12 彼の家

 正確に言うと、疑ったのは耳ではない。ただただ驚き、理解ができなかったのだ。


 彼は、声を出して私に話しかけたのではない。力を使って話しかけてきた。深花家にしか使えないはずの力を。


 不思議に思い横を見ても、彼はやはり周りにいる友達と話しているままだ。


 私達は声に出さずとも、力を使えば会話をすることができる。テレパシーといえばわかりやすいだろうか。


 彼は、それをして私に話しかけてきた。何故、力を持っているのか。何故。私が思考を巡らせる横で、彼はさらに続けた。


(ネックレス、持ってるよね?)


 彼が指すネックレスは、もう間違いなくあのネックレスの事だろう。彼が深花家に関係していることは確定している。


 これは今日の放課後、彼に会う必要がありそうだ。いや、会わなければならない。私も、力を使って返事をする。


(持ってるよ。どこで会うの?)


 彼が何者なのか知りたかったが、ここで正体を聞いたとして答えてくれるようには思えなかった。彼がどのくらい力を使えるかもわからないし。今は、今日会う約束だけ取り付けよう。


(俺の家に来てほしい。ネックレス、持ってきて。)


 彼の家、か。一目につく場所は絶対にダメだ。込み入った話になりそうなのだ。仕方がない。行こう。


(わかった。)


 家の場所は、と聞こうとしたところで、彼の方から彼の家の住所を教えられた。あとは、紳一にさえばれなければどうにでもなるだろう。



 放課後の事が気になって、授業中はどうやって紳一に気づかれずに彼に会いにいけるかということだけを考えてしまっていた。


 あっという間に一日は終わり、帰りのホームルームの時間がやって来る。先生が連絡事項を言い終えると、私の号令で放課となった。


 彼を見ると、じゃあ、と言うように私だけにわかるようにウインクをして帰っていった。


「まゆみ。」


 私も帰ろうと席を立ったとき、紳一が扉のところで私を手招きして呼んだ。


「帰ろ。」

「あーごめん。迎えに来たんじゃなくて、」

「えっ?」

「今日このまま友達の家に行くから。」

「あ、うん。わかった。」

「じゃあな。」


 私に手を振り、友達の待つ方へ向かう紳一を見て私は内心ガッツポーズをしていた。実は、紳一に隠れて彼に会いに行く手段を見つけ出していなかった。けれど、これで私も気兼ねなく彼の家へ行ける。



 久しぶりに一人で通学路を歩く。殆どの生徒が部活動に所属しているせいか、この道を歩いているのは私一人だけ。


 紳一がいないことで寂しいや怖いという気持ちは湧いてこなかった。いつもと違って、新鮮だ。ただそれだけ。


 それよりも、私の心は長年謎に包まれていたネックレスの謎がもうすぐ解けそうだということへの希望に満ちていた。


 彼が嘘をついているかもしれないのに、正体は不明の彼なのに。「ネックレス」と聞いただけで、いつもは慎重で、危険がある事には絶対に首を突っ込まない私が、彼を少しだけ信頼していた。



 家に帰るやいなや、ただいまの挨拶もそこそこに自分の部屋へ向かった。今までにないくらいの速さでセーラー服から普段着に着替える。


 そして、鍵をかけている引き出しの、奥の奥。大切にしまっていた箱から、光るネックレスを取り出した。そのネックレスをしっかりと手のなかに握りしめ、鞄だけ持って家を出た。


「友達の家で遊んできます。」


 とだけ、一階にいた方に告げて。



 家を出ると、人目に着かないところへ移動し、力を使った。


 このままの格好で外を出歩こうものなら、一瞬で私がいることが気づかれてしまう。目撃情報がSNSで瞬く間に広まり、身動きがとりづらくなるのは避けたい。外出するときはいつも力を使い、顔を変える。


 変えると言っても、一般人には私の顔と違うように見えるだけで、実際はそうではない。知り合いには、私が私に見えるというのは変わらない。


 だから、今日気をつけるのは知り合いに気づかれないこと。どこから紳一の耳に入るか分からない。どこに行っていたのか言えないのだから。


…誰にも会いませんように。


 願いが届いたのか、知り合いには誰にも会わずに、彼の家の前まで来ることができた。彼が伝えた住所はここだが、インターフォンを押すのには躊躇する。


 二階建ての一軒家。変わったデザインというわけではなく、何処にでもありそうなシンプルなデザインであるが、大きい家だ。


 インターフォンを押す前に表札を確認すると、しっかりと「新庄」と書かれていた。家の横には、彼のものらしき自転車も停められている。


「ピンポーン。」


 私がインターフォンを押してから十秒足らずで玄関の扉が開いた。


「入って。」


 私の姿を見て、彼は心底嬉しそうに笑った。


「おじゃまします。」


 玄関も、普通の家に比べるととても広い。すぐ横にある階段を上り、促されるまま彼の部屋へ向かった。


 部屋は、私が来るために片付けたようだ。慌てて片付けたような、そんな整頓のされ方。いつもきっちり整理整頓されている紳一の部屋とは少し違った。


「どうぞ座って。」

「うん。」


 部屋の中心にあった低めの机を挟み、向かい合うようにしてクッションの上に座った。


「ネックレス、持ってきてる?」


 私は頷くと、家からずっと握りしめていた左手を開いた。手の中には、当然ながらネックレスがあった。今まで誰にも見せることのなかったネックレスが。


「良かった。」


 彼はおもむろに立ち上がると、ベッドの下から手のひらサイズの白色の箱を取り出し、目の前の机の上に置いた。


 その箱が、彼の手によってゆっくりと開かれる。その箱に入っていたのは、私のネックレスと色が違うだけの、同じデザインのものだった。


「えっ…。」

「これ、交換して付けてみよう。」


 彼は自分が持っていた、青色のネックレスを私に差し出した。


「わかった。」


 とにかく、今は謎が多いが、彼に従ってみるしかないのだ。私も、何が起こってもいいと覚悟を決めて、左手を彼に差し出した。


 二人が同時に受け取り、そして同時にネックレスを付けた。


 その瞬間、ネックレスから莫大な量の力を感じ、私を激しい頭痛が襲った。目の前にある力の量に耐えきれず、意識を手放していた。

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