4.冷菓子

 バイクを走らせて2時間半。峠を1つ越えた辺りから風に潮の匂いが交じり始める。


「あ、ねえねえアレ」


 ユイが腰から片手をはずしてどこかを指差す。ちらりと見ると、別れ道を言った先に何やらパラソルらしきものが見える。


「アイスって書いてある。ねえ、寄っていこうよ」

「まじか最高」


 ユイの言葉にすぐさま僕はウインカーを点けて左にハンドルを切った。


 花柄のパラソルの下には白い髪に紫のメッシュを入れたご婦人が野外扇風機の側で涼んでいた。その隣には大きな冷凍庫と『愛を込めてアイス売ります』と筆字で書かれた白い旗がある。


「こんにちは、アイス2つください」

「はいはい、どうぞ」


 どれが良い?とメニューを指差すアイス売りのご婦人は、僕達を見て少し驚いたように目を見開いた。


「あれ?あんた達前にも来てくれたよねぇ」


 少し考えて、思い出す。前に2人で海に来た時にも、帰りの道でここでアイスを食べたことを。ユイも思い出したようで「ああ!」と高く声をあげた。


「良く覚えてましたね、あれもう5年も前ですよ」

「忘れるわけないよ、覚えやすいもの」


 ご婦人は僕とユイの顔を交互に見て、こりゃ後十年経ったって覚えてるねぇ、ともう一度頷く。


「双子ってのは、大人になってもそっくりなのねぇ」

「何せ遺伝子レベルのそっくりさんなもので」


 ユイの言葉に「素敵ねぇ」と朗らかに笑うご婦人に、彼女はくすぐったげに、ひひ、と笑い返した。


 さて、味はどれにする?と聞かれてメニューに目を落とす。


 リンゴ、ナシ、バナナ、イチゴ、スイカ、レモン。どうやらここはフルーツシャーベットの店らしい。ユイは真剣な顔でメニューを睨んでいる。


「じゃあ僕はスイカ」


 そう言えば、ユイはパッと顔を明るくする。


「じゃあ私はナシ! ハジメのスイカ、後で一口ね」

「リンゴじゃなくて良いのか?」


 フルーツ好きの彼女の一番の好物を選ぶと思ったのだが。聞けばユイは少し悩む様に首を傾げる。


「んー、確かにリンゴ悩んだんだけど……でも今日はナシとスイカの気分かな」


 選び終えるとご婦人はうんうんと頷いて、冷凍庫からアイスのパックを取り出した。そして蓋を開くと、ヘラでシャーベットを平らに掬い、コーンをくるくると回しながら乗せていく。掬って乗せて、掬って乗せて。


「そう、本当に懐かしいわ。あの時は自転車だったのにねぇ」


 こんな立派になっちゃって、としみじみとした口調でご婦人は朗らかに笑う。反して動く手は繊細かつ早い。平らなアイスが重なり合って、気付くと薔薇の形が出来上がる。


 そうだ、ここはこんな達人芸が見れたのだ。忘れていたあの日が少しずつ甦る。


「わぁ、綺麗! 食べるの勿体ない」


 ユイが嬉しそうに白いバラを受け取って、勿体ないと言った舌の根も乾かぬうちにパクリと花びらの一枚を食べる。


 あの日もそうだった。溶けた方がもっと勿体ないと言って、食べていた。


「白い薔薇の花言葉は純潔、尊敬、私はあなたにふさわしい。赤い薔薇の花言葉は愛情、情熱、あなたを愛しています。うちは愛を込めて愛を売るアイス売りだよ」


 歌うようにご婦人が言う。


 すぐに僕のスイカも出来上がって、差し出される。こちらは真っ赤な薔薇だ。花びらにかぶりつけば、さっぱりとしたスイカ味が舌の上で溶ける。なんとも爽やかな情熱だ。


「一口ちょーだい!」

「はいはい」


 あ、と開ける口にプラスチックのスプーンで大きく掬った花びらを突っ込む。初めはご機嫌に咀嚼していたが、すぐに頭にキンと来たらしく、ユイはしかめ面で米神を押さえた。その隙を見て、ユイのシャーベットを一口拐う。


「ハジメの愛情、めっちゃ冷たい……」

「ユイの尊敬も冷たいからどっこい」


 僕らのやり取りを見て、アイス売りのご婦人は愉快そうにくすくすと笑った。


 暑い陽の下でのアイスは良く進み、僕らは隙を見ては互いの花びらを奪い合いながらあっという間に食べ終えてしまう。


「アイス、とっても美味しかったです」


 ごちそうさまでした、と言うとご婦人は目の端のシワをさらに深めた。


「こちらこそありがとうね。同じ場所にずっといるとね、こういうたまの再会がうんと嬉しいのよ」


 本当に嬉そうにそう言ってくれるものだから、僕らも一緒に嬉しくなる。ご婦人は言葉を続けた。


「だからね、明日も明後日も、来年も再来年もその次の年も、私はずっとここでアイスを売っているから、またいつでも食べにおいで」

「ずっと?」


 聞き返せば、ご婦人は大きく頷く。


「ずーっとよ。何せ私は昭和からコレやってるんだから。次の元号が終わったって、きっとここでアイスを売ってるよ」


 幽霊になってもアイスを売るよぉ、と腕まくりするご婦人に、僕らはひひ、と笑った。


「じゃあまたね」

「はいはい、またいつかね」


 手を振る彼女に手を振り返して、僕らはバイクを発進させる。

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