第68話 南澤は何か変わった

 「ねえ、吉条!聞いてるの!?」


 ……一体何が起きているのかと周りからヒソヒソとまるで呪詛の様な声が聞こえるが、多分それは俺が卑屈だからだろう。

 だけど、俺も反対の立場なら多分何事かと思う。

 お昼休み、そして俺は一人で食事を自分のペースで食べるのが大好きなのだが、目の前に机が二つ、椅子が二つ、ついでに身に覚えのある顔が二つある。


 「聞いてないから戻ってくんない?何か普通の様にここにいるんだけどさ」


 今日は何の日か分からないのだが、突然南澤が一緒にご飯を食べるわよとか言って机を二つ持ってきて、ついでに寺垣も普通に座っている。まるで、これが当たり前のようになっているのが大変良く分からない。


 「別に良いじゃない。一人より三人の方が楽しいわよ」


 「いや、俺は食事は一人で食べたい派なんだ」


 「吉条。私はまだ昨日真澄に言ったこと許してない」


 「ちょっと、真由美!?私はもう大丈夫だから!」


 「真澄が許しても私は許せない」

 

 昨日初めて寺垣が怒った姿を見たのだが、今日もまだ昨日の件を寺垣は許していないらしい。友達想いの寺垣だからこそ許せないことはあるのだろう。


 「……許してもらおうなんて考えてない。俺だって悪いと思ってるし、反省はしてる。それだけは言っとくぞ」


 「……だから、これで仲直り。三人で仲良く食べて仲直りしよう」


 「はい?」


 寺垣は怒った姿から一変し笑顔で弁当を机に置く。


 「だから、これでもう全部チャラ。真澄が許したんなら私が言うのもおかしな話だけど、やっぱり許せない。だけど、いつまでも引きずっても仕方ないから仲良く三人で食べて全部チャラにしよう?」


 「……ハア。分かったよ」


 そう言われてしまえば、俺は何を言うことも出来ない。それに、これで全てがチャラになるのであればそれでいい。今日一日ぐらいで変な噂も流れんだろ。

 

 「……良かったわ。それで早速なんだけど私お弁当作って来たの。吉条食べてみて!」


 「……寺垣言われてるぞ?」


 「今吉条って言ったからね!?ていうか、真澄お弁当は作ったら駄目だと思う」


 「真由美!?私だって料理ぐらい出来るわよ!」


 外見は高級な弁当箱なのだが、中身を空ければどんなものが入ってる分かったものじゃない。俺は記憶力は良い方だと自信を持って言える。


 『百分の一の確率だったら』


 寺垣は以前南澤が料理が下手だと言うことを言っていた。よって、これを開けたら駄目だ。ほら、玉手箱と一緒だ。あれを開けたら爺さんになる。それと一緒でこれを開けたら俺は一生ここには戻ってこれない気がする。

 今日の午後の授業は保健室となるかもしれない。


 南澤が思わず立ち上がって寺垣に詰め寄るが、寺垣もまた遠慮気味に辞めておいた方が良いと伝えると言う話を繰り広げられている。


 「まず、どうして料理なんてしようと思ったんだ?お手伝いさんいるんだろ?」


 「……そ、それは、あれよ!あれ!」


 南澤が椅子に座りながら、目を泳がせて何か言い訳を考えるような仕草をする。何故、隠したがるんだ?


 「あれってなんだよ。俺エスパーじゃないから分かんないぞ?」


 「えええと、そ、そう!今後の為よ!一人暮らしをするかもしれないし!料理ぐらい出来ないといけないわ!だから作ったのよ!」


 「お前嘘下手だな。完璧に今思い付いたんじゃねえか」


 「う、うるさわいよ!と、とにかく食べてみなさいよ!多分美味しく作れたわ!」


 「多分ってこれ味見してないのか?」


 「ええ。してないわよ」


 さも当然の様に言ってのけるのだが、どうしてそれをはっきりと口に出すことが出来るのだろうか。


 「普通は最初に味見しないといけないんだよ。常識だぞ?」


 「そのぐらい分かってるわよ!……お弁当をまずはあんたに初めに食べてもらいたいって……何言ってんのよ!早く食べなさい!」


 「いや、中盤ボソボソ喋って聞こえないのに、急に自分で完結して文句言ってくんなよ」


 何故、最近の人達はこんなにも小さく喋るのだろうか。気持ち的にテレビの音量を一にして、遠くから見ている気持ちだ。全く聞こえない。


 「……まあ、食べてみるか」


 「え!?吉条!?」


 寺垣が驚いた様な声を上げるが、俺は恐る恐る玉手箱同様の弁当箱を開けたのだが、中身は外見とは違い、普通の何処にでもありそうなお弁当だった。

 だが、卵焼きは若干スクランブルエッグにも見え、どちらか分からず、おにぎりがあるのだが三角にしたかったのかは分からないが、四角形になっている。もしかしたら、四角形のおにぎりが最近のトレンドなのかもしれない。

 他にもおかずはあるのだが、どれも微妙な形をしており、ちょっと学校に来る際に弁当箱を落としたのではないかと思うぐらいには乱れてはいるが、原形は留めていた。


 「ね、ねえ吉条。本当に気を付けないと私昔バレンタインの時に真澄からチョコ貰ったんだけど、その日は腹痛でやばかったの。だから、本当に食べるの気を付けた方が良いよ」


 そんな事を言えば食べる気が失せるので止めて欲しい。

 それに、俺だって本当は食べずに返品したい。だが、見てしまったのだから仕方ない。南澤が寺垣に文句を言う為に立ち上がった時――――机に出ていた手が絆創膏だらけだったのを。

 ……本当に見なきゃよかったな。


 どういう心境の変化なのかは分からないが、これは南澤なりの俺に対する謝罪?もしくは昨日の件でスッキリしていたと言っていたのでお礼なのかもしれない。その為に不慣れな料理をしたのであれば、無下に返す事も偲ばれる。

 

 箸を手に取り、まずは一番安全そうなおにぎりから頂くことにしたのだが……


 「そんな見られると喰い辛いんだが?」

 

 「良いから食べなさいよ」


 「私もちょっと気になる」

 

 どうやら二人とも気になっている様なので、仕方なく一口。


 「……う、うん。まあまあだな」


 「え!?嘘!?」


 「……良かったわ」


 寺垣は心底驚いた様な声を上げ、南澤は安堵したのか、胸に手を抑えホッとしている様子だ。


 「ただ、アドバイスをしていいか?」


 「何?」


 「調味料だけはちゃんと確認しとけよ」


 流石にゆっくり食べると、俺の胃が持ちそうにないので、おにぎりを一口で食べきり、次々におかずを掻き込む。


 「……そんな慌てて食べなくても良いわよ」


 違うんです。慌てて食べないと俺の胃が持たないんです。

 ただ、南澤の弁当は凄いな。苦い、辛い、甘い、酸っぱいの四トン拍子。

 うん……大変独特な味だ。

 おにぎりは塩と砂糖を間違えると言う料理苦手のあるあるな間違いを犯しているし、おかずは焦げていたのか苦いのはある。そして、何を入れたのかは知れないが、卵焼き、半スクランブルエッグは辛い。


 「……真澄が美味しく出来るなんて」


 俺が料理をなるべく噛まずに喉に入れていると、寺垣が残っていたご飯粒を一口食べる。


 「え!うわ!真澄これ砂糖と塩間違えてるでしょ!?」


 「え!本当に!?」


 ……馬鹿野郎。人が折角黙っていたのにこいつは。


 「吉条って本当に優しい人なのか分かんないよね」


 ごくりと大きく音を立てて飲み込み、ようやく話せる状態になった。


 「俺は何時でも優しい男だ」


 「それを自分で言うと半減するわね。だけど、まさか砂糖と塩を間違えるなんて迂闊だったわね」


 人は間違いを犯して成長すると言うが、南澤の場合成長する伸びしろがあり過ぎると思うんですが、これは何時になったら成長するんでしょうか。


 「……取り敢えず保健室」


 突然何が起こったのか分からない程に腹痛に襲われ、その場を退出してしまう。


 ……結局その日俺は初めて高校生活で欠席してしまった。


 バイバイ!俺の皆勤賞!


 

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