第七章 関係変化編

第113話 まさかの!?(詩織1泊目)

 翌日、愛梨さんを家に帰してから、大学へ行き、授業を受け終えた後、スーパーで食材を調達し家に戻った。そこから、洗濯や部屋の掃除をして夕食を済ませ、今はテレビを付けっぱなしのまま、床に寝転がり、ゴロゴロしながらスマホゲームに熱中していた。


 今週末、綾香は仕事で地方に行っており、今日は家に来ない。久しぶりに一人で過ごす休日を、有意義に使おうと思っていた。


 すると、スマホの画面上に着信の通知が現れた。俺は、一度ゲームを中断して、上から現れたその通知をタップした。


「もしもし?」

『あ、大地!? ごめん、今家にいる?』


 電話は、珍しく詩織から掛かってきた。珍しいこともあるなぁと思いつつ、返事を返した。


「うん、いるけど……どうかした??」

『そのさ、申し訳ないんだけど、家にかくまってくれない?』

「えっ、なんで?」

『いやぁ……事情は、後でじっくり話すわ! とにかく今、大地の家の最寄りから歩いてそっち向かってるから、インターホン鳴ったら開けて! よろしく!』

「え? あ、ちょっと……」


 プーッ、プーッ


 詩織は言いたいことを言い残して電話を切ってしまった。

 何だったんだ今の電話は……ってか、あいつ今から俺の家に来るとか言ってなかったか?


 俺はふとテレビの後ろの壁に掛かっている時計を確認すると、時刻は夜の11時を回っていた。


 10分ほど家で待っていると、廊下の方からトントンと足音が聞こえてきて、俺の部屋の前で止まった。直後、ピンポーンとインタフォーンが鳴る。


 俺は玄関へと向かい、ドアミラーから外を覗き込む。そこには、先ほど電話で話した通り、詩織が立っていた。いつも間にか雨が降っていたようで、オレンジ色の傘を差しながら玄関の前で待っている。


 俺はゆっくりと扉を開けると、詩織が手を挙げてニコニコと挨拶をしてきた。


「ヤッホー大地! お待たせ!」

「いやっ、待ってはなかったけど……」


 出来れば今すぐに帰宅してほしい。


「まあ、いいじゃんいいじゃん! とりあえず上がらせてよ」


 詩織は俺を窘めるようにして、ガツガツと玄関に入ってくる。

 傘の水滴を丁寧に外で払ってから、玄関のドアを閉めて、靴を脱いだ。


「おっじゃましまーす」

「……どうぞ」


 ここまで強引に入られてしまったら仕方ないので、詩織を部屋の机の所まで案内する。


「わー洗濯物がいっぱい干してある! なんか、この前来た時と違って生活感溢れてる!」

「そりゃそうだ、ここに住んでるんだから」

「それもそっか! ははっ!」


 ニタニタと笑いながら、詩織は机の前に座り、ヘラヘラしていた。


「で、なんで突然俺の部屋に来たんだよお前は?」


 俺が対面に座りテレビを消して尋ねると、詩織は少し困ったような表情を浮かべる。

 訝しむようにじぃっと見つめていると、詩織が観念したように口を開く。


「実は……」


 ブー、ブー


 すると、机の上に置いてあった俺のスマートフォンのバイブレーションが何度も振動する。また誰かから電話が来たようだ。


「すまん、ちょっと」


 詩織に断りを入れて、スマホを確認すると、電話は健太からだった。

 俺は通話ボタンを押して、スマホを耳元へと持っていく。


「もしもし?」

『あっ、大地ぃ~やっふ~い!!』

「うわっ……」


 一瞬で俺の顔が引きつるのが分かった。健太は明らかに酔っぱらっており、ハイテンションで無駄絡みをしに電話をかけてきたようだ。


『なんだよ~その嫌そうな返事は~』


 いや、だって面倒くさいですよあなた……


「ってか、何? 急に電話かけてきて」


 俺はダルからみされる前に、とっとと本題へと入ることにする。


『え? あぁ、そうそう詩織知らね、詩織!』

「詩織?」


 詩織なら目の前にいますけど……そんなことを思いつつ、詩織の方へ視線を向けると。詩織が手を合わせて、目をパチパチと何度も閉じて瞬きをしていた。どうやらウインクをしたいみたいだが、出来ていない。


「あぁ……」


 だが、そのサインを読み取って、俺は何となく察しがついた。


『なんだよ~何か知ってんの~? ねぇ~』


 電話越しでは、返事を返さない俺に対して、健太が陽気に話しかけてきていた。

 俺はため息を吐いて健太に返事を返す。


「さぁ、知らねーな」

『えぇ~!? ったくどこ行ったんだよアイツ……』


 俺がそう答えると、健太が不機嫌そうにため息をついていた。


「なんかあったの?」


 尋ねると、健太が事の次第を話してくれる。


『いやぁ~ね? 一緒に飲んでたんだけどぉ~店から出たら急にキレ出して、どっか行っちゃったんだよ~。スマホに電話しても出ねぇし、大地の家ならいるかなぁ~と思って』

「なんで俺の家に来る発想があるんだよ……どっか行ったなら、普通に家に帰ったんじゃね?」

『はぁ~……ッチ、まあいいや。サンキュ~で~す』

「お、おう」


 健太は舌打ちそした後、すぐにハイテンションに戻り、そのまま電話を勝手に切ってしまった。


「……」


 俺が呆れた表情で詩織の方に向き直ると、申し訳なさそうに詩織が頭を下げていた。


「ごめん、健太がダル絡みして……」

「いや、それはいいんだけどさ。何か健太とあった?」

「いやっ、それがさ……」


 詩織は言おうかどうか迷っているみたいであったが、一度大きくため息をつくと、意を決したように話し始めた。


「健太のヤツと普通に飲んでたんだけど、アイツ酔っぱらうと今見てもらった通りめんどいじゃん? それで、飲み終わった後『ホテル行こうぜ!』って私を誘ってくるの。 超キモイじゃん??」

「お、おう……」

「マジ生理的に無理だから! アンタとは絶対にヤリたくないって言ったら、私の腕掴んで無理やりホテルに連れ込もうとしてきたわけよ! マジ最悪じゃない!?」

「そ、そうだな……」

「んで! とりあえずどっかに避難しようと思って、そう言えば大地の家近くにあったよなと思いついて、電話したわけよ!」

「な、なるほど……」


 事の次第はなんとなくわかった。

 健太……お前って奴は、酔いから覚めたら絶対に後悔するやつだぞ?

 ってか、詩織って健太の事……


「ってか、さっきから何、その意外そうな顔?」


 俺が腑に落ちない表情を浮かべていたことに疑問を思ったのか、詩織が尋ねてくる。俺は率直想ったことを口にした。


「いやだって、てっきり詩織と健太は出来てんのかと思ってたから……」

「はぁ!?!? ないないマジ無理だからやめてそう言うの! 言われただけでヘドが出るから」


 健太よ……お前どんだけ詩織に嫌われてるんだ……


「あ、あはは……そうなんだ」


 俺はもう呆れて苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


 ここから、詩織もお酒が入っているためか饒舌で、健太への普段からの愚痴がヒートアップしてしまい、結局小一時間近く俺が話し相手となって愚痴を聞いてあげた。

 普段仲がいいように見えて、健太は恋愛対象としては全く見られていないんだなということが、詩織の愚痴を聞いて、これでもかというくらいに伝わった。

 そして、ふと話が途切れ、二人の間に沈黙が流れた時に、ふとテレビの後ろにある掛け時計を眺めると、時刻は夜の12時を回っていた。


「詩織、時間は大丈夫なの?」


 俺が時計を見ながら尋ねると、つられるように詩織が時計を見た。


「うわっ、ヤバ……」


 詩織はそう呟いて、慌ててスマホで路線検索をし始め、終電の時間を確認した。


「あっ……」


 詩織からしまった……というような声が聞こえてきた。

 俺が詩織の方を心配そうに見ていると、顔を上げた詩織がアハハと苦笑いを浮かべる。


「ごめん、大地。終電もう終わってたわ」

「やっぱりか……」


 夜遅くに来たし、これだけ熱く語っていたら時間も忘れてるんだろうなとは薄々感じてはいたが……


「どうする?」


 俺がそう尋ねると、詩織は申し訳なさそうに頭を下げて手を合わせた。


「ごめん! 今日だけ泊めてくんない?」


 そうなるよな。まあ、終電なくなった女の子を、雨の中外に野放しにしておくわけにもいないし。

 でも……


「詩織はそれでいいのか? そのぉ……一応俺も男だぞ?」


 そう尋ねると、詩織は少し意外そうな表情を浮かべた。


「私の事、一応女として扱ってくれるんだ。てっきり、大地の中では私のこと眼中にないから、女として認識してないかと思ってたよ」

「いやっ、流石の俺もそこまで酷い扱いはしないぞ?」


 すると、詩織は何が面白かったのかケラケラと笑う。

 そして、冗談冗談と胸元辺りで手を振る。


「まあ、私は大地のこと、信頼してるから大丈夫!」


 詩織が俺に対する評価が意外と高いことを心中で驚きつつ、俺はつっかえつっかえ返事を返す。


「そ、そうか……まあ、そう言うことなら……」


 俺がそう言うと、詩織はニコっと笑顔で答えた。


「サンキュー! ってことで、よろしく!」


 こうして、まさかのお泊りが、決定した。

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