第97話 素の愛花
土曜日の午後、愛梨さんと一緒に家を出て、愛梨さんは自宅へ、俺は大学へとそれぞれ向かった。
大学へと向かい、土曜日の授業を無事に受け終えた俺は、そのまま学習塾へと直行した。
今日は愛花の振り替え授業日であった。桜井先生の時に、1回分授業のコマ数が足りていなかったとのことで、それを消化するため、土曜日の午後に、振り変え授業を入れていたのだ。
土曜日ということもあり、学習塾には高校生と思われる生徒が多く見受けられた。
アルバイトの人も知らない人ばかりで、『初めまして』と、挨拶を何度もする羽目になり気を使ってしまった。
そんな別の校舎で授業を教えているような感覚に陥りながらも、いつもの席で鼻歌を歌いながら、上機嫌で制服姿の愛花は、俺が配った問題集のプリントを黙々と解いていた。
「終わった」
この間の文転事件以降、愛花は俺に対してだけではあるが、前よりも感情を表に出すようになっていた。
言葉遣いも、少しボソボソ喋りから変化しつつあった。
「おう、早いな。ちょっと待って」
俺は愛花から問題集のプリントを受け取り、丸付けを行っていく。
丸付けを終えて愛花にプリントを返す。
「はいっ! 今日も満点」
「やったぁ~」
このように満点を取った時も、ぎこちなさはあるが喜ぶようになった。
これも、彼女なりの心境の変化なのだろう。
「最近調子がいいみたいだな」
俺が愛花に微笑みながら言うと、愛花は少し驚いたような表情を浮かべた。
「そうかな??」
「おう、なんというか荷が下りたというか、今を楽しんでるというかそんな感じに見える」
「それは……」
愛花は机の方を見て俯いてしまった。
どうしたのだろうと思い、愛花の様子を覗き込むと、愛花が再び俺の方を見つめてきた。
「大地に女の子として見てもらえてるって分かって、凄いやる気が満ちてるというか……今は本当に勉強を頑張ろうって気になったというか……まあ、よくわかんないけどそんな感じ」
「そっか」
言葉にするのは難しいようだが、一先ず愛花が俺のおかげで勉強に精を出せるようになったのはいいことだ。
俺は思わず愛花の頭をポンっと撫でてしまった。
「あう……」
「あっ、わ……わりい」
俺が咄嗟に手を離すと、愛花は少し物寂しそうな表情を浮かべた。
「べ……別にいいよ? 頭撫でても……」
「お、おう……そっか。それなら……」
お言葉に甘えて、再び愛花の頭をポンと撫でる。
「ふわっ……」
気持ちよさそうな声を出して、俺に頭を撫でられながら、トロンとした表情を愛花は浮かべていた。
そんな可愛らしい彼女を見て、俺はもっと愛花に女の子らしい可愛い姿を見せてほしい。そんな風に思ってしまう俺なのであった。
◇
無事に愛花の授業を終えた俺は、他の子の授業がなかったため、サクッと切り上げて愛花と一緒に学習塾を後にしてアパートへと向かった。
「やったぁ、今週は週2で大地の部屋に行ける~」
と愛花はご満悦だった。
アパートに到着して部屋の明かりをつけた。
外は夕焼け空で静寂な空気が流れており、聞こえてくるのは、どこかしらで鳴いているカラスの鳴き声くらいだった。
「さてと……夜飯作るけど、何食べたい?」
俺が冷蔵庫を開けながら愛花に尋ねた。
「う~ん、大地に任せる。基本嫌いなものないし、私はご飯出来るまで勉強して待ってるから」
「おう、そうか」
愛花は青いリュックから、学習用具を取りだして、そそくさと勉強を始めてしまった。彼女もこう見えて受験生。やはり時間は無駄にできないのである。
本当はもっと俺に甘えてきてもいいのにな~……
そんな寂しさを覚えつつも、俺は夕食の準備に取り掛かった。
夕食を1時間ほどで作り終わり、一緒に愛花と夕食を楽しんだ。そう言えば、愛花と一緒にご飯を食べるのは初めてかもしれない。そんなことを考えながら愛花の方をポケェっと眺めていた。
愛花は俺が作った料理を、小さい可愛らしい口にパクっと箸で運びながら黙々と食べていた。
すると、俺の視線に気が付いた愛花が、キョトンと俺を見つめてきた。
「どうしたの??」
「えっ……あっ……いやそのぉ……」
言えない、愛花がご飯食べてる姿が、小動物のように可愛いなんて言えない
「いや、味どうかなっと思って……」
気が付いた時には、違うことを聞いていた。
「あぁ……うん、美味しいよ」
ニコっと微笑みながらそう言ってくれた愛花に、つい俺は顔が緩んでしまう。
愛花に毎日ご飯を作ってあげたい。
そんな感情まで生まれてしまいつつ、その後も特に何かするわけでもなく黙々と食事を続けた。
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