第57話 棒倒し
黒柿は見た目から運動神経が良い。そして、男子の徒競走に出ていてその様子を見る限りでは一年生の中では圧倒的に速いように見えた。そして、この二人なのだが、黒柿には勝るとも劣らないというのを男子の徒競走で見たような気がする。というより、体格的にも間違いなく運動出来る。そこは間違いない。
応援団長、三年生の方に守りがいかないのは予想外。だけど、あの二人では棒を揺らす事が出来ても決定的な仕事までは未だ出来ていない。このまま眺めているだけなら、多分先に白組の方が棒を倒してしまうだろう。未だ、ピンチで予想外の事が起き過ぎているのだが、もう予想外に慣れている自分がいるのか、全く余裕がある。
「春義先輩までも吉条先輩を警戒するってあんた一体何者なんですかね?俺から見れば普通の高校生に見えるんですけど」
「僕もですよ。涼はあまり人を尊敬するようなタイプではない。なのに、吉条先輩を尊敬している。その理由がこれで分かる気がしますね」
景にオックーがまるで玩具を見るような目つきでこちらを見てくるのだが俺に何を期待しているのだろうか?
「俺は普通の高校二年生で少し漫画や小説が好きなだけの男だ。お前らが期待するような人間じゃない」
「だったらこのまま大人しくしていたら俺達めっちゃ楽なんすけど?」
景がしっかりと俺を見据えながらも気軽に話しかけてくる。だが、警戒は解いていないようだ。
「俺もそうしたいのは山々なんだが、この作戦は俺が考えた。ということはここで失敗すれば俺のこれからの平穏な高校生活が危ういからな、大人しくしてる場合じゃなくなりそうなんだよな」
まあ、それだけではない。最近自分でも少しづつ自覚してきている様なのだが、俺は負けず嫌いのようだ。
「――――それにここで俺が大人しくしていたらなんか春義先輩に負けたような感じになるのも嫌なんだよな」
「景、油断するなよ」
「分かってるよ。俺からすれば普通の人の様に見えるけどな」
果たしてそこまで警戒する必要があるのか俺には分からないが、ただ言えるのは一つだけだ。
「俺はボーリングが苦手だ。漢城に負けるぐらいだからな。カラオケも少し自信があったが駄目だった。漢城に惨敗だった」
「……あの漢城先輩と遊んだ?……羨ましい」
「お、おい景油断するなよ!」
あれは本当に悔しかったな。少しばかり自信があったにも関わらずコテンパンにされたんだ。だからこそ、俺は密かに夏休みの間に少しばかり練習もしたぐらいだ。漢城には絶対にいつかリベンジする。
次は負けん……って話がそれてるな。
閑話休題。
「漢城にさえ、ボーリングもカラオケも負けるような俺だけど――――二人で止めれると思ってるのか?」
小野に負けてから一つ決めている。
――――俺は二度と負けん!
一歩目を走り出し、左方向を見る。
「甘いんだよ!吉条先輩!」
景が俺の行く先を先回りして止めようするが、
「ば、馬鹿!フェイントだ!」
オック―は景の背後に回り込んで気付いていたようだが、既に遅い。
左方向に重心を傾けていたが、そこから瞬時に右方向から抜き去り、次にオック―。今度は視線でのフェイントなんていらない。スピードに任せて左方向へ走っていく。
「――――景は騙せても俺はそんな甘くないですよ!」
「漫画で出てくる悪役セリフをどうも」
だが、今はそんな事にかまけている暇はない。
左方向から走りだした一歩目の右足を地面踏みとどまらせ、身体を反転させオック―を躱す。
「――――は?」
オック―は何が起きているのか分からない様な声を出しながら呆然と立ち尽くす姿がチラリと見えたが気にしている場合ではない。
『な、なんと!吉条選手が華麗に二人を躱して棒へと進んでいく!お見事です!』
おい!何であいつ俺の実況してんだよ!
応援団長や三年、もしくは黒柿にしろよ!目立ってしまうじゃないか!
さも当然のように実況をしている漢城に心の中で文句を垂れながらも前に進む。
「――――ハア。俺はオック―より勘や読みは悪いけど、脚には自信があるんだよ!止まりやがれ!」
だが、背後から猛追してきた景が俺の前に再度立ちはだかる。
止まれと言われたので一度止まる。
「ハア。焦ったっすよ。涼が兄貴って呼んで尊敬するわけって!おい!」
景が俺に何か言いたげだったが、構う余裕はない。
足が止まり一瞬油断した景の横を再度、ストップ&ダッシュで抜き去る。
『一瞬の隙を突いて吉条選手が古宮選手を置き去りにしてしまってます!吉条君凄いです!』
もはや最後は感想になっている。
後もう一度だけ言わせてくれ。
――――頼むから俺の実況はするな!
漢城の実況はもう諦めるとして後は棒を倒すだけだ。だが、目の前で応援団長と三年は二人に苦戦中。そこに交われば役に立つとは思わないが、助っ人ぐらいにはなるだろう。
――――だが、棒に到達しても何の役に立つことも出来ず、白組の支えている二人は踏ん張って棒が少し揺らぐぐらいだ。
少しは足に自信はあるのだが、如何せん俺はインドア派。
「…おい吉条!これから先の作戦は無いのか!?」
「あの短時間であれだけの作戦立てただけで限界ですよ!」
「だよな!ここまでやってんだ!絶対に勝つぞ!」
更に押すが直感で分かった。このままじゃ勝てない。少しは棒が揺らいでいるが、倒すまでに至ってない。だけど、ここから先の作戦を立てようにも、
『おっと!状況が変わりそうです!白組の選手が赤組の肩に乗り少しずつ揺らいできています!限界が近いか!?』
……だよな。今も尚棒を保てている方が奇跡に近い。だけど、これ以上どうにかしろと言われればどうにか出来る問題でもない。
「もうこれ以上吉条先輩の思い通りにはいかないっすよ?」
「ハハ。お前らしつこいにも程があるだろ」
更に棒と俺達の間に入ろうと景とオック―が入ってこようと邪魔して来るので思わず文句を垂れるがこいつらは話を聞いてないのか、俺達を引きはがそうと試みてくる。
――――本当に勝ち目がない。
負けるのか?このまま春義先輩の作戦に負けるのか?
それだけは絶対に許されない。
残る俺達の手は黒柿一人のみ。だが、黒柿は春義先輩に苦戦中だ。サッカー部エースである春義先輩を振り切ろうと思うのがまず凄いのだが、どうするか。
だけど、俺は天才じゃない。凡人だ。ここで奇跡的に作戦なんか思い付くわけがない。だけど、天才じゃないから負けるなんて理屈はこの世にはない。
春義先輩だって俺に見破られたばかりだ。それが、証拠だ。だからこそ、黒柿に来てもらわなければならないんだ。お前なら行けるはずだ。俺なんかよりずば抜けて天才なのだから。
「黒柿!こっちに来い!」
「…行きたいんですけど、春義先輩が行かせてくれないんですよ!」
そんなことは分かってる。だが、ここはお前に頼るほかないんだ。俺にはそれしか思いつかないのだから。
もう目立ってしまっている。事なかれ主義より完璧主義の方が俺にとって大事だ。だからこそ、やるしかないのだ。
「俺のお願い聞いてくれるんだろ?」
背後を振り向き、黒柿に聞こえる声で呟けば、黒柿の目が少し見開かれる。
「――――はい!」
「何が何でもこっちに来い!」
「絶対に行きます!」
さあ、後は時間との勝負だ。
――――来い黒柿。
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