第5話 売れないラノベェ……陰で応援しているけどなあ








 仕事の後なんぞで書店に寄り、ラノベのコーナーに立ったとき、感じるのは、出しても売れぬラノベもあるようだという現実の厳しさである。それがhogehoge賞受賞だとか、何らかの付加価値があれば、あらこれと筆者含め権力になびきやすい平民方は手に取るものだが、ラノベの場合はそういった賞が他のミステリー連中などに比べてやけに知名度が低かったり、慎ましすぎて何それおいしいの状態だったりする。



【売れてるラノベを理想的にカッコよく言ってくる読者】

 ラノベは、物語においても特に誇張化されたキャラクターによって成立する分野である。筆者の主観にはなるが、ラノベはこの点から考えておおよそ喜劇を本質としていると言ってもよい。キャラクターの誇張化の要素は古典で言えば、古代ギリシアのアリストパネスの、クソムシに乗って天に昇る英雄やソーセージ売りになる政治家などに見られる。セルバンテスのドン・キホーテも主人公が騎士道物語の読み過ぎで現実と空想の区別がつかなくなった自称騎士という時点でもう喜劇である。

 ただ、ラノベは、これら喜劇的要素に加えて幻想性が高く、すこぶるロマン主義的である。リアリズムやイデオロギッシュに詰め寄り過ぎてカビが生えるくらいジメジメした日本文学の傾向の反動であり、メディアの発達とともに大衆化された新しいロマン主義なのではないかなあという印象である。してまた、共通のコンセプトとして、日常生活と現実に縛り付けられた人間性の解放があるんじゃないかなあという感じである。


【売れないラノベの現実】

 人間の願望や欲望、現実逃避に焦点を当てた大衆迎合主義だから、商業主義(コマーシャリズム)との親和性が非常に高いんだよねー。メディアミックス展開ガンガンやっちゃうよねー。お金がっぽり儲けてこそ名作だよねー。儲からない作品はもはやノベルですらなくて、年甲斐もなく痛々しい妄想垂れ流した文でしかないよねー。ねー、そうだよねー。




 それでも、人生にYesという。ラノベにYesという。読者は密かに応援するだけじゃよ……。






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