第36話 遅刻!?
ふと目が覚めた。
うっすらと見える視界には、グレーのジャージの生地が見える。
俺は綾香に抱き付かれたまま寝ていたのを思い出し、ここが綾香の胸元であることが、すぐに理解出来た。
上に顔を向けると、スヤスヤと寝息を立てながら心地よさそうに綾香が眠っていた。
俺は綾香を起こさないようにして、モゾモゾと綾香の顔の方へと体を移動させていく。
ようやく毛布の中から抜け出して、綾香の首元辺りに目線が到着する。
俺はもう一息踏ん張り、綾香の顔の目の前まで自分の顔を近づけた。
目の前で無防備な状態で眠っている綾香は、美少女そのものであった。
俺は何かいけないものを見てしまっているような感覚になりながら、むずかゆい気持ちをぐっと抑えて、綾香の顔の後ろにある掛け時計を見た。
時刻は10時を回ろうとしていた……って10時!?
俺は思わずビクっと体を飛びあがらせた。その衝撃で綾香も目を覚ます。
「んん~……」
間違いではないかと枕元にある目覚まし時計を確認する。しかし、時計の針は無情にも同じく、10の数字を、針は指していた。
どうやら、俺が知らないうちに綾香が目覚ましのタイマーを止めたらしく、そのまま二度寝してしまったらしい。
俺が冷や汗を掻いていると、綾香がムクっと体を起こした。
「おはよ~……どうしたのそんなに慌てて……?」
綾香は眠そうに目をこすりながら聞いてくる。
「綾香!ヤバイ寝坊した……」
夢うつつな綾香に俺が言うと、綾香はポカンという表情を浮かべた後。次の瞬間、しまった!っという表情に切り替わる。
「え!? うそ!?」
驚いている綾香に、目覚まし時計の時刻を見せる。
「……あっ」
息を吐いただけのような、枯れた声が綾香から漏れ出た。
「とりあえず急ごう!」
「うんっ、そうだね!」
俺たちは急いで準備を始める。
洗面台へ行き、寝癖を直し、歯をパパっと磨いて、外用の私服に着替える。
綾香も着替え終わり、バックから手鏡を出して最低限度のお化粧を整える。
その間に、敷きっぱなしの布団を俺が片す。
時間がないので、そのまま来客用の布団と、自分の布団をまとめて積んで置いておく。
綾香も準備が終わり、荷物を一気に詰め込んでしまい込む。
俺もバックに、今日の授業のプリントを放り込み準備を完了させた。
「準備おっけ?」
「うん、平気!」
「よし、じゃあ行こう!」
俺は急いで玄関に行き、靴のかかとを踏みつけながらドアを開けて外に出た。
綾香が靴を玄関で履いている間に、かかとまでしっかりと履きなおす。
綾香が立ちあがって外の廊下へ出たところで、急いでドアをバタンとしめて鍵をした。
「行こう!」
綾香は頷いて俺の後をついてきた。
駅までは懸命に走り、7分ほどで到着した。
汗が滴り出ているが、そんなのは関係なかった。
丁度、タイミング良く来た電車に飛び乗って、俺たちは大学へと急いだ。
最寄りの駅に到着した時点で、2時間目の授業は既に始まってる時間だった。
遅刻が確定したので、俺たちは今度は走るのをやめて、急ぎ足で大学へと向かった。
ようやく大学の授業が行われている教室に到着し、後ろの扉を静かに開けた。
教室の後ろからそおっと辺りを見渡すと、真ん中あたりの席に健太達がいるのが見えた。
俺と綾香は、身をかがめながら通路を歩いていき、健太達の元までたどり着いた。
「おはよ~」
俺が小声で健太に声を掛ける。こちらを振り向いて驚きながらも道を開けてくれた。
俺は手で礼をする仕草をして、確保しておいてくれた席へと足を進めた。
ようやく席に到着して一息つくと、隣に座っていた詩織に話しかけられる。
「どうしたの? 二人して遅刻なんて珍しい」
「いや、ちょっと寝坊して……」
「うん……」
俺と綾香が苦笑しながら小声で言うと、詩織は含みのある笑みを浮かべニヤニヤと俺を見つめていた。
「なんだよ……」
「後で、じっくりと話を聞かせてもらいますからね……?」
完全に二人で一緒に遅刻してきたことを詩織に怪しまれ、俺は思わず引きつった表情になってしまう。
そんな姿を確認して満足したのか、詩織は前で講義をしている先生の方へ視線を戻した。
俺は綾香にどうしようか……と言ったようなメッセージを顔で送る。
綾香は苦笑いを浮かべていたが、手で何かを書くジェスチャーをして見せ、バックから授業の用具を取りだし始めた。
恐らく、後で紙に書いて作戦を考えようということなのだろう。ひとまず作戦を考えるのは後回しにして、俺も授業の用具を机に出すことにした。
◇
その後、詩織と健太の追及に手を焼いたが、なんとか俺は普通に寝坊して、綾香は仕事の都合で遅れ、偶然最寄りの駅で会って二人でやってきたと釈明した。
「へぇ~。偶然ねぇ……」
詩織は訝しむような視線をしばらく俺たち二人に送り、納得してはいないようではあったが、分かってはくれたようだ。
そんなことがありつつ、授業を終えた俺は、家に帰宅した。
急いで家を出たので、洗濯物なども散らかしっぱなしだった。
掃除をして、スーツに着替える。
今日は塾講師のアルバイトの日である。
先週の出来事以来、愛花とは会ってないが、先週言っていた言動をを考えると、今日も何かあるのではないかと嫌な予感がしていた。
「まあ、なるようになるか……」
俺はそんな独り言をつぶやいて、ある程度の予想を頭の中で考えて、家を出た。
◇
「おはようございます」
塾の入り口に入り、挨拶をする。
「おう、おはよ」
塾に到着すると、既に川口さんと、もう一人赤縁メガネの女性がいた。
赤縁メガネの女性は、スタスタと俺の元へ歩いてきた。
「あの……先週はご迷惑をおかけしました。私、塾講師の桜井って言います」
「あ、桜井先生ですね、新しく入った南大地です。よろしくお願いします。先週のことは気にしなくていいですよ」
俺と桜井先生はペコペコと挨拶を交わした。
「お、やっと来たか」
すると、大宮さんが事務所から現れた。
「ちょっと二人ともいいかな?」
大宮さんに手招きをされ、俺と桜井先生は顔を見合わせ、なんだろうと疑問に思いながらも、事務室の中へと入った。
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