第3話 物語の決め手はモチーフ






 物語の内容がはっきりしているか、していないかで、文を紡いでいく速度は大分違う。それは絵を描くときに描く対象がはっきりしているかと同じで、それ次第で使う色も、筆も、テクニックも決まってくるから自然と完成に向けて流れができる。ただ、現に示す絵画とは異なり、物語は始まりと中間と終わりを持った一つの流れで表すものである。単にワンシーンをはっきりさせたところで、次から次へと進んでいく世界であるから、次々にはっきりさせることになる。これでは流石に非常な苦労が要る。


 して、物語の場合は、描く対象というよりか、モチーフ motif が重要になる。具体的には「異類婚姻譚」「報恩譚」「英雄譚」「あやかしもの」「異世界転生してhogehoge」といったものがモチーフである。ドストエフスキーのもう投げ出したくなるほど長大な『罪と罰』も、モチーフで言えば「殺人を犯した青年が自首する」であり、ルカ福音書の「放蕩息子の譬え話」と近いモチーフであったりする。 ジブリで言えば『千と千尋の神隠し』と『猫の恩返し』はどう見てもモチーフ相似である。フローベールの『ボヴァリー夫人』とトルストイの『アンナ・カレーニナ』は、設定や土地、筋書きこそ全く以て違うが、モチーフとしては殆ど相似すると言ってもよい。どちらも、「度の過ぎた行いをした女性が破滅する」話である。


 というふうに、モチーフというのは、オリジナリティもへったくれもない、どの作品にも見出し得る定型である。これは人物にも言える。クピドーとプシュケー、トリスタンとイゾルデ、ロミオとジュリエット、タイタニックのジャックとローズと、このように時代を超越する。「ポルフィーリィ→コロンボ→古畑任三郎」「オーギュスト・デュパンと私→シャーロック・ホームズとワトソン→エルキュール・ポワロとヘースティングズ」も然りである。およそ、名作とされる作品群には、モチーフの相似がうんざりするほど出てくる。


【勧善懲悪】

ドラえもんの映画は舞台が違うだけで毎回悪役が(ry、アンパンマンはバイキンマンが(ry ポケモンはロケット団が(ry


【主人公バイバイ】

FF10の「オレ、消えっから!」、ポケダンシリーズの「(〇〇といっしょにいられるのもここまでだ)」の主人公消滅モチーフは涙腺崩壊の黄金律。


【実は主人公は……】

夢をみる島のリンクは実は(ピーー)す方だったというオチだし……。ソラトロボのレッドはfugafugaで、めっさ鬱展開だったし……。あんなに元気な主人公が次第次第に病んでいくのって、まじたまんない。死ねる。


【心中】

江戸時代は不倫が命がけだった時代ということもあり、今とはちょっと価値観が違うのでしょうね。夏目漱石の『それから』も心中とまではいかないけど、信頼の失墜を経て厳しい運命を共にすると考えれば、比喩、広義でほぼ心中するようなものです。オペラのアイーダの最後も殆ど心中に近い終わり方しますね。でかい赤ちゃんに(お察しください)される、DODのDエンドは実に清々しい心中だと思いますよ、本当に本当にありがとうございました。


【異世界転生したらhogehoge】

『無職転生-異世界行ったら本気だす』『転生したらスライムだった件』etcetc 多すぎィ!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます