居たんだよ」


その話題に触れた時円乗花女の表情が一変した。


御付きの巫女達は彼女が賊を取り逃がした事に対し非常に不快感を持っている事を知っていた、ので気が気ではなかった。


「女だってな?」


「女だ」


「俺は通りにいたんだ。なんというか鬼神のような走りでな…あれは捕まえられねえ。触れる事も憚られる」


「どんな風体なんだ?」


「風体か…あれは…何というか、たまらんな」


「たまらんとは、つまり」


「いい女だった」


「これ円乗様の前で、控えよ」


「構わぬ、続けよ」


「円乗様」


「顔は長い髪に隠れ一瞬でしたが表情が思いを秘めてというか憂いというか…勿論円乗様には到底及びませんがね」


「世辞はいらぬ」


「しかし、あのプロポーションはヤバかったなあ!何か変な服着てけど…まあ俺はカミさん命だけどね。もし独身だったらと思うと、あんな女に出会って嫁がいなかったらイチコロだろうて」


かたり。静かにテ-ブルに空の湯飲みを置く音がした。


「円乗様?」


湯飲みの酒を一息に空けた彼女はいぶかしげに皆を見て言った。


「神の巫女たる私が御神酒を口にしてはならぬのか?」


「そ、そうですよね」


「さすが円乗様いける口で」


「ならば、いつまで私の杯を枯らすつもりだ。注げ!」


「え…円乗様!残念ですが次の予定が、時間が推してございます」


「なんと興醒めであるな」


巫女達に背中を押された彼女は煌めくような笑顔を人々に向けた。


「良い祭りにしようぞ!皆の衆!どうした!?楽しくないのか?楽しければ腹から笑わんか皆の衆!」


高笑いの後に投げキスとか。したとかしないとか。


「そっからもう手がつけられなくなってしまいまして」


「酔い醒ましに公園に連れて来た訳か」


「確かに我らは賊を取り逃がした。しかし円乗様は許して下さったのだ。一体何処で逆鱗触れられたのか」


巫女達は項垂れるばかりだ。その間も円乗は「アイス!アイス!」と目の前で手足をバタバタさせている。


「私なんかさ~神様のお仕事毎日頑張ってもさ~『俗世間の穢れた食べ物は駄目』だって!甘い物とか私だって食べたいよ~」


草履の先で足元をほじくり始めた。


「アイス食べて頭冷やせよ。円乗さん」


「いいの!?」


瞬間移動も出来るか!?だから顔が近いって。


「いいの?いいの?アイス食べちゃっていいの私?」


「アイスくらい」


言いかけて僕は何故か目頭が熱くなった。


「アイスくらい食べたっていいじゃないか」


「円乗様それでは他の者にしめしが」


「あによう」


不機嫌そうに頬を膨らませる。


「そうだ皆の者今日は暑い中大変ご苦労であった解散じゃ散華じゃ散れ散れ散るがよい!」


散華は神道じゃなくて仏教。


「ま、まだお勤めが」


「暫し休息を取るがよい。皆の労を労うぞ」


財布から札束。


「お金ならあるわよ~アイスでも何でも好きな物を買って参れ~」


うわ…こいつ酒癖悪!!


「アイス…よ、よろしいのでございますか!?」


あれ…。


「私はクレープ」


「納豆カフェゼリークリーム!一度食べて見たかったの!」


「うむうむよきに計らえ」


祭主でも巫女でもなくて姫様だろそれ。


巫女たちは円乗さんにもらったお札を手に嬉しそうに出店のある方へ駆け出した。


「さあ円乗さんも溶けないうちに食べてしまえよ」


「私は、いい」


あれ?この人もしかして酔いとか醒めてるのか。


「私だって泣きたい時とか辛い時お酒を飲んで忘れちゃえ!…なあんて思ったりするのだ」


「しんどい時アイスとか甘い物は結構効くぜ」


「そうなのか?でも、いい!」


「なんで」


「だってそれは相生君が食べたくて買ったものだ。さっきも小さい子にあげようとしてたし人妻にくらくらしてた」


「食べたかったけど、なんか腹の調子悪いみたいだから。円乗さんが食べてくれないと捨てなきゃいけないよ」


「アイスを捨てるのは重罪だ。牛にも申し訳ない」


「だな」


夏の陽射しとコンクリートの照り返し。逃げ水。手に持ったソフトクリームも溶けて滴る。


他の巫女たちとは違う神官の衣装を着た彼女は片膝を着いて屈む。


髪を人差し指で掻き上げる指と口元から覗く薄桃色の舌先。


「一口だけね」


「一口だけ」


ゆっくりと今にも地面に落ちてしまいそうなソフトクリームの渦巻きの先端を舐めた。


「円乗さん、自分の手で持ってよ」


「両手を地面についてしまったから、そのまま持っていて」


彼女は舌の上にのせたアイスを飲み込んだ。途端に目が真ん丸になる。


赤ん坊をあやすように広げた両掌。やがて輝くような笑顔に変わる。足が喜ぶ犬のしっぽみたいにぱたぱた動いている。


「美味しい!美味しいよ!相生君」



日頃決められた神社の粗食以外口にしないという彼女。


僕を見上げる彼女の頬は残ったお酒のせいか幾分紅潮し睫毛の先にうっすらと涙さえ浮かべていた。


「全然食べていいんだよ」


「一口でいいの…でも止まらない…相生君…美味しいの..やだ..お口が止まらない」


彼女の艶やかな黒髪に触れてみたい。柔らかな頬に掌をあて睫毛の先についた雫を指で拭いさるだけでもいい。


そんな小さな勇気が僕にあればと思う。


そしたら世界は少しは変わるだろうか。


たとえ変わらなくても構わない。


祭が終わる頃は僕は彼女の住むこの世界から消えているかも知れない。空を見て思う。


もし消えるなら今がいいと。


いっそ、それなら今此処で彼女が舐めたソフトクリームみたいに彼女の体の熱で溶けて消えてしまいたい。


「私こんな格好ですごくはしたない」


「誰も見てない」


大丈夫。


「口の周りがアイスでべとべと…恥ずかしい」


大丈夫。


「んく」


目を閉じて喉を鳴らす彼女。どこまでが現実で或いは全て僕の妄想なのか。暑さのせいで頭が茫っとしている。


座っているベンチの木に体が触れている部分が汗ばんでいるのが自分でも分かる。小さくなるコ-ンの欠片。


僕の指先から彼女の唇の中に消えて無くなる。成熟していない唐黍の実のような整った小さな白い歯と白く染まった彼女の舌がちらりと覗いて見えた。


ほんの一瞬だけ僕の指先は彼女の柔らかな唇の感触にくるまれた。彼女は残ったコ-ンを満足そうに噛み砕いた。


「あんなに沢山のアイスを食べたのは初めてだ…私の舌は白くはないか?」


小さな舌をペロリと見せた。彼女の舌はもう白くなかった。


大丈夫だよ円乗さん。


彼女は暫し俯いて僕の太股に手を置いた。彼女の重さが膏薬を塗った湿布のようにじわりと広がる。


「なあ、相生裕太氏。私は今たいそうに酔っているみたいだ」


「うん」


「酔っている私だから、酔っぱらいの戯言だと思って聞いて欲しいのだ」


「分かった」


「私は先日店で君に会った。その時普段着ないような格好をしていたはずだ」


今でも鮮烈に胸に焼きついている。


「思い出さなくていいから」


写真はバストアップまでしか撮らせてもらえなかったけど。


「御役目だから別に誰に見られようと構わない。全然平気だと思っていた、だけど違ってた」


彼女は僕の目を真っ直ぐに見上げて言った。


「なのに私の足は情けなく震えていたんだ。君の前に立つまでは全然まったく平気であったのに」


「僕が円乗さんの知り合いでクラスメ-トだから?」


「意地悪者」


彼女は道端の蟻の行列に呟く。


「来月から家賃を上げてやろうか」


大丈夫、大丈夫だよ。


僕なんてずっと。


心が震えたままだから。


あの時が初めてじゃない。初めて会った時、言葉を交わした時からずっと。今も君に心は震えっぱなしだ。


「私は、その、あの、あの女よりも相生裕太氏として率直に見て…」


ごにょごにょ喋るので最後まで聞き取れない。


「よく分かんないけど大丈夫だよ。円乗さん」


「大丈夫なら、良かった。うむ。良かった」


円乗さんはその後良かった良かったを延々繰り返している。


「出来れば名前で読んでくれると嬉しいな..その、クラスメートでもあるわけだから..」


「氏」


その呼び方虫けらみたいだけど。


「そうだ!」


右手の握り拳で左手の掌を叩く。


「大切な事を忘れていたぞ相生裕太」


いつの間にかの呼び捨ては気づかないふり。正直嬉しいが僕はやっぱり円乗さんの名前を呼び捨てに出来ない。


「何?円乗さん」


「うむ。あの場ではこうしなくてはならんと聞いた」


彼女は僕の顔をしばらく見つめてから言った。


「私は御主人様が大好きです。はぐ!」


彼女の体の重さと柔らかい二の腕と胸の感触が体にダイレクトに伝わる。


「はぐう」


はぐは!大丈夫じゃ…ねえ。嬉しいけど。間違ってるぞ、その知識。


「ベベベべ別にお仕事でやり残した事を今しただけなんだからね!」


それ属性に地味に効く。いや寧ろ追い討ちだ。


「ど・どうした!?急に前屈みになって、やはりお腹が悪いのか!?胃か?膵臓か?それとも腎臓?どれどれ見てやろう!?」


「み見ないでえ」


「どうした?あん?女みたいな声を出して」


彼女が身を乗り出したせいで僕の太股に置いた手が数センチ上に滑る。


「嘘」


「ごめん」


嘘はついていない。寧ろ己自身の正直さ愚直さ故。僕は詫びた。


「と」


「と?」


「殿方の信じ難き」


彼女は両手で顔を覆い後ろに後ずさる。


「まままま益荒男振り凄まじき」


「め滅相も御座いません」


僕は夏祭りを待たずにこの世界から消え失せるかも知れない。何故なら。


「己」


「卑賤の輩が」


「神敵」


「我らが目の届かぬを良いことに酔った羽女様を犬のように地べたに膝まづかせ、こともあろうに、ま摩羅をば握らせしめようとは!」


言ってる事は何一つ間違っていないが、誤解だ。諸君これは誤解なのだ。


言い訳する間も与えてもらえず僕は茂みから現れた巫女たちに祓い棒で餅のようにしばかれた。


「六根清浄!」


いた!


「六根清浄!」


いたいって!


「祓い賜え!清め賜え!」


「いててて!」


「こら!お前達止さぬか…」


そう言って制止に入ろうとした彼女は体を九の字にしてお腹を抑えている。


「相生君が…ぼこぼこに…いやすまない…あはははははははは」


僕の殴られっぷりが面白くて何だか円乗さんのツボに入ったようだ。


日頃表情をあまり変えない彼女が今はお腹を抱えて笑っている。


「この位で勘弁してやろう。さっさと立ち去れ!」


「頼む、もっとだ!もっとやってくれ!」


「何を!?く!この、この変態が!!」


僕は携帯端末を出して言った。


「出来れば写真も」


棒で殴られるのは構わない…でも角は止めてくれ。本当に死ぬから。


最終的には円乗さんが巫女たちを止めてくれた。


でなければ本当に死んでたかも。


「円乗さんは愛されて崇拝されてるんだなあ」


因みに円乗さんに就いている精鋭っぽい巫女さん達は通称ネギと言うらしい。


どんな漢字で書くのだろう。「ネギ部隊ですね」と軽口をきいたら睨まれたが。


自宅のベッドに寝転がりながらフォトを眺める。痣やコブが出来てあちこち痛むが不思議と気分は悪くない。


ネギの1人が「冥土の土産」と押したシャッター。祓い棒で組伏された僕の写真。


本当はその視線の先にいる円乗さんの写真が欲しかったんだけど。


円乗さんの姿は写っていなくて残念だ。でも彼女は確かにそこにいて。僕の目の前で弾けるような笑顔を見せてくれた。


それが忘れられないこの夏のを僕の思い出なんだ。


【第三話 和魂荒魂に続く】

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