第153話 お出迎え
昨夜は酔っぱらった詩織の爆弾発言などがありつつも、特に何も起こることはなく一夜を過ごした。
翌朝、詩織を約束の時間に叩き起こして、一度家に帰らせた。
俺も詩織を送り出した後、ゆっくりと朝の準備を整えて大学に向かう。
授業教室へ到着すると、詩織は平然とした様子で、いつもと変わらぬ明るい笑顔を振りまいていた。
昨日の酔いにまかせた痴女っぷりとはかけ離れたほど大違いの態度……。
こいつ、女優出来るんじゃねぇの?
詩織の素知らぬふりに一種の感心さえ覚えつつもいつもと変わらぬメンバーで授業を受けた。
俺はその後、サッカーサークル『FC RED STAR』の練習に参加した。
明日からついに、サークル対抗サッカー大会が始まる。
今日はその最終調整日。
俺は愛梨さんとツートップを組んで、一軍のメンバーとして明日の試合へ臨む。
コンディションは抜群。
しかし、今日の睡眠によっては明日のコンディションが最悪になる可能性も秘めている。
「いいか? 明日はキャンパス内のコミュニティハウスに8時30分厳守で集合だからな。夜更かしして、コンディションを落とさないように!」
今は軽い実戦形式のメニューを少し行った後、明日に控えた大会についての諸説明を太田さんから受けていた。
太田さんの忠告虚しく、今日俺は試合よりも大切な大勝負を迎えようとしていた。
今日は、愛梨さんvs萌絵の第三戦決戦当日。
これまでの二試合は、結局どっちつかずで勝負がついたのかどうかよく分からないまま終わり、二戦とも引き分け。
しかし、今日に限っては優劣を付けなくてはならないだろう。
なんせこの勝負の発案者である愛梨さんがいるのだから。
「大地、行くわよ」
「は、はい……」
着替えを終えた愛梨さんに連れられて、俺達は戦場(アパート)へと向かう。
◇
最寄り駅に到着すると、愛梨さんは俺の一歩前を歩き、なぜかアパートとは逆方向へと歩みを進めた。
「あれ、愛梨さんどこ行くんですか?」
俺が尋ねると、愛梨さんはにやっとした悪い笑みを浮かべる。
「そりゃもちろん、可愛い後輩ちゃんのお迎えよ」
愛梨さんについて行った先は、俺の掛け持ちのアルバイト先でもあるレストラン『ビストロ』。
今日ここで、対戦相手を迎え入れるのだろう。
愛梨さんは入り口のドアを開けて、気分良く店内へと入る。
「お疲れ様でーす!」
「お、お疲れ様です……」
続けて店内へ入ると、カウンターでグラスを拭いていた店長が目を瞬かせていた。
「あれ、二人ともどうしたの?」
「こんばんは店長! ちょっとこの後萌絵と大事な用事がありまして、休憩室で待たせてもらいますねー」
「ど、どうもです店長」
当たり障りのない理由を述べて、休憩室で萌絵のバイトが終わるまで待とうとする愛梨さん。
俺と愛梨さんを一瞥して、店長が首を傾げていると、キッチンの方からバイト服姿の萌絵が顔を出した。
「あれっ、愛梨先輩!? それに、大地君!?」
「やっほー萌絵。迎えに来たよ~」
「よっ、萌絵」
「迎えにって、どういうこと?」
状況が読み込めず俺と愛梨さんの顔を交互に見て困惑の表情を浮かべる萌絵。
「サークルの帰りなんだよ。それで、ついでに萌絵を迎えに行こうって愛梨さんが言いだして」
「あっ、なるほどね」
状況が理解できたらしく、萌絵は納得した顔をする。
「それなら、もう少しで作業終わると思うからちょっと待ってて」
萌絵はそう言い残すと、せっせと残りのホール作業に取り掛かる。
俺と愛梨さんは、他の人の邪魔にならぬよう、さっさと休憩室へ籠ることにした。
休憩室で待っている間、俺と愛梨さんは明日の試合についての話をしていた。
「なんか、あっという間に試合日が来ちゃいましたね」
「そうね。明日はハードな試合になりそうだわ」
「対戦相手、強いんですか?」
「それもあるけど……今日がねぇ」
そう言って、愛梨さんはニヤっと意地悪めいた笑みを浮かべる。
突き刺さる視線に、俺は苦笑交じりの笑みを返すことしか出来ない。
すると、がちゃりと休憩室の扉が開かれる。
「ごめんなさい、今終わったのですぐ着替えますね!」
萌絵はロッカーの裏へと回り、すぐに着替えを始めた。
「そんなに焦らなくていいから、ゆっくり着替えなー」
「はーい」
他愛のない会話を交わす愛梨さんと萌絵。
傍から見れば、仲の良いアルバイトの先輩・後輩という関係性に見えなくもない。
けれど、俺と寝泊りしていることがお互いに発覚したことで、内情はドッロドロ。
昼ドラ並みのドロドロ感満載の修羅場である。
正直、対戦相手である萌絵を、バイト先まで迎えに行くという愛梨さんの行動が読めなかった。
普通なら、愛花のように先手必勝とか言って、先に家に行って色仕掛けしてきてもおかしくはなかったはずなのに、愛梨さんはさも当然のように萌絵を迎えに来たのである。
何か他に考えがあるのか、それとも実は二人で既に談合し、策略を練っているのか。
いつ何時に勝負が始まってもおかしくないよう、俺は家に帰る前から注意深く身構えておくことにした。
「お待たせしましたー!」
しばらくして、着替え終えた萌絵が更衣室から出てきた。
「よしっ、それじゃあ行きますか」
愛梨さんがパイプ椅子から立ち上がったのを合図にして、俺も椅子から立ち上がる。
そして、萌絵の前を通る時に目が合った。
「バイトお疲れ様」
「うん。ありがとう大地」
俺は愛梨さんに気づかれぬよう耳打ちする。
「ごめんな、なんか変な勝負に巻き込んじゃって」
「いやっ……平気……」
ぽそぽそ声で返す萌絵の表情は何故か真っ赤になっていた。
「ん、どうした?」
様子の変化に気が付き、俺が尋ねると、萌絵は恥ずかしそうに身を捩る。
「そ、その……耳弱いから……」
「あっ、ごめん」
そうだ、萌絵は耳が弱いのすっかり忘れてた。
俺が申し訳ないと平謝りしていると、愛梨さんが顔だけこちらに向ける。
「二人とも何してるの? 早く行くわよ」
「は、はい」
愛梨さんに急かされるようにして、俺と萌絵はバイト先を後にした。
◇
アパートまでの道のりは、三人で仲良く談笑しながら帰宅した。
「えぇ!? 嘘! 店長そんなことしてたの!?」
「そうなんですよ。一昨日も実は……」
仲睦まじい様子で店長の秘密話を共有する萌絵と愛梨さん。
表向きだけ見れば、本当に萌恵と愛梨さんは友達のように仲がいい。
もしかしたら、春香と綾香の時のように微笑ましい穏やかな寝泊りが待っているのではないかと、そんな淡い期待も抱いてしまう。
けれど、やはり勝負の発案者である愛梨さん。
この後、一筋縄ではいかないことになるのは、明白な事実であった。
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