13 昔の記憶

「―まゆみ。」


 私を呼ぶ声が聞こえる。何度も呼びかけられ、今度は体を揺さぶられた。


「おきて。はやく。まゆみ!」


 私の耳に届いてくるのは、懐かしい声。愛しい声。


 ゆっくりと瞼を開くと、目の前にある顔は、幼き日の彼のものだった。そうだ、今やっと思い出した。私と海はパートナーだったんだ。


 それより、今は何時だろう。外は薄暗くて、太陽はまだ顔を出していないようだ。こんなに早く起こして、何の用だろう。


「やっとおきた。これ、あげるから。」


 海は、寝起きでまだぼーっとしている私の手に、あのネックレスを握らせた。


「ぜったいに、ぼくいがいにみせちゃだめだからね!」


 彼はもう一度だけ念押しして、私の部屋を後にした。海にもらったプレゼントだから、言われなくとも誰にも見せはしなかっただろう。


 私の頭はしっかりと働いていない。半分寝た状態のままでいる私には何が起きたかよく分からない。


 こんな時間に起こされて眠いし、彼は何処かへ行ってしまったし、もう一眠りしよう。目覚ましをかけてある時間まで、私はもう一回眠る事にした。


 彼にネックレスを握らされた右手は、まるで吸い付くように開かない。私は、四歳児の持てる最大限の力で握っていた。



「ジリリ。」


 今度は目覚ましの音で目が覚めた。体を起こして辺りを見回しても、彼の姿は見当たらない。


 あれは夢だったのかと思ったが、私の手にはしっかりとネックレスが握られている。


 とりあえず、誰にも見せてはいけないと言われたため、素直に従うことにする。自分の机の上に置いてあった小さな箱を開け、ネックレスを入れた。


 ついでに忘れないようにマジックで、「だいじ」と書いておこう。そして引き出しを開け、それを奥の方に隠した。


 隠し終えると、いつも通り洋服を着替えて一階に降りた。


 そこには、何故か誰一人としていなかった。今日は休日だし、私の誕生日は明日だからサプライズで隠れているという訳でもないだろう。


 食卓の上には、私と、誰かもう一人分の食事だけが置いてあった。みんな、何処にいるのだろう。訳がわからないまま、とりあえずご飯を食べながら頭を整理する。


 そうだ、海は?朝、あれを渡されて何処かに行った海は?


(かい、どこにいるの)

(……。)


 いつものように、上手く力が使えない。海が私の言葉を受け取っている感じがしない。何かが、おかしい。


 誰か、いないのだろうか。まるで、私だけが仲間外れで、この世界に一人しかいないように思えるほど、辺りはしんと静まり返っていた。


 そんなとき、誰かが階段を降りてくる音がした。リビングの扉が開き、そこに現れたのは小さな男の子だった。


「あっ、まゆみちゃん、さくらどこにいるかしらない?」


 なんだ、紳一君か。紳一君も、パートナーである桜ちゃんを探しているようだ。


「しんいちくんか。しらないよ。それに、なんかだれもいないよ。」

「かいくんも?」

「うん。」

「そっか。」


 用意されていたもう一つのご飯は、紳一君の分だったのか。紳一君も、私と同じように椅子に座ってご飯を食べ始めた。ただでさえ広い部屋が、二人だけだとより広く感じられる。


 怖い。私達だけしかいないことが。海に話しかけられないことが。何かが起こりそうな、悪い予感しかしない。


…海、怖いよ。何処にいるの。


「カチャ。」


 紳一君が食べ終えてお箸を置く音と、玄関の鍵が開く音が同時に聞こえた。


「まゆみ、紳一。ちょっと来なさい。」


 誰かが帰ってきてくれて安心した。紳一君と一瞬目を合わせ、一緒に呼ばれた方へ向かった。玄関にいたのは伊竜さんと美華さんだった。


「うん、二人とも着替えてるな。」

「外に出るからまゆみは私に、紳一は伊竜についてきてね。」

「はい。」


 伊竜さんと美華さんはそれぞれ、紳一君と私の手を取って歩き出した。


 いつもの二人の優しい顔からは想像できないような、怖い表情だった。笑って話しかけてはいたが目は冷たく、無理矢理笑っているような、そんな感じがした。有無を言わさぬその表情に、私達は黙って着いていくことしかできなかった。


 歩いている途中に、どこへ行くのですか、の一言すら言い出せない。悪いことをして怒られる前よりも、美華さんは怖い雰囲気を纏っていた。


「ちょっと移動するね。」


 少し歩いてから美華さんは私を抱き上げ、力を使って移動した。言うなれば、瞬間移動だ。移動したのは、どこだかわからない公園のような場所。少なくとも私は、ここに一度も来たことがない。


 と同時に目に飛び込んできたのは海の姿だった。この公園も、不気味なほどに静かだった。公園の中どころか車の音も、鳥のさえずりも、何も聞こえなかった。まるで、ここの場所だけ世界から隔離されているようだった。


「かい。」


 それが怖くて、海の元へ駆け寄りたくなった。が、美華さんは私を離してくれない。不気味さだけではなく、この場に漂う緊張感と重い雰囲気を感じ取ったのはこの時だった。


「まゆみ。海はね、「じぶんでいいます。」


 美華さんが話し出そうとするのを、海が遮った。美華さんは、何か覚悟を決めているような目をする海を見て、私をゆっくり離してくれた。


 私は海にゆっくりと近づいた。もう、悪い予感しかしなかった。


「まゆみ、ぼくはね、ついほうされるんだ。」

「ついほう?」

「まゆみは、あしたからぼくのパートナーじゃなくなるんだ。」


 海のパートナーじゃなくなる?


「どういうこと?」

「くわしいことは、ぼくもしらないんだ。」

「なんで。」


 私は、海が何を言っているのか全くわからなかった。追放って何だ。どういうことだ。海以外、私のパートナーだとは思えないのに。


 混乱する私を、海はゆっくりと抱き締めた。そんなことをされるのは初めてで、私の頭はもっと混乱してしまった。


 そっと離されて、そして海は私から離れていった。私に背を向けて遠ざかってゆく海の姿を、私はただ呆然と見つめていた。その背中を見て本当に会えなくなる気がして、また怖くなった。


「さよなら、言わないんだ。あの子、涙も流してないし。」


 ボソッと呟いた美華さんの声は、私には聞こえなかった。


「さ、戻ろうか。」


 戻ったら、海とパートナーではなくなってしまうのだろうか。家に戻りたくない。今なら走れば、まだ海に会えるのではないか。


「まゆみ。」


 私を呼んだ美華さんの声は、私を刺すように冷たかった。その声で、私の足は鉛のように重くなった。海を追いかけるにも、家へ戻るにも、動かない。そんな私を見て、美華さんは


「もうここでもいいか。」


 と呟き、私の頭に手を置いた。その途端に眠気が頭を襲い、私の意識と記憶はどんどんなくなっていった。

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パートナー 朝田 さやか @asada-sayaka

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